第3章 ~光と影と~
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昴の車で工藤邸に戻ったりおは、リビングのソファーで休んでいた。
「無茶をするからですよ」
昴にもたしなめられて、りおは返す言葉もない。
ただ悔しくて涙が出た。警察官としての仕事をまっとうできない自分に腹が立つ。
頭からブランケットをかぶり、ソファーの上で膝を抱えているりおを、昴はそっと抱きしめた。
「今はちゃんと休む時ですよ。心は休息を求めているのですから。無茶をしてはいけません」
ブランケット越しにりおの肩をさすってやる。
やがて甘えるように、りおは昴の肩にもたれかかった。
徹夜明けの体は、昴の体温とブランケットで温められて、あっという間に眠り落ちた。
***
暗闇の中でノエルが笑顔で近づいてくる。
屈託のない笑顔だった。
りおの前まで来ると、ノエルは立ち止まる。
そのまま何も言わずりおの顔をジッと見た。
「ノエル?」
不思議に思ってりおはノエルの名を呼ぶ。
すると、その優しい笑顔がみるみるうちに殺人鬼の顔に変わっていく。
突然の変貌にりおは思わず後ずさりをした。
ジャリ…
ザッ!
りおが一歩後ろに下がると、ノエルは一歩近づく。
「の、ノエル…こ、来ないで…」
怯えるりおはそう訴えながら、さらに後ろに数歩下がる。
りおが下がった分だけ、ノエルが近付いた。
「…ッ?」
何歩か下がった時、ヒヤリと何かが足に触れた。
何だろうと思って足元を見る。
そこにあったのは———
血まみれの西村の頭部だった。
「きゃあああ!」
叫んで飛び起きた。
りおは慌てて辺りを見回す。
そこは自分の部屋のベッドの上だった。
呼吸は荒く、心臓はドッドッドッ! と異常なほど速く脈打つ。
汗びっしょりになったりおは、そのまま呆然としていた。
「おい! 大丈夫か?!」
叫び声を聞いた昴が慌てた様子で部屋のドアを開けた。
「昴さん…大丈夫…夢…見ただけ…」
言葉とは裏腹にガタガタと震えるりおを見て、昴はベッドの縁に座り、その肩を抱いた。
PTSDの症状はトラウマとなった体験の直後に出ることは少ない。
むしろ数日経ってから出る事がほとんどだ。
西村の事件からすでに数日経っており、その間にもノエルとの対峙や3人目の犠牲者…
りおの心に負荷がかかる出来事が次々と起きている。
(怖い夢を見るのは…PTSDの一種かもしれない…)
りおの心の綻びが徐々に大きくなってきている気がして、昴は抱きしめる手に力が入った。
リビングで温かいカフェオレを飲み、昴と少し話をすることで悪夢については少し落ち着いたようだった。
だが警察官でありながら、現場に入れないショックは未だに引きずっていた。
(本当はすべてから遠ざけたいところだが…りおが言うことを聞くとは思えないし…。
このままでは思い詰めて、さらに体調を悪くしそうだ…)
昴は一つ小さく息を吐くと、りおに優しく声をかけた。
「りお。あなたも現場に入れない。私も今、潜伏中だからとジェームズから『待機』と言われるばかりです。
どうです? 二人で今まで分かっている事を整理して、推理してみませんか?」
りおは視線を上げ、昴の顔を見る。
「今、事件はすべて『点』でしかない。
ですが、これまでの事件は必ず一本の『線』になるはずです。どことどこが繋がるのか、整理してみましょう」
「はい」
今自分たちが出来る事ならば、なんでもやりたい。
強い思いがその表情に現れていた。
二人は事件の概要を紙に書きだしていく。
「まず、現状で問題になっているのは、清里議員と西村院長に接点がない事です」
昴は清里から西村に向かって引かれた線に赤でバツをした。
「これは可能性として2つ考えられる。
一つは我々がその接点をみつけていないだけか。
もう一つは、そもそも西村殺しはミシェルの仕事ではないのか、ということです」
「ミシェルの仕事では無い?」
りおは驚く。
「まあ、その可能性は低いと思います。
残忍な殺し方ではありますが、タロットカードの事は報道されていませんし、模倣犯というのはあり得ません。
ミシェルの手口を知っている組織の者が、模倣したなら別ですが…」
「じゃあ、ジンがやったかもしれないって事?」
しかし頭を切断して、書棚に隠す意図が分からない。
西村を葬るだけなら首を切断するなどという面倒なことを、ジンがやるとは考えにくかった。
「そう考えると、むしろ西村殺しはミシェルがやったと仮定した方が、しっくりきます。
つまり、我々はまだ清里と西村の接点に気付いていないだけ。
そしてりおが言うように、頭部を切断するという面倒な事をするからには、そこに何かしらのメッセージがあると考えたほうが良さそうだ」
昴は口元に手を当て、考え込んだ。
「引き出し…? 頭部は書棚の引き出しに入っていたのですね?」
「え、ええ」
その時の事を思い出し、りおは胃のあたりがキュッと痛むのを感じた。
