第3章 ~光と影と~
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組織のアジトの一室にはジンとウォッカがいた。
ジンはソファーにドカッと腰を下ろし、ウォッカは灰皿を持ってソファーに近づく。
「アニキ、ノエルのヤツ最近ウェストホールディングスのCEOについて、何か嗅ぎまわっているようですぜ」
「ノエルが? フン。大方今回の黒幕に気付いたってところだろう。
あいつには俺達には理解できない『信念』ってヤツがあるからな」
「しかし…野放しにしておいて良いんですかい?
1年半前、ニューヨークでFBIに撃たれたところを助けて、日本にまで連れてきてやったのに。
その恩を仇で返すような真似をして…」
ウォッカはその時の事を思い出して、苦虫を潰したような顔をした。
それもそのはず。ジンの指示でガタイの良いノエルを車に乗せ、運んだのは他の誰でもない、ウォッカだったのだから。
「まあ、そういうな。ヤツはそれ相応の働きをした。
来葉峠のドクターたちは、自分の信念に反するとか言って俺たちで殺ったが、それ以外は西村に疑惑が向き、すべてこちらの思惑通りだ」
ジンはポケットからタバコを出すと、火をつけた。
長く煙を吐き出し、ニヤリと笑う。
「まあ、あまり嗅ぎまわるようなら、あのCEOが何か言ってくるさ。
ヤツがこちらに『依頼』という形でノエルの始末を頼んでくれれば、金になるしな。
エンジェルダストの失敗で、組織としてはまとまった金が必要だ。
来るべきオドゥムとの対決の為にも…な」
ウォッカが置いた灰皿に、ジンの煙草の灰がホロリと音もたてずに落ちた。
額に絆創膏を貼った姿で、りおは月曜の午後警視庁へと登庁した。
「広瀬、大丈夫なのか? ビルの壁に激突したって聞いたが…」
りおの姿を見つけた風見が声を掛けた。
「あ~…スミマセン。ご心配をおかけしました。
石頭だったみたいで、ハデにぶつけたわりに大したこと無くって…」
額の絆創膏に触れながら、りおはバツが悪そうに微笑んだ。
部屋を見回すと、最近必ず居る降谷の姿が無い。どうしたのかと風見に訊ねた。
「降谷さんなら今隣の部屋で電話中。相手は多分お前の同居人だよ」
「えっ! 昴さんと話してるんですか?」
恐らくケガの詳細と、PTSD の事を話しているのだろう。
あとで呼び出しがありそうだ、とりおはデスクに頬杖をついた。
降谷は昴からの説明を聞き、時々うなずきながら相槌を打つ。
「分かりました。ケガは大した事が無くて良かったです。
で、PTSDの方はどうなんですか?」
ここ最近の様子を見る限り、すでに限界に近い事は分かっていた。
赤井の事だ。手は打っているだろうと簡単に予想できた。
『昨日新出先生の所に相談に行きました。
やはり西村の事件はトラウマとなっているようです。
前回同様、認知行動療法を進められましたが、さくらは怖いから嫌だと言っています。
そうなると薬による治療になりそうですが、あいにく強い薬を使っても悪夢は無くなりません。
昨日も過呼吸発作を起こし、パニック状態になりました。
状態が良いとはとても言えないそうです。
そんなわけで治療についてはまだ…。
とにかく発作が起こらないことを祈るだけです』
「そうですか。分かりました。こちらも出来るだけ配慮します」
《 配慮》とは言っても、どこまで出来るかは分からない。
事件が起きれば、そこは常に発作を誘発するものばかりだ。
(ホントに! どこかに閉じ込めておきたいよ!)
いい意味でも悪い意味でも行動力のあるりおを、どうするのが一番良いのか…。
降谷の悩みは尽きない。
昴との電話を切って降谷が部屋に戻ると、りおがデスクで仕事をしていた。
「広瀬。大丈夫か?」
「あ、はい。CTも問題ありませんでした」
ケガの心配もそうだが、どちらかというと心の心配をしているんだがな…。
『上司の心配、部下知らず』。降谷は何度目かのため息をついた。
「とにかく無茶はするなよ」
「はい」
さすがのりおも、今回ばかりは素直にうなずいた。
その時、風見のスマホに一本の電話が入る。
聞き込みに出ていた風見の部下からだった。
その場にいる降谷やりおにも聞こえるように、風見は通話をスピーカーに切り替える。
『風見さん! 大変なことが分かりました。
西村病院では『ガンの特効薬』として《WESTMEDY》で独自開発された薬の治験が行われていたようです。
訴訟問題にならないよう、身寄りのないガン患者に投与し、効果と安全性についての試験が行われていたようです。
しかし、その薬はほとんど効果がないばかりか、強い副作用で患者を苦しめ死期を早める物でした。
その事実は極秘扱いで、厚務省内で知っていたのは先日殺害された村中ともう一人、村中の直接の上司だけです。
その上司が現在行方不明です」
「なんだって?!」
「「ッ!」」
その事実に三人は衝撃を受けた。
「その村中の上司の名前は?」
「新田悟(にったさとる)です」
りおはすぐさま自分のパソコンに手を伸ばし、『新田悟』について調べる。
「降谷さん! 風見さん! 新田悟について出ました。
新田は…西村の大学の同期です。
しかも彼はウェストホールディングスCEOの妹の子、つまり甥にあたります」
「甥…親族か…。
西村と同期って事は…卒業者名簿には名前が無かったはずだ。
親族だから仕事も居場所も分かっていたって事か?
