第3章 ~光と影と~
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同日夕刻———。(木曜日)
「それでは今回の殺人事件について、概要を説明します」
捜査会議が始まり、風見の声が会議室に響いた。
「今回の被害者は、村中裕生(ゆうせい)44歳。
独身。厚務省職員。
死亡推定時刻は昨夜1時から2時頃。拳銃で頭部を撃たれ即死。
遺体のそばにはミカエルのタロットカードが置かれていました。
第一発見者はこの家の家政婦で…」
りおは会議室の中ほどの席に座り、報告を聞いていた。捜査資料を手に取り、必要事項をメモしていく。
その様子を、少し離れたFBIの席に座るジョディが心配そうに見つめていた。
「次に現場の状況を説明します」
風見の声を合図に、部屋の照明が少し落とされる。
会議室の前にスクリーンが用意され、プロジェクターで現場の写真が映し出された。
荒らされた部屋の様子や、村中のデスク上の写真。血まみれの壁や床、そして人の形に縁どられた白線。
どれもショッキングな映像だった。写真1枚1枚に状況の説明が入る。
だがりおは顔を下げ、どの映像も見ることが出来なかった。
「これでタロットカードが置かれた殺人は3件となりました。しかし、3名の関係性が未だに見えてきていません。
今後全力を挙げて3名の関係性を突き止める必要があります。各方面への聞き込みを徹底的に行ってください」
「それでは今回はここまでです」
会議が終わると皆席を立ち、会議室を出て行く。
りおだけが微動だにせず、座り続けていた。
ジョディはゆっくりりおに近づき、声を掛けた。
「さくら? 大丈夫?」
ジョディの声にハッとして顔を上げた。
「あ、あれ? 会議…」
「もう終わったわよ。さくら、大丈夫なの? 顔色が真っ青よ。早く帰って休んだ方が良いわ」
明らかに体調が悪そうなりおを見て、ジョディは心配になる。
「大丈夫。この後まだ仕事があるから」
りおはゆっくり立ち上がると、ジョディに微笑んで会議室を後にした。
そんなりおの後ろ姿を、ジェームズは辛そうな表情を浮かべながら見送っていた。
「卒業者名簿の方はどこまで進みました?」
会議から戻ったりおは、同じく会議から戻ったばかりの風見に、名簿の進捗状況の確認をした。
「3分の2がもうじき終わるところだよ」
風見は疲れた顔で答えた。
「あと3分の1ですね! 頑張りましょう。風見さん!」
青い顔をしながらも、腕まくりをしてげきを飛ばす後輩を見て、風見も気持ちを奮い起こした。
**
「悪い…広瀬…コーヒー買ってきてくれないか?」
風見は睡魔と戦っていた。時計は深夜1時を回っている。
「あ~。風見さん。目が半分閉じてますよ。分かりました。ブラックで良いですか?」
「ああ。う~~んと濃いヤツ」
「はいはい。降谷さんは? 同じものを買ってきますか?」
「あ、ああ。同じものを頼む」
「了解です」
りおは席を立つと、自動販売機のあるフロアへと出て行った。
「風見…。どう思う?」
「ふぇ? 何がですか?」
眠い目を擦りながら、風見は上司の質問に答えようと必死だ。
「広瀬だよ。何も無いフリをしているが、どう見たって無理をしている。
今日の会議だってプロジェクターはほとんど見ていなかった。見れなかったんだろう。
その後は会議が終わった事にも気づいていなかった。そろそろ限界かな」
降谷はこの捜査からどうやってりおを外すか考えていた。
赤井達FBIも絡んでいるため、形式的に外しても無理をして首を突っ込んでくることは分かっていた。
「どうしたものか…」
降谷は口元に手を当てて考え込んだ。
「広瀬…遅くないか?」
風見に頼まれてコーヒーを買いに行ったりおが、戻ってこない。
自動販売機はここから数十メートルしか離れておらず、どんなにかかっても5、6分もあれば買って戻ってくるはずだ。
かれこれ20分になる。
どこまで買いに行ったんだ? と風見に訊ねようとしたが、肝心の風見はほとんど目が開いていない。
イスに座ったまま寝こけているようだ。
やれやれ…、とため息をついて降谷は席を立ち、様子を見ようと部屋を出た。
自販機まではいくらもかからず着いた。
だがそこにりおの姿は無い。
「濃いヤツ頼まれていたから、別のところまで買いに行ったのか?」
行き違いになってもいけないと思い、降谷はもうしばらくここで待つことにした。
その頃りおは、非常階段でノエルと電話をしていた。
自販機の前まで来てすぐスマホに着信があったため、慌てて非常階段に駆け込んだのだ。
『よう! さくら! 元気でいたか?』
「ノエル! あなた今何時だと思ってるの?」
『わり~わり~。君の声が聞きたくなってね。君は彼氏くんと一緒かい?』
「いいえ。教授の資料作りをしていたわ。で、何の用? 声聞きたかっただけじゃないでしょ?」
りおの言葉を聞いて、ノエルはククッと笑った。
『君は察しが良いから、こちらが面倒な説明をする必要がない。
ジンが君をかわいがるのも分かるよ』
本気で言っているのか、ジョークなのか。りおはそれには答えずに黙っていた。
『夕べ…一人殺ったよ』
その言葉に、りおはゾワリと鳥肌が立った。
「ッ! な、なぜそれを私に報告するの?」
『さあ…なんでだろうな。君に俺を知って欲しいって気持ちがあるのかもしれない。
君の嫌いな殺しをした。黙っていれば君に軽蔑されることもないんだが…。
偽りたくなかった…というのが正解か…』
ノエルの言葉を黙って聞いていたりおは、静かに言葉を選ぶ。
「あなたを軽蔑することは無いわ。数回しか会っていないけど、あなたは軽はずみに人の命を奪う人じゃないって分かってる。でも…悲しいわ…」
『ッ!?』
「あなたがどんな気持ちで人の命を奪ったのか。
それを考えると苦しいし、悲しい」
りおの頬を涙が一筋流れた。声が震えている。
電話越しにその様子はノエルにも伝わった。
『泣いているのか? さくら。俺の為に? 俺は今この瞬間も君が嫌…』
「はぁ…はぁ…っふッ…う…。ご、ごめん。今これ…以上は…は、話せ…ないッ」
りおは一方的に電話を切った。
りおは階段に座り込み、声を殺して泣いた。
呼吸が乱れる。意識して吐く方に集中した。
なぜノエルの為に泣いているのか、自分でも分からない。
ただ、ノエルが私利私欲の為に人を殺しているのではなく彼もまた、自分の信念を貫いた結果なのではと思えてならなかった。
「ふ~…ふ~…」
呼吸を整えようとするが、指先がピリピリとしびれてくる。
(ッ! まずい…目がかす…む…)
壁に背中を預け脱力する。意識が遠くなるような感覚を、自分ではどうすることも出来なかった。
静かな非常階段で、自分の呼吸の音だけが響いていた。
しばらくうずくまっていると、霞んで見えなかった景色が見えるようになる。
指先のしびれもいくぶん良い。
体のだるさは残るが動けないほどではない。
ゆっくり立ち上がり、フロアへと戻った。