第3章 ~光と影と~
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「俺の話はここまでだ。エヴァン。
お前…CEOを狙ってただで済むとは思っていないな?
今回の殺しの依頼をしたのはおそらくそのCEO。
そいつに刃を向ければ組織の裏切り者になるんだぞ」
昴は先ほどとは違い、鋭い目をノエルに向ける。
「ほー。そこまで分かっているのか。さすがだな」
「お前…まさか死ぬ気じゃないだろうな?」
「さすがにCEOを敵に回して、無傷でいれるとは思ってないよ」
「エヴァン!!」
ずっと死に場所を探していた。
いつか終わりにしなければならない。
それは始めた時から決めていた。
ジンに拾われた命。当初はその借りを返すつもりで今回の依頼を引き受けた。
だがその依頼の裏に、弱者を食い物にしたとんでもない策略があった事を突き止めてからは、借りを返し、それを公にして最期にしようと思っていた。
しかしさくらと出会って、初めて『生きたい』と思ったのも事実だった。欲が出てしまった。
「一緒にアメリカに行かないか?」思わずそう声を掛けてしまうほどに。
けれど…愛した女には好きな男がいた。
その男は、かつての戦友だった。申し分ない。
潔く身を引いて、今回の元凶となった男を道連れに自分の復讐劇に幕を引く。
それが、ノエルの考えていた結末だった。
「お前はそれで良いかもしれないが…残される者の事を考えたことがあるか?」
昴はさくらのPTSDの事をノエルに話した。
「じゃ、じゃあ、あの子はケンバリで仲間の死を、そして初恋の男の死を目撃したのか?」
「ああ。その上組織が撮った『赤井秀一の殺害動画』を見た。心を壊すには十分だった」
「なんということだ…」
ノエルの表情が歪む。
「最近になって、昴の姿の時に俺が切り付けられた現場にもいた。
それからなんだ…。《血液》に対しても過剰に反応するようになってしまった」
昴は自分の右肩にそっと触れた。
その時の事を思い出しているのだろう。
ノエルは唇を噛んだ。
「そんな状態で、西村の頭部を発見したのは…さくらなんだ」
「な、なに?!」
ノエルが驚きのあまり立ち上がった。
「西村の頭部は、警察が今回の事にたどり着けるよう、証拠になる書類と一緒に引き出しに入れておいたんだ。
もちろん今回の直接的な首謀者…社会的弱者を食い物にする、あの男にふさわしい姿にする意味も込めて。
なぜそれをさくらが見つけたんだ!?」
「さくらの正体は…公安警察だからだよ」
「なん、だ…と?」
ノエルの顔が血の気を失った。
西村の頭部をさくらが見つけた?
ああ、だから東都医大へ名簿を盗みに入った時、あんなに顔色が悪かったのか…。
「もう…限界なんだ…」
「ッ!」
「あの日以来、悪夢を見るらしくて…夜中に飛び起きるようになった。
やっと…やっと闇から抜け出してきたのに…」
昴は絞り出すようにさくらの事を話す。
ノエルはジッとその話を聞いていた。
「だから…お前は死ぬなよ。
お前が死んだら…今度こそさくらは再び闇の中に逆戻りだ。
絶対に死に急ぐんじゃないぞ。いいな」
それだけ言うと、昴は立ち上がった。
ジッとノエルの青い瞳を見つめる。
やがてフッと視線を逸らすと部屋を後にした。
昴はノエルのアパートを出て、すぐに新出医院へと向かった。
医院に到着し処置室に入ると、先生がさくらの診察をしていた。
昴の顔を見た先生は辛そうな表情を見せると、首を横に振る。
聴診器を当て、心音が落ち着いているのを確認すると「診察室で話しましょう」と言って処置室を出た。
「状態はあまり良くはありません。
現場検証で頭部を発見したとおっしゃっていましたね。
どうやら記憶が少し混乱しているようです」
「混乱?」
新出の言葉に昴は眉根を寄せる。
「ええ。先ほど少し眠った時にも悪夢にうなされていました。
過呼吸発作も起こして『昴さんの首が』と口走っていた。
おそらく頭部を発見した記憶と、沖矢さんのケガの記憶が混乱して、あなたの首が切られた夢を見たのかと」
「私の首が?」
「ええ。そのためパニックを起こしていました」
パニックを起こしたと聞き、昴の顔が苦しげに歪んだ。
「治療はまた、認知行動療法になるのですか?」
「おそらく、その方が効果はあると思います。
薬による治療もありますが、さくらさんにはあまり効果は無いかもしれません。
点滴にも少し強い薬を使ったのですが、悪夢を見てしまっていますから…」
あの思いをまたさせるのか…昴は苦しい表情を隠すように口元に手を当てた。
良く知る人物の、死にゆく姿を思い出させるのも酷なことだった。
今度は切断された頭部を発見する瞬間を、何度も体験することになる。
「くッ!」
考えただけでも胸が痛かった。
話を終え、帰宅の準備をする。
昴はさくらに声を掛けた。
「さくら? 起きられますか?」
「…ん…? す、ばる…さん?」
うっすらと目を開け、昴を確認するとさくら微笑んだ。
「迎えに…来て…くれたの?」
「ええ。そうですよ」
体を起こそうとするが、薬が効いているせいかふらついていた。
昴が手を貸して起き上がった。
「なんか…ふらふらする…目が…まわる…」
「ちょっと強い薬を使ったからね。もう少しすれば良くなるよ」
昴に抱きかかえられて、さくらは車に乗り新出医院を後にした。
「認知行動療法を?」
薬の効果が消え意識がハッキリした頃、昴は新出先生からの提案についてりおに話をした。
「ええ。記憶が混乱していると先生はおっしゃっていました」
昴の話を聞いて、ああ…とりおは納得した。
「確かに、さっきの夢は西村の頭部が昴さんになっていてびっくりしたけど…。
でもそんな事今まで無かったわ。今回が初めてで…。
起きている時はちゃんと違いを理解しているし。行動療法は…やりたくない…」
辛そうに表情を歪め、下を向く。
珍しくりおが後ろ向きな発言をした。
「こ、怖いの。あの引き出しを開けた時の事を、何度もやるなんて…耐えられない…」
小刻みに震えている様子を見て、昴はその肩を抱いた。
「わかった。お前の嫌がる事はしない。新出先生に治療についてはまた相談しよう」
「ごめんね。わがまま言って」
昴の肩に頭を寄せる。
「良いんだよ。無理することは無いんだ」
昴自身もりおの苦しむ姿を見ないで済むと思うと、ほっとしていたのも事実だった。
(だが、問題を先送りにしただけで、何も解決していないがな…)
昴は顔色の優れないりおを見て、ため息をついた。