第3章 ~光と影と~
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りおは突然ソファーから立ち上がった。
「りお? どうしました?」
ソファーに座り本を読んでいた昴は、りおを見上げ声をかける。
「昴さん…私、これから…厚務省へ行くわ」
「厚務省に? 何しに行くのです?」
「…」
りおは視線を落とし、奥歯を噛みしめる。
「りお?」
「……新田を…探しに…」
「新田? CEOの甥だという男ですか?
その男が厚務省内にいると?」
「ええ、おそらく。たぶん…死体となって」
「?! まさかその死体を探しに行くつもりですか?」
「そうです」
ガタッ!
りおの言葉を聞いて昴は立ち上がる。
「今その状態で死体を探す?
バカなことを言ってるんじゃない!! CEOの親族だぞ? 西村ですら惨殺されていた。
新田という男がどんな姿を晒しているか分からんぞ!」
昴は赤井の口調で怒鳴った。
「分かってる! でもあの時、ノエルの電話を受けた私しかその場所は分からないわ…。
見つけてあげなくちゃ。例えどんな悪い奴でも。
見つけて、弔ってあげなくちゃいけないの」
りおは涙ながらに昴に訴えた。その手は小刻みに震えている。
それでも誰かのために行くという。
「りお…お前……わかった。俺も行く」
昴は静かに伝えると、震えるりおの手を握る。二人は出かける用意をした。
午後11時——
厚務省の出入り口はすでに施錠されていた。
二人は隣のビルから屋上伝いに公務省の建物に入り、非常階段の階段室に潜入した。
中に入るとりおは小さく声を出した。
「あー」
声の響きに耳を傾ける。
「ここじゃない…。もっと狭い部屋…」
「なぜそんなことが分かるのですか?」
昴は不思議そうに訊ねた。
「ノエルと電話で話した時の声の響きよ。
こんなに残響は無かったわ」
「なるほど」
建物の見取り図を開くと、各階の東側と西側に機械室が存在した。
二人はそこが怪しいと睨んだ。
だが建物は12階建て。すべてを見て回るにはかなりの時間が必要だ。
「夕方の退社時間、人が多い1階で新田を見た者はいません。
ならば上の階から一つずつ確認しますか?」
昴はりおに訊ねた。
「う~ん。それだと時間がかかりすぎるし、防犯カメラもあるからリスクも大きいわ…。
ミシェルに繋がる何か手がかりがあれば良いんだけど…」
りおは口元に手を当てて考え込んだ。
「手がかりか…。ミシェルの場合、手口でヤツの犯行だと断定できない。
だからヤツは自分の仕事だと分かるようにタロットカードを置いていく…。
ッ! そうか、タロットカードにも順番がありましたよね?!」
昴は何か閃いたようだった。
「え、ええ。ミシェルが置いていくカードはミカエルのカード。節制を意味する14番目の…」
そこまで言ってりおも察した。
見取り図を見てそれは確信に変わる。
「昴さん…機械室に通しナンバーが振ってある。1階の東がNO.1。西がNO.2って」
「その流れで行くと、NO.14の機械室は…7階の西か…。りお、行ってみますか?」
「うん」
二人は7階へと歩みを進めた。
防犯カメラの目をかいくぐり、7階の西側機械室前へたどり着く。
昴がドアノブを回し、二人は機械室の中へと体を滑り込ませた。
ある程度広さのある機械室には、いくつもの小窓の付いたパネル扉が見え、青や黄色の光が明滅していた。
天井にはむき出しのダクトがいくつか確認できる。
コンクリート打ちっぱなしの室内は、どこもかしこも埃っぽく、所狭しと置かれた機械類は熱を発していた。
足元の配線に注意しながら、二人は奥へと足を進める。
ライトを持つ手に汗がにじんだ。
どれくらいか進むうちに、りおは埃や機械の匂いの中から、わずかに生臭い血の匂いを感じた。
ドキリと心臓が跳ねる。
思わず周りを見回すが、機械とダクトそして太い配線しか無い。
りおは「ふ~…」と小さく息を吐いた。
「行き止まりだ」
どうやら機械室の奥までたどり着いたようだった。
ここまでに死体らしきものは無かった。
部屋が違う?