CEOは娘婿だけでなく、血の繋がった親族の殺害まで依頼したのだろうか…?」
風見は恐ろしさに表情が歪む。
「行方不明って…かくまわれているの? それともミシェルが…?」
りおの表情も苦しげだ。
「とにかく新田の行方を探すのが先だな」
降谷の一言で風見はすぐに部下たちへ指示を出した。
「新田が最後に目撃されたのが木曜の夜。職場を退社する姿を部下たちが見ている。
それ以降の足取りが掴めていない」
次々と上がってくる部下からの報告をまとめ、風見が降谷とりおに伝えた。
「木曜の夜から…」
りおはこれまでの出来事を頭の中で追った。
木曜深夜から日付の変わった金曜未明は来葉峠の転落事故があった日。
これはおそらくジン達の仕業だろう。
とすると、ノエルはフリーだった。
午前1時にどこかの室内にいた。
その時は前日の村中を殺ったとりおに伝えている。
(電話を切った後? あの室内に…もしかして新田がいたの?
あの時ノエルは何かを言いかけていなかった?)
考えれば考えるほどりおは心がざわざわした。
「…せ…広瀬…おい! 広瀬ッ!!」
「え? あ、はい!」
降谷に大きな声で名を呼ばれ、思わず返事の声も大きくなる。
「思いつめるな。一族にかくまわれている可能性もあるんだ。悪い方に考えるな」
思考を読まれていたらしく、たしなめられた。
「…はい」
返事をしたものの、小刻みに震える手は止めることが出来なかった。
それを見て降谷は席を立ち、りおの真横に立つ。
「広瀬、ケガもしているし今日は帰れ」
「でも…」
「沖矢さんから話は聞いた。
今無理をして、また症状が進めば苦しい思いをするのは君だぞ。悪いことは言わない。
休める時に休んでおくんだ」
「……わ、分かりました…」
上司に押し切られる形で、りおは警視庁を後にした。
退社の連絡を降谷がしたのだろう、途中まで昴が迎えに来てくれた。
「りお、迎えに来ましたよ。
捜査に動きがあったようですが…。よく帰宅の決心をしましたね」
「うん…。降谷さんに言われて…」
(本意ではなかったが上司に言われて仕方なくか…)
苦笑いをしながら昴はりおの肩を抱き、家路を急いだ。
帰宅したりおはソファーに座ってボンヤリしていた。
昴はブランケットを膝にかけてやり、好きにさせておく。
りおは目を閉じ、金曜日未明の電話のやり取りを思い出していた。
(声の響き方からして室内だった。
でも、今思えば響き方がちょっと普通の部屋では無かったような…。
私と同じように非常階段にでもいたのか…)
ふと、あることに気が付く。
清里は自身の事務所
西村は院長室
村中は自宅書斎
殺害された3名はすべて、いわゆる『仕事部屋』で一人の時に殺害されている。
おそらくそこは、今回の悪事が密談されたり、証拠や痕跡が残る場所のはず。
だとしたら——
村中は独身だったが、新田には家族がいる。
自宅での殺害はリスクが大きい。
家族に見つかれば、その家族も手にかけなければならないからだ。
それはミシェルの信念に反する。
新田が最後に目撃されたのは厚務省。
省内で、新田と村中は今回の件に関して何度も話をしていたはずだ。
殺害するなら、二人の密談の痕跡や証拠が残る省内の可能性が高いのではないか?
しかし、さすがに内部で殺害するには人目に付く。
退社する新田を人気のない所におびき出し、眠らせて…人のいなくなった時間帯に殺害した…?
そこまで考えて、一つ腑に落ちないことがある。
殺害だけが目的ならば、人気のない所におびき出した時点で殺害すればいいだけのことだ。
眠らせる必要もない。
電話してきた時に『二人殺した』と言うはずだ。
だが、あの時彼は『夕べ一人殺った』と言っていた。それは間違いなく村中の事だ。
(何か…新田に訊きたいことでもあったの?
親族であるCEOの事を訊きたかったとしたら?
だから、目が覚めるのを待っていた…)
そして目覚めるのを待つ間…新田を殺害する前に、彼を閉じ込めていた部屋か非常階段で、自分に電話をしてきていたとしたら…?
そう考えると、りおは居ても立ってもいられなかった。