第3章 ~光と影と~
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「こちら異常なし」
『了解』
インカムで状況を伝える。
CEOの屋敷の中に、迷彩服を着たさくらと赤井の姿があった。傭兵たちに紛れ潜入していたのだ。
「さくら、もしエヴァンが姿を現しても深追いするなよ。いいな」
赤井はインカム越しに釘をさす。
新田の遺体を発見してから数日しか経っていない。
直後に搬送された病院からも、勝手に退院してきた。
結局のところ、認知行動療法も薬による治療もしないまま今日に至っている。
正直言うとこの潜入には反対だった。
傭兵たちが揃うこの状況下、血を見ないで済む保証はない。最悪死人が出ることだってありうるのだ。
だが本人も希望しているうえに、人選的にも公安部にこの現場に潜入できるだけの手練れはそうそういない。
降谷は苦渋の決断をしたのだった。
さくらが潜入するならと、FBIから赤井が手を上げ、今回の作戦が決行された。
当のさくらは赤井からの忠告に「了解」と答えたものの、ノエルがどこから潜入するのか辺りを見回しながら考えていた。
(この人数で警戒していれば正面からの強硬突破は難しいわね。西側の狭い通路か?
でも見つかったら逃げ道は無いし…)
警備の手薄な所を確認しながら、敷地内を歩き回る。
その時だった。
「おい、お前!」
突然のガタイの良い傭兵に声を掛けられた。
「新入りか? 見たことない顔だな。しかも女?」
「ええ。昨日からここに」
「ふ~ん。こんな華奢な体で務まるのか?
依頼主のベッドの相手の方が良いんじゃないのかい?」
さくらの顎をクイッと持ち上げて、ニヤリと笑う。
「今まで同じような事を言って、痛い目を見た男が何人もいるわよ」
「はあ?」
さくらの言葉を聞いて『お前バカか』と言わんばかりに笑った男は、その数秒後——
手首をひねられ、体を回転させて床へと叩きつけられた。
「今度から相手の力量を見極めてから口を利くことね」
さくらはすたすたとその場を去った。
「さくらッ! 目立つ行動をするな。何やってるんだ!」
一部始終を遠巻きに見ていた赤井が小声でさくらを叱りつける。
『だって、依頼主のベッドの相手がお似合いって言われたのよ! 黙っていられないわ!』
インカムで聞こえるくらいの小声だったが、相当頭に来ているようだった。
ガタイの良い男を投げ飛ばすくらいには元気だということにしておこう…。
赤井はそれ以上何も言わなかった。
そんなやり取りから20分ほど経っただろうか。
突然庭の植え込みから大きな爆発音が聞こえた。
ドォォォォオオオオン!!!
「な、何? 爆発?」
音のする方へ、銃を持った男たちが次々と集まった。
赤井とさくらは男たちとは逆の方へ走り出す。
するとすぐに、建物の西口から侵入した黒い人影を見つけた。
二人は目配せをして追いかける。
黒い人影が入口のドアに手を掛けようとした時、二人が追いついた。
「手を上げろ!」
赤井の声に影は素直に手を上げる。そのまま二人の方へ体を向けた。
「そこまでよ! ノエル!」
振り向いたノエルは、さくらと赤井の姿をみて驚いていた。
「お前たち! なぜここに!?」
「あなたを止めに来たのよ。ここから先へは行かせないわ」
ドアノブに手をかけ、ノエルに鋭い目を向けた。
その直後——
「おい! 侵入者を見つけたぞ!」
爆発の音に一瞬出遅れた傭兵たちが、ノエルの姿を見つけたのだ。
ババババババッ!!!
マシンガンでノエルと、さらに一緒に居た赤井とさくらを狙う。
3人は急いで建物の大きな柱へと身を隠した。
「バカ野郎! 俺と一緒に居たせいでお前たちまで狙われてるぞ!」
「お前を止めるために潜入したんだ。むしろこっちの方が好都合かもしれん」
赤井は銃撃がやんだ一瞬をついて柱の陰から顔を出す。
ガオーン!!
ガオーン!!
「ぐぅッ!!」
「おわッ!」
二人の男の銃を弾き飛ばした。
爆発音と銃撃が始まった音が聞こえ、降谷は赤井とさくらのインカムに話しかける。
「おい! 今の爆発はなんだ? しかも銃声が聞こえるぞ。ノエルが現れたのか?」
『ええ。爆発の騒ぎに乗じてノエルが現れた。
止めに入ったところを他の傭兵に見つかって、私たち3人がターゲットになっている』
「な、何?!」
降谷の顔が青ざめた。
「このままじゃ袋のネズミだな」
ノエルは一向にやまない銃声にやれやれという表情を見せる。
「私に任せて」
「おい、さくら! 待…」
赤井の制止も聞かず、さくらは銃を手に持つと建物の陰から飛び出した。
さくらの動きに合わせて、数名の傭兵たちが追いかけていく。
「まったく…人の話をきかないな…仕方ない。行くぞエヴァン」
「お前…苦労するな…」
二人のやり取りを見ていたノエルが苦笑いをした。
攻撃をしてくる傭兵の数が減ったところで、二人はさらに二手に分かれた。
さくらは攻撃をよけながら、自分を追いかけてくる傭兵の数を把握する。
「3…いや、4人か。じゃあここらで…」
赤井とノエルから兵士を引き離し、建物の中の広いエントランスまでたどり着くと4人の銃を狙った。
ガオーン!
