第3章 ~光と影と~
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ダイニングに一人残った昴は、昔の事を思い出していた。
あれは6年程前。赤井がまだFBIに入って間もない頃だった。
屈強な男たちの中で、日本人の血が流れる赤井は決して恵まれた体格ではなかった。
先輩たちの中には「Kitty(子猫ちゃん)」とバカにする者もいた。そんな事を言われても気にする方ではなかったが、一人声を掛けてくれた先輩がいた。
「気にすることは無い。日本には『柔よく剛を制す』という言葉があるんだろう?
デカいだけの肉ダルマが強いとは限らんさ」
見た目は金髪に青い瞳のアメリカ人だったが、母親が日本人のハーフだと聞き、自分と似た境遇だということで意気投合した。
《Evan(エヴァン)》と名乗ったその男とは、良く飲みにも行ったし、喫煙室ではいつも一緒だった。
ノリの良いい、子ども好きで優しい笑顔が絶えない男だったが、いざ事件となれば狙撃、ナイフの扱い、体術すべてが完璧だった。いつしか自分の中で『背中を追うべき存在』になっていた。
その彼がFBIを去ったのは、あの暴動のすぐ後だった。
「本当に守らなければならない命を守れなかった。
神はなぜあの子たちを守ってくださらなかったのか…。
あの子たちは何も…悪いことをしていないのに…。だが一番悪いのは俺だ。
弱い者を守れなくて何がFBIだ!」
そう言い残して姿を消した。
以前から警察組織の非力さを口にしていた彼を、ずっと案じていた。
それ故に、その数か月後にミシェルによる連続殺人の事を知った時には、真っ先にエヴァンの顔が浮かんだ。
ただその時は、すでに日本での潜入を開始していたため、アメリカの事件に関わることは出来なかった。
1年半前、すべてを終わらせてその真意を確かめようとしたが、それも失敗した。
(今度こそエヴァン。俺の手で真相を暴く。
お前のやり方は間違っていると伝えるために)
翌日(土曜日)——
りおは今日も警視庁へと出かけて行った。
りおを見送り、昴は自分のPCを立ち上げる。
ここ数日警視庁のPCへハッキングをし、都内に設置されているカメラの画像を見ていた。
そして先日『海の見える公園』や、『東都タワー』周辺で見覚えのある男を見つけた。
何度か近くのカメラにその姿を捉えられていることから、この周辺に彼の潜伏先があると睨んでいる。
「今日あたり…行ってみるか」
昴はPCの電源を落とすと外出の準備をした。
昼過ぎ——
ノエルは『東都タワー』近くの、商業ビルが立ち並ぶ通りに来ていた。
先日さくらと買い物に来たショッピングモールも近い。
「1年以上住んでいて、このショッピングモールを知らなかったとはね~。俺もバカだね」
さくらに教えてもらったお店は、今や彼のお気に入りの店となった。
しばらく歩くとちょっとした広場にたどり着く。
大きなオブジェがあり、広場から死角になるベンチに腰を下ろした。
背もたれに肘をかけ、長い足を組む。
この広場を中心に放射線状に道が伸び、多くのショップが軒を連ねている。
「はぁ~、土曜の昼下がり…カップルばっかだね」
行き交う人々をぼんやり眺め、平和だな~と独り言を言っている時だった。
「ッ!」
誰かの視線を感じた。
殺気は無い。が、明らかにこちらに意識を向けているのは分かる。
やがてその視線の主が近づいてくるのが分かった。
視線の主は真後ろに立つと声を掛けてきた。
「エヴァン…お久しぶりですね」
ノエルは驚き、振り向いた。
「なぜその名を…?」
そこには明るい髪色をした、メガネの見知らぬ男が立っていた。
「あなたは私を知らないでしょうが、私はあなたを知っている。
かつてFBI捜査官だったことも。
スラムに住む多くの子たちの将来を案じ、慈善活動をしていたことも」
ノエルは立ち上がり、男に向き直った。
「スラムの事を知っていた人間は一人しかいない。
だがその男は死んだはずだ。お前は何者だ?」
沈黙が流れ、二人の男に緊張が走る。
その時——
聞き慣れた声が聞こえた。
「ノエル! 遅れてごめ…」
死角を作っていた大きなオブジェから顔を出したのは——
さくらだった。
「?!」
昴とノエルが対峙していることに驚くさくら。
もちろん、突然さくらが来たことに昴も驚いていた。
気まずい空気が流れる。
だがさくらは機転を利かせて昴に対し、
「あなた…何者?」
と声を掛けた。
その問いかけに昴は
「あなたこそ、この男の知り合いですか?」
とお互い他人の振りをした。
「私は……」
と言いかけたところで、突然ノエルがさくらの肩を抱き寄せた。
「俺の恋人さ!」
ノエルがそう言うが早いか、大きな手でさくらの後頭部を押さえキスをする。
「ッ!」
昴は思わず舌打ちしそうになるのを堪えた。
さくらは驚いて身動きが取れない。
ノエルは片方の口角を上げると、さくらのみぞおちに拳を入れる。
ドスッ!
