第3章 ~光と影と~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌日(水曜日)——
りおは警視庁へ行き、昨日の報告書をまとめた。
「なんか、お前がデスクにいる風景が不思議だよ」
風見が二人分のコーヒーを持って、りおのデスクに近づいた。
「あ、ありがとうございます。しかもミルク入り。さすが分かっていらっしゃる!」
自販機の前で降谷に『広瀬にはミルク入り』とアドバイスされたことは黙っていた。
「確かにそうですね。ここでデスクワークって潜入してから無かったですから。
私の存在自体が降谷さんにも秘密になっていましたしね」
コーヒーの紙コップを受け取って、りおは笑顔で答えた。
「そういえば東都医科大への捜査はどうするんです? 被害届は出て無いのですか?」
ノエルが侵入し、何かを盗み出したかと思ったが。
「今のところ出ていない。盗聴器が仕掛けられているかもというお前の進言もあるから、秘密裏に大学側と交渉しているようだが…」
二人でコーヒーを飲みながら考察していると、部屋のドアが突然バンッ!! と開いた。
「風見! 広瀬! ノエルが盗んだものが分かったぞ」
二人の表情が険しくなった。
**
「今回東都医科大でノエルが盗んだものは、大学の卒業者名簿だ。
しかも20年前から10年前までの10年間分。データで管理されていたものだ」
「卒業者名簿? 西村も東都医科大の出身ですが…彼は48歳だから…卒業したのは24年前。
その名簿には含まれていない」
風見は西村の捜査資料を確認した。
「じゃ、じゃあ、亡くなった西村の事を調べるためではなく、次のターゲットを調べるためにデータを?
だとすれば、卒業生の中に次のターゲットがいるということですか?
それにしたって10年分って結構なデータ量…」
ターゲット一人の為に10年分は多すぎだ。
捜査をかく乱する為かもしれないが、いくら何でも多すぎる。
「確かに広瀬の言うとおりだ。一人を調べるには人数が多すぎる。
これは…この中から複数のターゲットがいると見た方が良いのかもしれない」
「そうは言っても、毎年100人前後が卒業しています。10年って言ったら1000人規模ですよ? この中から『清里』と『西村』と接点のある者を探すとなると、かなりの時間がかかります」
風見の顔が青ざめた。
とはいえ、ターゲットを絞るにはこれしか方法が無い。
盗聴器が仕掛けられているかもしれない大学の資料室に、警察が入るわけにはいかないので、大学側に協力してもらって盗まれたデータと同じ年の卒業者名簿を取り寄せた。
(間に合うのか?)
風見もりおも不安を隠しきれなかった。
警視庁に缶詰めになった次の日の午前中(木曜日)——
「広瀬、一旦帰っていいぞ。ここでシャワーは浴びられるとはいっても、着替え持っていないだろう?
昨日から寝てないし、帰って少し休め」
降谷がりおを気遣って声を掛けた。
「でも、お二人も同じなわけですし…。私だけ帰れませんよ」
同じく昨日から寝ないで作業をしている二人を前にして、さすがにそれは出来ないだろう。
「一昨日お前はノエルと一人で対峙していた。その疲れだって抜けていないだろう?