「その引き出しの中は空だったのですか?」
「え?…引き出しの中…どうだったろう…頭部しか…目がいかな……ぅんッ!」
急に吐き気に襲われ、りおはトイレへと駆け込んだ。
「はぁ…はぁ…」
早朝に降谷たちと軽く食べて以来、食事をしていなかったので、ほとんど吐けるものなど胃に残っていなかった。
苦しさで涙目になりながらも、ようやく吐き気が治まる。
口を漱いで洗面所から出ると、昴が心配顔で待っていた。
「今、するべき話題ではなかったですね…」
昴は申し訳なさそうな顔をした。
「ううん。そんなことない。多分そこに何か隠されている。
私たちが見落としている何かが。大事なところだよ。
捜査資料…ジョディからもらっているんでしょう? 確認してみましょう」
青い顔をしたまま、りおはリビングへと向かった。
昴は先日ジョディが持ってきてくれた捜査資料を広げる。
「りお、あなたは見ない方が…」
「え、ええ」
写真の添付されたページから、りおは目を背けた。
「引き出しの中には…書類が少し入っていますね…。何の書類かまでは写真では分かりませんが」
「証拠品書棚引き出し」と書かれた資料のページを探す。
「書棚引き出し…『被害者頭部』『厚務省資料』…? 厚務省の資料が入っていた?」
書かれていた内容に昴が驚く。
「厚務省の資料がなぜ頭部と一緒の引き出しに?」
パラパラと資料をめくり、その資料に何が書かれていたのか昴は調べた。
「『新薬の臨床試験結果報告書』『末期がん患者死亡率』などですね…。がん患者に新薬を使った試験があったのでしょうか?」
昴の問いかけにりおは首を横に振る。
「臨床試験や治験は、それなりに設備が整った施設で行われるのが一般的です。
西村病院にそこまでの設備はありません。
しかも臨床試験や治験を行うには、コーディネーターや倫理審査委員会、治験審査委員会など、多くの関係者と連携を取って行われます。当然厚務省からの承認も。
手続きなども複雑で、現在は連携の取れた大学の附属病院等で行う事が多いです。
いわゆる個人経営の西村病院で、そのような連携を組んで行われた治験など聞いたことが…」
そこまで言ってりおはハッとする。
昴もりおが何に思い当たったかすぐに察した。
「今日の被害者…厚務省職員の村中裕生(ゆうせい)…」
りおのつぶやきを聞いて、昴は確信を得た。
「西村と今回の村中には何かしら接点がありそうですね。
本来なら複雑な手続きを取らなければならない治験…。その情報をや手続きを村中が操作していたとしたら…。
そしてそれを黙認していた議員が居るとすれば、おのずと西村と村中、そして清里が繋がってくる…」
昴は今回の被害者たちが『何かしらの治験』で繋がるイメージを組み立てた。
「しかし西村病院は一体何をしようとしていたのでしょうか?厚務省の職員や現職の議員を巻き込んで…」
りおの顔は青ざめていた。
私利私欲の為に何をしていたのだろう。
そしてミシェルはそれに対して、審判を下したのだろうか。
「ミシェルの信念は『弱きものを救うこと』。これは5年半前から変わらない。スラム街で命を落とした子ども達のため。多くの貧しい人々のため。ヤツが動くときには必ず理由がある。
今回も…ヤツなりの理由があって動いているとみて間違いないでしょう。
残忍な手口も、それ相応の何かを《西村がしていた》という見せしめの意味もあるのかもしれない」
昴の言葉にりおは苦しい表情を見せる。
「首を切られても仕方ないと思われるほどの事を、西村がしていたって事?
病院と厚務省の役人が癒着して密かに実験をしてた?
じゃあ、その実験台になった人は?
その人たちはその後一体どうなったっていうのッ?!」
りおは声を荒げ、テーブルを叩いた。
「りお! 落ち着いて! まだそうと決まったわけではありません」
テーブルの上に置かれたりおの手は、ブルブルと震えていた。
「まだ、西村が何をしていたか分かりません。
ただ、複数の医師が関係していたことは、医大の卒業者名簿が盗まれていることからも明らかです。
西村病院に出入りのある医師を、早急に探す必要がありますね」
昴はそっとりおの手を握った。
その手は思っていたよりもずっと冷たかった。
「最初からちょっと飛ばしすぎましたね。
少し休憩しましょう。吐き気はまだありますか?
大丈夫なようでしたら、ミルクでも温めてきましょうか」
昴は手を離しキッチンへ向かおうと、りおに背を向けた。
「い、イヤ!どこにも行かないで!」
りおは突然昴の腰に抱きついた。
「?! どうしたのです? りお?」
昴はりおの手を掴んで自身の腰から外すと、正面から抱きしめた。
「もう少し…もう少しこのままでいさせて」
「しんどいですか? 新出先生に相談しますか?」
りおは首を横に振った。
「もう少しだけ…このままでいれば大丈夫です…」
無理をしている事は分かっていた。
この時、無理やりにでも新出先生のところへ連れて行っていれば…。
昴は後になって後悔することになる。