第3章 ~光と影と~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午後9時45分——
ラスティーは『海の見える公園』の駐車場にいた。
車は組織が用意した黒い普通車。
ラスティーの左腕には盗聴器が仕込まれた腕時計。
右腕にはノエルからプレゼントされたブレスレットがはめられていた。
昴に買ってもらったピアスも、その耳元で揺れている。
ラスティーはゆっくりと深呼吸をした。
「お待たせ~」
助手席のドアを開けると、にこやかにノエルが声を掛けてきた。
ノエルの声を聴いた瞬間、鳥肌が立つ。
ひゅっとのどが鳴った。
息を吐く方に集中する。
「い、いいえ、ちょっと前に来たところよ」
出来るだけいつも通り声を掛けた。
僅かに声が震えたが、ノエルは気付かないようだった。
「そうか。良かった。じゃあ、行こうか。このまま西へ車を走らせてくれ」
「西? 大通りを行けばいい?」
「ああ。それでいい」
「了解」
ラスティーはエンジンをかけ、ギアを入れるとアクセルを踏み込んだ。
「次の信号を右だ」
ノエルは次々と指示を出す。
その通りにラスティーは車を走らせた。
「ねえ、ノエル。どこに向かっているの?
私が知っている場所なら、いちいち指示出さなくて済むわよ」
「ん~~。君を信じちゃいるが…一応俺なりの儀式なんだ」
(やっぱり尾行されているか調べているのね)
ノエルが尾行を疑うことは想定内だ。
そのために都内の防犯カメラなどで、通りを監視している。
万が一尾行の車がまかれても、数分で追いつく手はずになっている。
「私が尾行に気付かないとでも? そんな素人じゃないわ」
「ああ、君のスキルは分かっているさ。俺の尾行すら気が付いたんだからな。
だが、君にお友達がいた場合…ね」
「お友達?」
気付いているのか? 一般論を言っているのか?
背筋がゾワリとした。だが表情には出さない。
「先日のデート…なんだか視線が多い気がしたから…ね」
(公安が張っているのに気づいてた?!)
だが、確証を得ているわけではなさそうだ。
「お友達ねぇ…そんなに友達がいる方じゃないんだけどね」
「そんな美人さんなのにか?」
「私、気が強いせいか友達少ないのよ。おまけにリケジョだから、マニアック話に普通の女子はついてこれないの」
「リケジョ?」
さすがにアメリカ人には分からない言葉だったか。
「理系女子の略。数学とか理科が好きな女の子って事よ」
「なるほどね~。リケジョのマニアック話か…。
それは誰もついてこられない。友達いないわな」
「なんか、あっさり肯定されるとむかつくんですけど…」
「ははは、わり~わり~。
お! そういえば、俺がプレゼントしたブレスレット付けてくれているんだ」
「ま、まあ、ね。とてもきれいだったから」
「ピアスは自分のチョイスかい? 初めて会った日も、先日のデートでも付けていたね」
「ええ。好きな色なの」
「それも良く似合っているよ」
「ありがとう」
他愛もない会話で場を和ませるのがやっとだった。
ターゲットが誰なのか…どうやって聞き出そう…。
しかもデートの時に公安がいたことを、何となく察している?
ラスティーはグッと胃がせりあがる感覚をこらえた。
30分ほど走らせた時だった。
尾行を悟られないように、降谷の乗った車が一旦ラスティー達の車から離れていた。
「そこを左に入ってくれ」
「え?!」
半ば急ブレーキを踏むようなタイミングで言われ、ラスティーはタイヤを鳴らしながらハンドルを切った。
「ちょ、ちょっと! もう少し早く行ってくれないと! 危ないでしょ!」
「悪い。暗いうえに君に見とれていてね」
頭を掻きながらノエルは謝罪する。
「尾行されているかと思ったけど、どうやら思い過ごしだったようだ。
そこに駐車スペースが有るから。そこに止まって待っていてくれ」
「え? 今日の仕事場所ってココなの?」
「ああ。すぐ戻るから。君はここにいてくれて構わない」
「え? ちょっと! ココ…東都医科大学?!」
暗くて走っている時には分からなかったが、車から降りてみると大学の大きな建物がいくつも並んでいるのが確認できた。
(なに? 東都医科大学だと? まずい、ここからだと間に合わない!)