それとも厚務省ではない?
不安がよぎる。
(でも…さっき感じた血の匂い…いったい…)
りおのこめかみから汗が流れ落ちた。
二人は辺りをライトで照らし、様子を伺う。
するとたくさんの装置がある中で、装置と装置の間の狭い通路の突き当り——
パネル扉の一つが開けっ放しになっていた。
よく見ると、扉のガラス部分がわずかに黒ずんでいる。
「?」
りおは近づいてライトを照らした。
(黒かと思ったけど…何となく赤っぽくも見える…。
これ…もしかして血…かしら? それとも汚れ?)
りおが扉に触れようとした時——
「りお! 触るな!! 目を閉じろ!!」
後ろから昴の鋭い声が聞こえた。
「え?」
昴の方を振り返ろうとした時、開いていた扉がキーッと音を立ててわずかに閉まる。
ドサッ!
大きな音を立てて扉の向こう側にあった物が
りおの足元に落ちてきた。
「ッ!!」
一瞬見てしまった。苦悶の表情を見せる男の遺体を。
「見るな!!」
昴に引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられた。
僅かに残る血の匂い。
乾いた血だまりには、黒く変色したタロットカードがあった。
「ああ…あ…」
がくがくと震えるりおは、昴にしがみつく。
「新田…悟…なの?」
目を背けたまま、震える声でりおは昴に訊ねた。
「たぶん…な」
「ッ!!」
心臓の音は、ドッドッドッと胸を叩かれているのかと思うほど大きい。
「と、とにかく降谷さんに連絡を…」
震える手でりおはスマホを取り出した。
「ふ、ふ、降谷…さ…ん。広瀬…で…す。
厚務省の…7階…西…機械室で…新田と…思わ…れる遺体を、発見…しました…」
声も手も震え、やっとしゃべっている状態だった。
『な、何? もしもし! 広瀬! どういうことだ?!』
「す、ばる…さんと…忍び…込んだんです。
そし…た…ら…ビンゴ…でした…。はや…く…来て…くだ…さ…」
「りおっ?! りお!!」
りおの体は力を失い、カチャンとスマホが落ちる。
状況をまだ完全に理解していない降谷には、昴の声でりおを呼ぶ声だけが聞こえていた。
***
厚務省の建物周辺はパトカーが何台も止まり、物々しい雰囲気となっていた。
鑑識や公安の刑事が、バタバタと機械室前を行き来している。
厚務省内の医務室に降谷と昴、そしてりおがいた。
りおはベッドに寝かせられている。
降谷と昴は向かい合わせで座り、遺体発見の経緯と状況を話していた。
「なるほど。それで二人でここに忍び込んだというわけか」
3件の死体発見現場から、新田の遺体が厚務省内にあると判断するとは。
降谷はりおの洞察力と観察力に感心させられた。
「ええ。タロットカードの番号から、7階西機械室だと推理しました。
中に入ってパネル盤の扉が開いているところを見つけ、その扉の向こうに遺体が隠されていました」
「広瀬は…遺体を見たのか?」
「扉が閉まって、支えが無くなった遺体が手前に倒れてくる瞬間…。
その一瞬だけですが…見ていると思います」
「そうか…」
その後は意識を失っている。
(一番見せてはならないものを見てしまったな…)
降谷は眠っているりおの顔を見て、唇を噛んだ。
ふと視線を移せば、昴の姿が目に入る。
冷静に状況を説明してはいるが、昴の拳は強く握られていた。
「どんなに止めても、こうと思ったら彼女は絶対に言うことを聞かない…。
あなたが一緒だったから、広瀬も心強かっただろうな」
降谷の言葉を聞いて、昴はハッとして顔を上げた。
降谷はわずかに微笑んでいる。
「…だと…良いのですが…」
昴は握っていた拳の力を緩め、りおの顔を見た。
「刑事さん。救急車の手配が出来ました。患者さんを搬送します」
医務室の先生が声を掛けてくれた。
「はい。お願いします。じゃあ、沖矢さん。広瀬を頼みます」
降谷は昴に声を掛け、現場へと戻っていった。