第3章 ~光と影と~
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なんとか説得をして、りおを新出先生の所まで送り、昴は東都タワー近くの静かな通りに来ていた。
りおのスマホから送ってもらったノエルのメールアドレスにメールを送る。
『大事な話がある。会ってくれないか』
送信後しばらくすると返信があった。
『昔のよしみだ。良いだろう。今から指定する場所に来てくれ』
メールを読むと昴はスマホをポケットにしまい、歩き始めた。
「さくらさん、そこに座って。少し話を聞こうか」
日曜日だったので、さくら以外に患者はいない。
久しぶりに会った新出先生はニッコリ微笑むと、さくらの向かいの椅子へと座った。
「また顔色が良くないね。眠れていないのかい?」
「はい…。悪夢を見るんです。それで何度も目が覚めて…」
「悪夢? たとえばどんな?」
「え…っ…と…その…」
夢を思い出そうとすること自体に嫌悪感がある。
目を閉じると闇の中に誰かがいる。
足元に何かがある。
それを思い出すことも、口に出して説明することも怖かった。
「あ、あの…思い出さないと…ダメ…ですか?」
さくらの表情が歪む。
「いや、無理しなくていい。ごめんね。大丈夫だよ」
思い出さなくても良いと言われ、少しほっとした表情を見せるが、その手はわずかに震えていた。
(少なからず、トラウマとなっているのは間違いなさそうだ)
新出はジッとさくらを見つめ、カルテにさらさらとその様子を書き記した。
「さくらさん。精神安定剤は飲んでいるかい?」
「警察病院で処方されたものを飲んでいましたが、眠くなってしまうので今は飲んでいません」
さくらは飲んでいた薬の名前を伝える。
「そうか…もう少し強い薬を夜眠る時だけ飲んだらどうだろう。
眠くなるならその方が良い。ぐっすり眠れば夢も見ないで済むよ」
「はい…」
「疲れも出ているようだ。点滴をしようね。
リラックスする薬も入れておくから、沖矢さんが迎えに来るまでここで休んでいこう」
先生に促されて、処置室へと向かった。
処置室のベッドに横になると、新出先生が慣れた手つきで点滴を用意し、時計を見ながら落ちるスピードを調整している。
「眠くなるだろうから、そのまま眠っていいよ」
そう声を掛けられ、「はい」と返事をしてさくらは目を閉じた。
***
暗闇の中に人の気配を感じる。
笑顔のノエルがいた。優しい笑顔だ。
「ノエル」
そう呼びかけると、その笑顔は消えてみるみる殺人鬼の顔へと変わる。
突然の変貌に恐怖を感じた。
「さくら…こっちに来るんだ」
そう言って手を差し伸べてくる。
「い、イヤ…。来ないで…」
そのまま数歩後ろに下がる。
足元に何かが当たった。
(ああ、まただ…)
さくらは夢の中でそう思っていた。
ただ、今回は何かが違う。
ぬるりとして生暖かい。
(?)
不思議に思って視線を落とす。
そこには血だらだけの……
変わり果てた昴の頭部が転がっていた。
「いやぁあああッッ!!」
「どうした!? さくらさん!」
さくらの叫び声を聞いて、新出が処置室に飛び込んできた。
「昴さんがッ!! 昴さんが!」
取り乱したさくらが昴の名を叫んでいた。
「落ち着いて! 沖矢さんがどうしたんですか?」
「あああ…! ああ…ッ、ふ、うわぁぁ…ッ」
さくらは新出にしがみつき、泣き崩れた。
「はぁッはぁッはぁッはぁッはぁッ……」
「過呼吸発作が…!」
「すばッ…はぁはぁ…昴…さ…はぁはぁはぁ…」
「さくらさん落ち着いて…大丈夫だから…ゆっくり呼吸するんだ」
背中をさすりながら優しく声をかける。
「い、いや…っ! す…ばる…さんの…首が!
はぁはぁ…いやぁああ! こ、殺さな…いで…っ」
新出の声は聞こえていないようだ。
目は焦点が合わず、その手は何もない空中を、昴を求めて伸ばしている。
新出が体を押さえているから良いものの、完全にパニックを起こし錯乱状態だった。
このままでは暴れてケガをする可能性もある。
新出は処置用のカートを手探りで引き寄せると、強めの鎮静剤を注射した。
やがて薬の効いたさくらの体は、ガクリと力を失った。
(よほど怖い夢を見たんだな…可哀想に…)
新出にもたれかかるようにして意識を失ったさくらを、そのままベッドへと横たえた。
***
「そこへ座れ」
「ああ」
小さなアパートの一室。
簡易ベッドと折り畳みの椅子と机。
小さなキッチンに、小型の冷蔵庫とケトルだけがあった。
昴は椅子に腰かけた。
「インスタントしかないが勘弁してくれ」
ノエルは湯を沸かし、コーヒーを入れた。
湯気の出るマグを机に置くと、ノエルはタバコに火をつけた。
「で、話とはなんだ?」
深く煙を吸い込みながら、ノエルはドカッとベッドに座る。タバコの箱とライターを机に置いた。
懐かしい銘柄の箱と香り。使い込まれたZIPPOライター。
昴は横目でそれを見た。
「お前の次のターゲットはウェストホールディングスのCEOだな?」
昴は真っすぐにノエルを見据えた。
「だったらどうだというんだ?」
「これ以上罪を重ねるのはよせ。お前がやっている事は間違っている」
「それを言いにわざわざ来たのか?」
ノエルはタバコを指に挟んだまま、コーヒーに手を伸ばした。
ふぅ~と息を吐くと湯気がゆらりと揺れた。
「変わったな…シュウ。お前は何か目的があってFBIに入った。
そのためには手段を選ばない男だったはずだ。
こんな何の得にもならない、俺の復讐になぜ首を突っ込む?」
「…」
昴は黙ったままだ。
「お前を変えたのは…さくらか?
さくらとは組織で知り合ったのか?」
ノエルの問いに昴はフッと笑った。
「ああ。たぶん…な。あいつと出会って変わったかもしれない。
初めはお互いNOCだとは知らなかったんだ。
ジンと共にマレーシアに行き、あいつを《ケンバリ》から連れて帰ってきた。
たった一人生き残ってしまったことに罪悪感を感じていたよ。
それ以来『死』に対して敏感になった」
「その話ならジンからも聞いたことがある。
それで殺しの現場にはあまり行かせてないと。
諜報活動担当なのもそのためだと言っていたな」
昴はマグを手に取った。
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「あいつはどんな奴にも、全力でぶつかるんだ。自分も傷つくって分かっているのに。
だが、あいつが関わるとどんな奴も最後は笑顔になる。そして笑顔ごと守ろうとする。
そんなあいつを俺は守りたい」
穏やかに話す昴の顔を見て、ノエルは少し驚いた。
(シュウのこんな顔初めて見るな…ヤツをここまでにするさくら…大した女だよ)
自然とノエルも笑顔になる。
それを隠すようにマグカップに口を付けた。