降谷は焦っていた。
(しかもターゲットの名前が一度も出ていない。
広瀬がそれとなく聞いていたがノエルが会話に乗ってこなかったため、誰がターゲットか分からんぞ!)
「保護班! 2班とも東都医科大学へ急げ!」
降谷はインカムに向かって叫んだ。
「の、ノエル! すぐって…あなたココで何をするの? まさか…こ、殺しをするんじゃ…」
みるみるラスティーの顔から血の気が引く。
それをみてノエルは微笑んだ。
「ラスティーは殺しを嫌うとジンが言っていたが、どうやら本当のようだな。
大丈夫だよ。誰も殺さない。だから、おとなしく待っていてくれ」
そうラスティーに伝えると、サッと闇に消えて行った。
(ノエルは殺しをしに行くわけじゃない?!)
広瀬とノエルの会話を聞いた降谷は驚いていた。
「保護班!! 待てッ! 待機だ。
今姿を見られるのは広瀬にとって不利だ!」
降谷の指示を聞き、風見は保護班に「待機!」
と声を掛けた。
ノエルは大学の門を越えると慣れた手つきでセキュリティーを解除する。
「学生の出入りが多いところは、意外とセキュリティーが甘いって事に気付かないのかねぇ…」
ノエルは独り言を言いながら、建物の中へと入っていった。
20分ほどでノエルが戻ってきた。
運転席に座るラスティーはウインドウを開ける。
青い顔をしたラスティーにノエルは声を掛けた。
「お待たせ~。って、おい。お前大丈夫か?
酷い顔色してるぞ。殺しを嫌うとは聞いていたが…体調が悪くなるほどなのか?」
ノエルの質問には答えず、ラスティーは車から出ると逆にノエルに質問をし返す。
「ねえ、本当に誰も殺していないのね?」
「ああ、もちろんだ」
ノエルは即答した。
「あなた、一体何をしてきたの? 何をしにこの日本に来たのよ?」
行動の真意が見えず、戸惑うラスティーは疑問をそのままぶつけた。
「その質問に答えるのは、一緒にアメリカに行くことを承諾してくれたら…と言っただろう?」
「それは…ごめんなさい。出来ないわ」
ラスティーはノエルから目を逸らす。それを見てノエルはピンと来た。
「好きなやつがいるのか?」
「…ええ…」
「そうか…」
ノエルの声のトーンは暗く沈んだ。
次の瞬間——
ジャキン!
ノエルはラスティーの頭に銃口を突き付けた。
「じゃあ、その男の為に死ねるか?」
(広瀬?!)
盗聴器から聞こえた銃を構える音とノエルの声を聞いて、降谷は一気に緊張した。
ラスティーは表情を一切変えず、視線を上げるとノエルを見た。
腰に忍ばせていた銃をノエルに突きつける。
「その男の為に私は生きる」
「ラスティーは人を殺さない…いや、殺せないんじゃないのかい?」
ノエルはニヤリと笑った。
「私はあなたを殺さないし、私も死なない」
ノエルを見据える瞳には強い意志が垣間見えた。
ラスティーの銃口はノエルの右腕を狙っている。
このまま発砲すれば腕の腱を切断し、引き金は引けないだろう。
「ふふふふ。はっははは。ラスティー!
ますます気に入ったよ。君みたいな女は初めてだ。君を俺の物にするまでは諦めないよ。
俺は諦めが悪い方なんでね」
笑いながらノエルは銃をホルダーにしまった。
「脅かして悪かった。君がどれくらいその男を愛しているのか知りたかったんだが…。
なかなか一筋縄ではいかないことが分かったよ。こりゃ落とし甲斐があるってもんだ」
助手席側に回って車のドアを開け、ドカッと座る。
そのままシートを倒し、両手を頭の後ろに組んだ。
「じゃあ、これで話も今日の仕事もおしまい。この前連れて行ってもらった『東都タワー』まで頼むよ」
いつものノエルに戻り、何事もなかったような態度を取るのを見て、ラスティーは一つため息をこぼす。
「了解」と返事をして銃をしまい、運転席に乗り込んだ。
車はそのまま東都タワーまでたどり着く。
「今日はありがとう。また一緒の仕事をお願いすると思うけど。嫌がらずに頼むよ。じゃあな」
車から降りたノエルは闇の中に消えて行った。