第3章 ~光と影と~
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「さくら! おい! しっかりしろっ!」
ノエルが行った後、昴はさくらに声を掛ける。
「う…ん…。す…ばる…さん?」
額から出血はあるが、意識は戻ったようだった。
さくらは「ごめん…」とだけつぶやいてわずかに微笑むと、再び目を閉じる。
「お前! また無茶してッ!」
昴はさくらを抱え上げると、病院へと急いだ。
病院での精密検査の結果、頭部に異常はなく腹部と背中に打撲、額はぶつけた時に出来た傷だけで済んだ。
ただ一時的とはいえ、脳震盪を起こして意識が飛んでいたので、1、2時間ほど処置室で様子見となった。
検査と処置を行った後、疲れが出たのだろう。今は眠っている。
昴は胸をなでおろす。
さくらは処置室の一番奥のベッドに寝かされた。
昴はベッドの隣のイスに腰を下ろすと、額にガーゼを貼られたさくらの顔を見つめていた。
何度かうなされていたが、その度に昴が声を掛け背中をさすると、すぐに穏やかな表情を見せた。
ようやく落ち着いたところで、昴はノエルの話を思い出す。
「ノエルに銃を突き付けられたなんて話、俺は聞いていないぞ」
さくらの寝顔を見ながら、思わず昴は声に出してつぶやいた。
『その男の為に生きる』と言ってくれたことが正直嬉しかった。
いつも自分の命は二の次で、捨て身の行動が多い。そのためにいつもハラハラさせられていたからだ。
「だからナイフの前に飛び出さなかったのか。
行動だけで判断すれば変わっていないが、彼女なりに考えてはいるのだな」
ノエルの腕にしがみついたのはそういうことか…。
あの場で俺に蹴られる事は承知の上で…。
理由が分かれば彼女の行動は素直だ。
手に取るように真意が分かる。
「ノエルにこれ以上殺しをさせたくない。
沖矢昴も星川さくらも死なせない。
お前はそう思ったんだろう? 俺も同じだよ」
優しい彼がこれ以上罪を重ねることは、俺も望んでいない。
彼に一緒に伝えよう。
お前と一緒だったら、きっと彼も分かってくれると思うんだ。
『あなたの正義は間違っている』と——
その日の夕方には二人そろって工藤邸に戻ってきた。
「昴さん…ごめんね。余計なことして」
「いえ。あそこであなたが止めなければ、どちらかが死ぬまで続いていたと思います。
私も彼に会うのは少々迂闊だったと反省しています」
リビングの窓から外を見る昴を、りおはソファーに座ったまま見つめた。
「昴さん。そろそろ話してもらえますか?
あなたとノエルの関係を。
本当はそれをノエルに聞こうと思って、今日彼と会う約束をしていたんです」
りおの言葉に昴は一つため息をつく。
「広場で会った時、そうだと思いました。
私からすべてお話しますよ。
長くなりますが…聞いてくれますか?」
「ええ。もちろん」
りおは穏やかに微笑んだ。
***
昴はノエル…いやエヴァンとの関係をすべてりおに話した。
「そう…二人の間にそんなことが…」
あの赤井が、心から気を許す親友などなかなかいない。
家族や同僚に対する《身内意識》は人一倍強いとは思うが、ノエルはそれ以上だろう。
背中を追うような憧れの対象でもあり、唯一背中を預けられる戦友でもあったはずだ。
そこに並々ならぬ思いがあるのも頷けた。
「ミシェルがそのエヴァンだと気づいたのはいつからだったの?」
「暴動後の、最初に事件があった時にはすでに疑っていました。でも、証拠が無い。
その時は私もすでに日本で組織に潜入していましたし、エヴァンでなければ良いとずっと思っていました。
組織を離脱してアメリカに戻った後は、事件の事を調べれば調べるほど、疑念は確信に変わりました。
しかし決定打が無かった。
1年半前、そのすべてに決着をつけようとトリガーを引きましたが…それも失敗して…」
そこまで言うと昴は苦しげに下を向いた。
りおはそっと昴に近づくと、その背中に触れる。
きっとずっと辛かったに違いない。
赤井はエヴァンを、復讐という『闇』から救い出したかったのだろう。
復讐からは何も生まれないと知っているから。
『死』でしか彼を救えないと、そう思ったのかもしれない。
だからトリガーを引いた。
友をその手にかける。
どれほどの覚悟だったのだろうか。
昴の背中が震えていることに気付いた時、りおは彼を後ろから抱きしめることしか出来なかった。
***
ノエルは自分の隠れ家にいた。
簡易ベッドにその身を横たえ、腕は頭の後ろで組んでいた。
タバコを咥え、けだるそうに煙を吐く。
すぐ脇の窓から見える空を眺めていた。
「シュウが生きていたとはね」
体術も銃の腕も、あっという間に自分のものにし、ヒヨッコだったブルネットの男は、自分の背中を預けられるほどに成長した。
気付けば、FBIの中で唯一自分の秘密を話してしまうほどには気に入っていた。
「スラム街の慈善活動…シュウと行ったこともあったなぁ…」
シュウは金に困ったことなど無かったのだろう。
貧しく教育も受けられず、親から虐待され捨てられた子どもたち。
盗みや危険な薬の売買をしなければ生きていけない…そんな過酷な環境で育つ子どもたちを目の当たりにして、シュウはすごく驚いていていた。
「いいかシュウ。犯罪ってのは悪い奴らだけが起こすんじゃないんだ。
あったかい食い物と教育。
それがあれば悪い事なんて考えないもんなんだよ。
だが、こいつらには食い物も教育も無い。
読み書きが出来なきゃ働くところも無いだろう?
働くところが無ければ、当然金も無い。
結局生きていくために、犯罪に手を染めるしかないんだ。だから、犯罪だけを取り締まったって何の解決にもならない。
俺は、まずこいつらにあったかい食い物と教育を与えてやりたいんだ」
そう話をした時、シュウは小さく、だが力強くうなずいた。その時の顔がすごく頼もしかった。
俺が万が一殉職しても、こいつなら遺志を継いでくれるんじゃないか。勝手にそんなことを思っていた。
その頃何年かの努力が実って、スラムの子達に教育を受けさせることができるようになっていた。
教会の牧師も協力してくれて、食べ物と勉強をする場所を提供してくれた。
ボランティアの学生が来て、読み書きを教えてくれることもあった。
あの暴動が起きたのは、ようやく活動が軌道に乗り出した矢先の事だった。
「僕ね、いつか大学へ行って先生になるよ。
ここで僕たちみたいな子の先生になるの!
そしたらエヴァンも、お休みの日に勉強教えに来なくて済むでしょう?
少し体を休めることが出来るよね!」
そう言って笑っていたコーディーが死んだ。
教会も破壊され、牧師も殺された。
他にもコーディーと一緒に学んでいた子が何人も死んだ。
「あの時…俺は、神なんてしょせん居ないんだと思ったんだよ」
ノエルは体を起こすと、タバコを灰皿に押し付けた。
「弱い者が虐げられる世の中は、俺がぶっ潰すんだ」
その目は鋭く殺気を帯びていた。