第3章 ~光と影と~
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待ち合わせの12時半より10分早く、さくらは和風レストラン《菜来(さいらい)》へとやってきた。
お昼時で混んではいたが、平日だったためか並んで待つほどではない。
店内を見回すと、「おーい!こっちだ」と手を上げる姿が見えた。
席に案内しようとした店員に会釈だけして、その人物の元へと急いだ。
「ずいぶん早く着いたのね。お店の場所分かったようで良かったわ」
さくらは笑顔を見せながら席に着く。
店の窓際に公安の刑事が営業マンを装って座っているのを確認した。
「メールに地図を添付しておいてもらったからな。助かったよ。
あと、君の名前教えてもらっても良いか?さすがにここで《ラスティー》と大声で呼べないだろう」
それもそうね、と笑いながら《星川さくら》と名乗った。
「ほー。さくらちゃんか。かわいい名前だな」
ノエルはニコニコしながらさくらを見る。
「観光案内だからと思って和食レストランにしちゃったけど…あなた和食は大丈夫?
ここは創作料理もやってくれるから、ダメだったら言って」
メニューを広げ注文を決める。
「ああ、和食大丈夫だよ。納豆以外ならね」
二人とも〈おすすめランチ〉を注文し、さくらはノエルの顔をマジマジと見つめた。
「ところであなた、何しに日本に来たの?」
飲み物の中の氷をストローでクルクルまわしながら、オブラートには包まず単刀直入に訊ねた。
「君は瞳と同じでストレートだね。
日本人ってもっと奥ゆかしいというか、遠回しに言うんじゃないの?」
ノエルはあきれ顔だ。
「それは時と場合によるでしょ。
日本に来たばかりのわりには、あなたの日本語が上手な理由も聞きたいし。
遠回しに聞いていたんじゃ、時間がもったいないわ」
おもしろい子だねぇ、と言って飲み物を一気に飲み干すとノエルは笑った。
「俺はこんなナリだけど、母親が日本人とアメリカ人のハーフなんだ。父親はフランス系アメリカ人。
だから、母親とは日本語で話すこともあったしね。
日本は自分のルーツでもあるわけだから。一度は来てみたかったんだよね」
今度はコップにつがれた水を飲み、日本の水美味しいねぇ! といちいち感動していた。
「ジンとはどこで知り合ったの?『組織に引き入れた』ってジンは言っていたけど…あなたは組織で何をするつもり?」
「おいおい、さくらちゃん。ここお店だぜ?
怖い顔で睨まないの。美人が台無しよ?」
おどけてみせるが、さくらの表情は変わらない。
まっすぐノエルを見据えた。
その様子にノエルは「やれやれ」という表情を見せる。
「ジンとは昔の馴染みさ。俺も裏の世界が長いんでね。
狙撃、諜報、武器調達なんでもやる。
まあ、俗にいう便利屋ってやつ?
ずっと組織にいるつもりはないよ。日本にいる間だけ、助っ人としていてやるよって話」
「ふーん」
さくらは半信半疑といった表情を向けた。
「信じてないの?! ちゃんとホントの事話したよ? いつもそんな顔してるとモテないぞ」
「大きなお世話よ!」
さくらがツーンと顔を背けると、ノエルは豪快に笑った。
(日本に居る間だけ助っ人? あのジンが?)
さくらは人を滅多に信じないジンの性格をよく知っている。
ノエルの話はすぐには信じられなかった。
(饒舌なノエルにうまくごまかされた…? どこまで本当でどこからウソなのかしら?)
なかなか手ごわい相手に、さくらはため息をついた。
ランチを食べた後は、徒歩で行ける距離にあるショッピングモールへ向かう。
「観光客が多いから、結構日本的な商品もあるわ。
アメリカにお土産を買っていく相手はいるのかしら?」
「残念ながら、お土産を買っていくような仲間も家族もいないよ。両親はすでに他界してるしね。
でも自分用に買っていこうかな。Made in Japanは品質が良いしね!」
ノエルはTシャツや靴、スマホのアクセサリーなどを喜んで見ていた。
「さくらちゃんは何か買わないの?」
会計を終えて手にたくさんの袋を抱えたノエルが、何も買っていないさくらに声をかけた。
「私、あんまり物欲が無くって。見て回るのは好きだけどね」
「それは…自分がいつ死ぬか分からないからか?」
ノエルは突然、今までの声とは違う低く押し殺した声でさくらに訊ねた。
「ッ…さあ…どうかしら」
ノエルの変わりように一瞬ドキリとする。
それをごまかすように、さくらは次のショップへと踵を返す。
「ちょっと待ってさくら。ここで待っててくれる?」
突然ノエルがいつも通りの明るい声で待ったをかけた。
さくらが「?」を浮かべていると、先ほどの店へ足早に戻っていった。
10分ほどしてノエルが戻ってくる。
「はいこれ。プレゼント」
「え?」
「ほら、包みを開けて見てみて!」
ノエルに早く早くと煽られて、慌てて包みを開ける。
そこに入っていたのは金の細いチェーンブレスレット。
4㎜ほどの小さなアンバーとシトリンが、合計8粒等間隔で付いていた。
「さっき見つけて、君の瞳の色と同じだな~って思ったんだよね」
さくらの手からブレスレットを取ると、それをさくらの右腕にはめた。
「ほら、よく似合う!