ガーン!
ガーン!
ガォーン!
物陰から飛び出しながら、次々と銃を弾き飛ばした。
4人が手首を押さえたのを確認すると、男たちの方へ向かう。
助走をつけて男の首元に蹴りを加えた。
「ぐおぉお!」
一人が白目をむいて倒れた。
「このアマぁ!」
もう一人が拳を振り上げてきたが、サッと避け脇腹に回し蹴りをお見舞した。
その男も意識を飛ばして倒れた。
残った二人の男は、懐からナイフを取り出し、一人がさくらに襲い掛かる。
男の右腕をさくらは手刀で弾く。
ナイフがあさっての方向へくるくると回転しながら飛んで行った。
後ろからナイフで襲い掛かった男には、顔面に蹴りを食らわせた。
ナイフを弾き飛ばされた男の腹に、そのまま肘撃ちを仕掛けると、二人の男は同時に地面に倒れた。
「ふぅ~」
4人が完全に意識を飛ばしている事を確認し、ひと息つく。
「ピュ~♪ さすがだね。この屈強な男たちが女性一人にノックアウトされるとは」
手を叩きながら現れたのはノエルだった。
「目が覚めた時、相当落ち込むだろうな」
ノエルの後ろから現れた赤井も現場を見回した。
「二人とも! 残りの傭兵は?」
「みんな伸びてるよ」
「さすがね」
3人とも無傷で先ほど銃撃してきた兵士たちを倒していた。
「だが、爆発現場に向かった兵士もまだ数十名いる。
爆発と反対方向へ逃げたから思わず建物の中に入ってしまったが、すでに周りを囲まれて逃げ道はないぞ。
しかもCEOはさっきの爆発のあと、ボディーガード達が建物から連れ出していった」
赤井はこんな時でも冷静だ。
「CEOを殺って、ここですべてを終わらせるのが俺の計画だったんだが…」
「それは却下ね。私たちも巻き込まれちゃったし。あなただけ死なれても困るのよね」
「さくら…まさか初めからそのつもりだったのか?」
赤井は厳しい表情でさくらを見た。
「もちろん。じゃなきゃ『潜入したらどうでしょう?』なんて提案しないでしょ」
「お前、いざとなったらCEOを保護して連れ出すって言ってたじゃないか」
「あのCEOが言うこと聞くわけないじゃない」
「あの時自分が説得するって…じゃあ嘘言っていたのか!」
「まあまあ…二人とも…喧嘩するなよ…」
赤井とさくらが言い争いを始めたので、ノエルが仲裁に入る。
だがそんなノエルの言葉を聞いて、二人はキッとノエルの方へ向き直った。
「もとはといえば、お前がこんなことしなければ!」
「そうよ。こっちもこんな危険な事をしなくて良かったのに」
「ええっ!? 俺? 俺がいけないの?」
二人はそうだと言わんばかりに首を縦に振った。
二人の顔を見て、ノエルはフフフと笑い出した。
「フフッ…はははは! お前たちにしてやられたな。まさかこんな方法で…!
シュウ! お前だって最初っからさくらの計画知ってたんじゃないのか?
知っててワザと乗っかったんだろう? 相変わらず不器用だな。お前は」
ノエルが大笑いしたので、赤井もさくらも顔を見合わせて笑った。
「なんだ、バレていたのか。お前はいつもお見通しだな」
赤井の顔は昔を懐かしむような笑顔だった。
「じゃあ、分かっていなかったのは降谷さんだけだったって事?」
さくらは考え込んだ。
「いや、彼も…分かっていたさ。お前の上司だからな。
知ってて…お前を行かせたんだよ。俺にすべてを委ねてくれたんだ」
少しは信頼してもらっているようだ、と赤井は笑う。
二人のやり取りを、いつになく真顔で聞いていたノエルはため息をつく。
「お前たち…俺の為にこんなことして…。
あのCEOの事だ。傭兵部隊を使って下手すりゃこの建物ごと吹っ飛ばすかもしれんぞ。
死ぬのは俺だけで良かったのに…。なんで…」
最後は苦し気につぶやいた。
そんなノエルの手にさくらはそっと触れる。
「死なせないよ…絶対に。私の目に映る人は誰も…死なせない。絶対」
ノエルの手をぎゅっと握りながら絞り出すように発した言葉に、ノエルはさくらの心の闇を垣間見た気がした。
(その言葉の裏で…多くの仲間の死を見つめてきたんだな…)
もう限界だと言っていた赤井の言葉が、ようやく理解できた。
(どうやらここで死ぬわけにはいかないようだ)
ノエルの心は決まった。