第3章 ~光と影と~
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月曜の朝——
りおは出勤の準備をして玄関へと赴き、靴を履く。
「こんな時だから休めばいいのに」
「捜査が入ったり、組織から呼び出しがかかればお休みしなきゃいけないし…。
行ける時は行かないとね」
眠くなるからと薬も飲まず「いってきます」と言って工藤邸を出て行った。
「やはり心配だな…。ちょっと様子だけ見に行くか…」
時刻は昼前。
さくらが心配な昴はこっそり大学へと向かった。
遠巻きに理学部周辺の様子を伺う。
程なくして白衣を着て首からネットストラップを下げ、大きなファイルを抱きかかえるさくらの姿を見つけた。
昴は建物の陰に隠れ、さくらの姿を目で追う。
幸い教授や学生たちに話しかけられ、気が紛れているのか時折笑顔もある。
今日のところは大丈夫そうだと判断し、昴はさくらに見つかる前にその場を離れた。
その日の夕方——
さくらが帰宅しようと大学構内を歩いていると、ジンから電話がかかってきた。
「もしもし?」
『ラスティー。久しぶりだな』
「ええそうね。最近アジトで顔を見なかったわね」
『俺だってヒマなわけじゃねえからな』
「あなたが忙しいってことはこっちにも仕事が回ってくるってことかしら?」
忙しいと言いながら電話をしてくるのだから、当然そういう事だろう。
また何かが動き出す。
口調とは裏腹に、さくらの表情が強張った。
『相変わらず察しが良いな。お前の予想通り仕事だ。今夜アジトに来い。話がある』
「分かったわ」
『着いたら連絡しろ』
「了解」
さくらは電話を切ると小さくため息をつく。
「夜か…昴さんに連絡しておかないと…」
スマホを見つめ、また一つ息を吐く。
呼び出しのコールを聞きながら、オレンジ色に輝く夕焼けを見ていた。
***
公安のセーフハウスに寄り、夜8時を回った頃にラスティーはアジトの自室へ入った。
約束通りジンに到着を知らせる。
「ジン、お待たせ。今自分の部屋にいる」
『今からお前の部屋に行く』
「分かったわ」
電話を切って数分後、ノックの音とともに扉が開かれた。
「入るぞ」
「どうぞ」
ジンはツカツカと中へ入ると、部屋の中央にあるソファーに腰かけた。
「ノエルと出かけたそうだな」
「ええ。観光案内しろって言われてね。
東都タワーはずいぶん気に入ってくれたようよ」
タワーで大はしゃぎだったことを思い出し、ラスティーはクスリと笑う。
「気に入ったのはタワーだけじゃないようだな。
お前に仕事の補助を頼みたいんだとさ」
「補助?」
ノエルとの仕事と聞き、ラスティーの顔色が変わる。
「簡単に言えば送迎だ。明日の仕事の送り迎えだよ。簡単な仕事だろう?」
お前がやるような仕事じゃねえな、とジンは笑う。
「明日?」
ノエルの仕事が明日行われる?
にわかに緊張が走った。
ジンは懐から小さな紙きれを出すとテーブルに置く。
「ああ。待ち合わせはこの地図に書いてある。時間は夜10時。そのあとはノエルの指示に従えばいい。頼んだぞ」
「分かったわ」
ラスティーが返事をするとジンは立ち上がった。
「ところでジン。ノエルは明日…何をする気なの?」
「ッ!」
ラスティーの質問にジンの顔つきが変わる。
「下手な詮索はするな。余計なことをすれば、たとえお前であっても容赦しない」
ジンの大きな右手がラスティーの後頭部に触れ、引き寄せられた。距離が近い。
ジンと目が合う。
冷たい眼差しから目を逸らすことなく、真っすぐに見据えた。
曇りのない美しいアンバーの瞳を見て、ジンはフッと笑った。
「いい子でいるんだな」
後頭部から離れた手は、今度はラスティーの頭のてっぺんをポンと叩いて、部屋を出て行った。
ジンとの距離の近さに緊張したが、最後はまるで子ども扱いだったことに拍子抜けした。
アジトを出て再び公安のセーフハウスに寄る。
衣服や持ち物に異常がないか調べ、さくらは降谷にメールを打った。
『ジンと接触しました。明日ノエルが何か《仕事》を行う模様。現場への送迎を指示されました。
尚、現場は当日教えられるようです』
すぐに降谷から返信が届く。
『了解。今回も君に盗聴器を仕掛け、車内のやり取りを聞きながら現場を特定する。
危険な仕事だが心配するな。必ず君を守る』
危険な仕事だとは承知していた。
だが、そんな事よりも…。
「ノエルのターゲットは一体誰なの?」
西村の事件を思い出し、さくらはゾクリと身を震わせた。
**
セーフハウスを出て工藤邸へと帰り着く。
時間は間もなく10時になるところだった。
「遅かったですね。ジンと何を話していたのですか?」
りおがリビングに入ると昴が出迎え、声を掛けた。
「昴さん…」
りおは上着も脱がず、そのまま昴に抱きついた。
「どうしました? 何かしんどいことがありましたか?」
心配そうにりおの顔を覗き込んだ。
「お願い。今は何も聞かずにこのままでいて」
昴の胸元に顔をうずめ、強くしがみついた。
明日の仕事は自分に盗聴器を付け、ノエルとのやり取りからターゲットを割り出すこと。
先回りし、ターゲットの安全確保とノエルの身柄の確保。そこまでできればパーフェクトだ。
当然危険も伴う。盗聴器の存在がバレればそこでアウトだ。
だが《危険な仕事》という前に、《殺し》をしに行くノエルと顔を合わせられるのか?
ザワザワと心が乱れる。
今はまだ彼がミシェルだと特定したわけでは無い。
だが可能性は大きい。
西村をあんな姿にしたかもしれない男と、車という密室で二人きり…。
考えただけで息がつまりそうだった。
「りお、また何か隠していますね?」
りおの肩を抱く昴の手に力が入る。
明日の作戦を昴が知れば当然止めるだろう。
降谷もそれを分かっていたから、赤井への報告は極力避けるようにと言われた。
「何も…隠していないわ…」
「嘘を付くな。隠したって俺には分かる。
何か危険なことをやるつもりだろう?」
口調は赤井になっていた。
りおは口をつぐんだままだ。
「それは公安の指示か? それともお前の独断か? どっちだ?
答えるんだ!! りお!」
「…ごめんなさい。何も答えられない」
腕の力を抜き、そのまま昴から体を離す。
ゼロだった二人の間に距離が出来た。
「りお…ッ?!」
自分から離れたりおの顔を見て、昴はハッとした。
「お前…なんて顔色しているんだ…」
顔面は蒼白。唇まで色を無くしていた。
「ごめん。今日は疲れた。部屋に行くね」
そう言うと、りおは昴に背を向ける。
部屋へ行こうと一歩踏み出した瞬間、昴に後ろから抱きつかれた。