左手は時計をしているから右が良いよ。アンバーは柔らかいから傷つきやすいんだ」
「あ、ありがとう…」
コロコロとよく笑うノエルを見て、さくらの心が少しざわついた。
彼が例えミシェルでは無かったとしても…、長いこと裏社会(殺し)の仕事をしてきたとは信じられなかった。
「今のところ普通の観光案内…というかデートですね…」
風見はインカムで降谷に声をかけた。
りおのバッグに仕掛けられた盗聴器から、二人の会話は全部聞こえている。
降谷と風見はそれぞれ、りお達から離れた場所で様子を伺っていた。
ノリのいいアメリカ人とのデート…という雰囲気を、降谷はどう感じているのか風見は気になった。
(降谷さんは広瀬の事、今どう思っているんだ?)
長野の別荘への潜入時、上司と広瀬の間に何かあったことは知っていた。
だがその後どうなったのかは知らない。
その後も組織の《バーボン》《ラスティー》として行動を共にしているようだが…。
常人離れしたこの二人の事は、まったくもって分からないことだらけだった。
「気を抜くなよ、風見。相手を油断させるなんて奴らにとっては常套手段だ。
広瀬も情に流されていなければいいが…」
上司の冷静な言葉に風見はホッとしたが、ノエルがブレスレットを広瀬の手首につけている時には、
「チッ!」という舌打ちが聞こえた。
(ああ、まだ広瀬の事を…)
上司の人間らしい一面を感じ、ほんの少し安堵した。
しばらくショップを歩いたあと、「お寺とかには興味ないの?」さくらはノエルに訊ねた。
「Otera?」
「あ~、えっとBuddhist temple(仏教の寺院)って言えばわかる?」
「ああ、なるほど。日本の宗教の建物が見られるところだね。
俺は神様を信じないから興味ないかな」
「神様を信じないって…クリスチャンでもないの?」
日本は信仰心が薄いお国柄だとは思うが、アメリカはそうではないと思っていた。
「アメリカは民族も人口も多いから、色々だよ。
俺の両親はクリスチャンで信心深かったから、幼いころは教会にもよく連れていかれた。
でも俺は神を捨てたんだ。とっくの昔にね」
(彼に神を捨てさせたものは何だったんだろう…)
さくらはほんの少しノエルに興味がわいた。
「じゃあ、あそこに見える東都タワーに登ってみない? それとも高所恐怖症?」
「タワー!? いいねえ! 高い所大好きだよ!」
今にも踊り出しそうな勢いで返事をした。
よほど嬉しいのか鼻歌まで歌っている。
「ノエル良いこと教えてあげるわ。
日本のことわざにね、『ナントカと煙は高いところが好き』というのがあるの」
「え? ナントカって何? ねえ、さくら! 教えてよ!」
「さあ? なんだったかな~?」
くだらないおしゃべりをしながら二人は駅を目指した。
***
その頃昴は、独自でミシェルの事を調べていた。
1年半前に狙撃を受け、重傷を負ったものの追手の目をかいくぐって逃げた。
ヤツがどこで治療を受け潜んでいたのか。資料を借り考える。
だが重傷を負った犯人が、痕跡を残さず逃げ通せた事に疑問を抱かずにいられない。
当時もこの問題を突破できずにいた。
(誰かが手助けをしたとしか考えられない。しかし一体誰が?
スラムの者かとも思ったが、高額な医療費がかかるアメリカでそれは考えにくい。
しかもスラム街に近い病院はすべて捜査が入ったが、該当する人物はいなかった)
捜査資料をテーブルに投げ体を伸ばす。
当時も散々調べつくした資料。そして今いるのは日本。
調べられることなど限られていた。
目を閉じるとミシェルをかばい、飛び出した少年の顔が浮かぶ。
数百メール離れた、顔も見えないはずの自分に少年は微笑みかけた。
その直後、隠し持っていた拳銃で自分の頭を撃ち抜いたのだ。
その様子をスコープ越しに赤井は全て見ていた。
そもそも狙撃チームの赤井は、かなり離れた所にいた。
赤井の腕を持ってしても着弾までにコンマ数秒の遅れがある。
例え自殺の気配に気付き、それを阻止するために発砲しても自殺を止めることは出来なかっただろう。
それでも……。
昴は大きく息を吐いた。
彼が飛び出すことに気付けていれば結果は大きく違っていただろう。なぜ気付けなかった?
どんなに偽物が周りを走り回ろうとも、銃口はミシェル本人を捉えていた。冷静だったはずだ。
最後の最後で、指の間を流れる砂のように何かが零れ落ちた。
あの時と同じように…。
「あの時?」
声に出してハッとした。
もう大丈夫。お前を死なせない。
そう思った瞬間彼は死んだ。
「…スコッチ…」
一瞬の気の緩みがスコッチを死なせた原因だった。
だから?…だから!
照準にミシェルを捉えた時…脳裏にそのことが浮かんだ。
落ち着け
焦るな
集中しろ
これで全てを終わらせるんだ…
そう自分に言い聞かせた。
そしてミシェルに全神経を注いでいた。
その結果として……飛び出した少年に気付けなかった。
「ははは…」
乾いた笑いが口をついた。
「俺にとっても忘れられない男だよ。スコッチ」