俺たちがお前を女子扱いしているうちに行ってこい。そのうちそんな余裕もなくなるだろうから」
降谷の言葉に同調するように、風見も笑顔を向ける。
「じゃあ、お言葉に甘えて…。2時間で戻ります」
「いや、3時間だ。本当はもう少し休ませたいが…。
2時間は仮眠取ってこい。これは上司の命令だ」
「わ、分かりました…」
りおは降谷の優しさに甘えることにした。
警視庁を出て数十分後、りおは工藤邸の門扉を開けた。
ちょうど昴が花の水やりをしようと、出てきたところだった。
「ただいま。昴さん…」
「りお! 大丈夫ですか?」
りおの姿を見てすぐに駆け寄った。
「随分な顔色ですね。寝ていないのでしょう?」
「着替えを取りに来たのと、2時間ほど仮眠を取りに来ました」
「仮眠を取った後はまたすぐ警視庁ですか?」
「はい」
2時間後に起こしてほしいと昴に頼むと、なだれ込む様に客室に入る。
スーツを抜いて、ラフな服に着替えるとそのままベッドに倒れ込んだ。
数分後、水やりを終えた昴が客室に顔を出す。
(やれやれ…着替えはしたが、そのままバタンキューか…)
ベッドに倒れ込んだまま眠っているりおを見て、昴はため息をついた。
そっとりおの体をずらし、布団をかけると部屋のカーテンを半分引く。
あまり暗くせず適度に光を遮断した部屋。
昴は「おやすみ」とりおの頭を撫でて、部屋を出た。
***
りおが客室に入って1時間程した時だった。
りおのスマホが着信を知らせる。
「ん…誰? ……ッ! 降谷さん!?」
着信の相手を見て、りおは飛び起きた。
悪い予感がする。
慌てて着信をタップし、電話に出る。
それは第3の殺人事件を告げる電話だった。
りおはすぐさま身支度をすると、部屋を飛び出す。
「りお? どうしたんです? 慌てて…」
「す、昴さん! 3人目の犠牲者が…!」
「なに?!」
辛そうな表情のまま家を飛び出していったりおを、昴は見送る事しか出来なかった。
昼前の閑静な住宅街にたくさんのパトカーが止まり、辺りは騒然としていた。
現場に到着したりおは、規制線を抜け大きな屋敷へと入っていく。
風見の姿をみつけ、そちらへ足早に向かった。
捜査一課とは距離を置き、公安警察の面々が顔を揃えていた。
「おい、広瀬! お前降谷さんから現場に来るなと言われていただろう」
風見がりおの前に体を割り込ませた。
「私は刑事です。いつまでも甘えているわけには…」
「至近距離で頭を撃たれているから今回も出血が多い。
悪いことは言わん。帰って休め。
夕方には会議があると思うから。そこで詳しい内容を聞けばいいだろう」
風見もりおの気持ちは痛いほど分かるが、西村の事件で彼女は相当ショックを受けている。
これ以上負担を掛けたくない気持ちも強かった。
「じゃ、じゃあ、死体発見現場以外の所を…」
「それもダメだ」
現場検証することすら許されない。
「それじゃあ何のために私は…!」
そう言いかけた時、降谷が姿を現した。
「広瀬。落ち着け。お前自分の手を見てみろ」
「手?」
言われた通り自分の両手を見た。
すると気持ちとは裏腹に、その両手はブルブルと震えていた。
「分かっただろう? お前には無理だ。西村の事件を引きずっている。
お前が思っている以上に心はダメージを受けているんだ。
そんな状態で現場検証をすれば、この後どんな弊害が出るか…」
それでも諦めきれないりおは、降谷に懇願する。
「でも…でも! 私は警察官です!
せめて死体発見現場以外の所をやらせてください。お願いします」
りおの必死の様子を見て、降谷はりおの腕を掴み死体発見現場の隣の部屋へと連れて行く。
だが、隣の部屋からは死体発見現場が丸見え。
しかも壁に飛び散った脳漿が確認できる状態だった。
「…ひぅッ!」
りおは目を逸らす。顔からスーッと血の気が引いていくのが自分でも分かった。
すぐにりおの視界にそれらが入らないように、降谷はりおの前に立つ。
「分かっただろう? この家の構造上死体発見現場以外でも、お前が入れる部屋は無い…。
今日はもういい。帰って休め。
沖矢さんを呼んでやるから。ちょっと待ってろ」
りおはそのままズルズルと座り込み、ハッハッと短い呼吸を繰り返す。
「ああ…あ…」
降谷のスーツを掴み、苦しい呼吸に耐えているようだった。
降谷はそんなりおの姿を辛そうに見つめながら、昴に連絡を取った。