「ぐッ!」
そのままさくらの体がガクリと崩れ落ちる。
ノエルはぐったりとしたさくらを抱きかかえ、そっとベンチに寝かせた。
「さて、これで彼女に争いの現場を見せてしまう心配は無くなった。
ここじゃ目立つから、このビルの先へ行こうか」
二人はビルとビルの間の細い通路を進む。
ビルの裏手を進み、ほんのわずか開けたところに出ると二人の足が止まった。
「さあ君が何者か、まず教えてもらわないとね」
ノエルが昴に向かって拳を振り上げた。
ノエルの右ストレートを昴は左腕で弾くと、右の拳でノエルの顔面を狙う。それをノエルも右腕で弾いた。
すぐさま昴は左の蹴りを仕掛けるが、ノエルは体を後ろに引き、蹴りを回避する。
昴の体が右に向いたため、ノエルは彼から死角となる右のキックを繰り出すが、昴は体勢を低くして避けた。
ノエルは連続でキックを仕掛けたものの、一発当たっただけで後は避けられた。
昴も蹴りと拳を繰り出すが、ガードが固く急所には入らない。
二人は互角の戦いを繰り広げた。
「フフ…拳を固めないその型…ジークンドーか…ますますあの男と同じだな」
お互い何発かは相手の攻撃を食らっていた。
息を切らし疲れが出てくるも、決定打を決められない。
やがて構えていたノエルは、自分の背中側に手を回す。
取り出したのはバタフライナイフだった。
「この際、お前が誰であっても良い。
ただ俺の過去を知る者が生きていてもらっては困るんだ。悪いが死んでもらう」
ナイフを振りかざし、昴へと突進してきた。
「ッ!」
先ほどとは段違いのスピードに、ナイフは昴のジャケットを捉える。
「よく避けたな。だが次は無い」
筋力のあるノエルだが、それ以上に柔軟性がある。
その攻撃はバネのようにしなやかだ。
再びナイフを昴に向ける。
心臓を狙い突き刺そうとした瞬間、昴はそのナイフを蹴り落そうと左足を振り上げた。
「ダメよ! ノエル!」
ナイフを持つノエルの右腕に、さくらがしがみついたのと同じタイミングで、昴の蹴りがさくらの背中に決まる。
ドカッ!!!
蹴りの衝撃でさくらもナイフも吹っ飛び、ノエルもその場に倒れた。
そのままビルの壁に衝突したさくらは、倒れたまま動かない。
思わず昴は「さくらッ!」と叫び、駆け寄った。
立ち上がったノエルは右腕を押さえ、ふたりを見る。
「やはり…お前たち顔見知りか。
そして戦って分かったよ。
お前…変装しているが…シュウだな。生きていたのか…」
意識のないさくらを大事そうに抱える昴。
その姿を見たノエルは、すべてを悟ったようだった。
「もしかして…さくらの好きな男ってお前の事だったのか?
ということは…さくらも…NOCなんだな?」
昴は何も答えず、さくらを抱える腕に力が入る。
それを見たノエルはフッと笑った。
「前にさ、さくらに『好きな男の為に死ねるか』と聞いたんだ。
そしたら彼女なんて言ったと思う?」
「好きな男の為? 何の話だ?」
昴は顔を向けた。
「『その男の為に生きる』んだと。
俺に銃を突きつけられているのに、表情一つ変えず俺の利き腕に自分の銃を向けてきた。
『殺さず・死なず』の彼女のモットーを、俺は『甘い』と思っていたが、一生懸命な彼女を見ていると…それも良いなって思ったんだ…」
口にこそ出さなかったが、もっと早く彼女と出会っていれば何か違っていただろうか…。
そんなことを考えてしまった。
いまさら…もう遅い。
もう立ち止まれない。
ノエルは一つ深呼吸をした。
「さくらの為に、ジン達にはお前の事もさくらの事も黙っててやるよ。
だが、誰も俺を止められないぞ」
それを聞き、昴はノエルをキッと睨んだ。
「お前はまた、大天使の名のもとに…誰かを殺すのか?
エヴァン…いや、ミシェル」
昴の言葉を聞き、ノエルは背を向けた。
「ああ、そうだよ。シュウ。俺が《ミシェル》だ。
あいつらをジャッジするのは…俺だ」
「エヴァン! まだ分からないのか?! それは正義なんかじゃない!」
ノエルは昴の言葉に一瞬動きを止めた。
だが何も言わず、片手を上げると二人の前から姿を消した。