第2.5章 二人の遠出~温泉旅行編~
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1時間後——
滝近くの崖ではブルーシートが張られ、山道の入り口には赤色灯が回るパトカーが何台も停まっていた。
旅館の部屋では布団が一組敷かれ、さくらが寝かされている。
たまたま宿泊客の中に医者が居たため、昴によって旅館まで連れてこられたさくらは、すぐさま診察をしてもらった。
「傷口に異常はありません。今見た限りでは内臓などにも影響は無いでしょう。
ただケガをした際の筋肉や腱の治癒がまだ完全ではないので、蹴られた痛みは強いと思います。打撲痕もありますし温泉に入ってゆっくりされると良いでしょう」
診察道具を片付けながら、医者は笑顔で言うと立ち上がる。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
昴は笑顔で礼を言った。
「礼には及びません。学会の帰りは必ずこの宿に泊まるのですが、出会えたのもご縁ですね。
ああ! 縁と言えば…女将さんからお二人は新婚さんだと聞きましたよ。このようなことになってしまって大変でしたね。
この後お二人でゆっくりなさってください」
その医者はニコニコしながら部屋を出て行った。
「そういえば…そんな設定…だったな…」
昴は思い出し、フッと笑った。
***
昴の事情聴取も終えた頃、りおは体を起こせるくらいまで回復していた。
「あ、昴さん。お疲れさまでした。事情聴取どうでした?」
部屋に戻ってきた昴は上着を脱ぐと、りおの布団の横に座った。
「ええ。マフィアか何かの仲たがいに巻き込まれた…ということで処理されそうです。
銃を使ってしまったので安室さんにも連絡を入れておきましたから、少々面倒が起きても公安の方で処理してくれるでしょう」
「よかった。オドゥムの事は公にはならないのね」
昴と一緒にいることを組織に知られたくないため、事が大きくなることは避けたかった。
「それより…ケガの具合はどうですか?」
「ああ、もうだいぶ良いわ。蹴られる瞬間体を引いて、出来る限り回避したから」
昴に向かって笑顔を向けるりおの首元には、痛々しいアザが残っていた。
「首は…どうです? 痛みますか?」
「ううん。平気。見た目がひどいけど…」
昴はそっとりおの首元に手を伸ばす。
「あなたの体の力が抜けた時、自分の体の血液が…沸騰したかと思いました」
男の腕を掴むりおの手が、だらりと下に向いた瞬間、自分の中の《何か》にスイッチが入った気がした。
《怒り》《憎しみ》というものに自分が支配される感覚を思い出しゾクリとする。
(もしあのまま、りおが動かなかったら…)
自分は男をどうしていただろう。
怒りや憎しみからは何も生まれない。
そう知っているはずなのに…。
(りおを失ったら…俺は俺じゃなくなる気がする)
それくらい大切な存在なのだと、改めて思い知らされた。
「ごめんね。びっくりし…」
りおの謝罪が言い終わる前に、昴はりおを抱きしめた。
「昴さん?」
「…良かった…」
それ以上の言葉は出てこなかった。
抱きしめる昴の腕に力が入る。
昴の目から一粒だけ、堪えていた涙がこぼれた。
「あなたを残して…死ねないよ」
りおもまた昴の体にぎゅっと抱きついた。
その日は部屋のお風呂で存分に体を温め、体を休めたふたりは、夕方…東京へと帰る高速に乗っていた。
「ふう。なんか色々あったけど…温泉も入れたし、キレイな景色も見られたし、美味しい食事も食べられたし。楽しかったね」
「ええ。強盗犯に出くわしたり、山小屋に軟禁状態になったり、オドゥムの残党に襲われたり。私達らしい旅行でしたよ」
「昴さん…楽しかった事語ろうよ…」
アクシデントばかりを語る昴に、りおはジト目になる。
「まあ、私としては…りおとたくさん触れ合えましたから…満足です」
「ぶっ! ゴホッゴホッ!」
飲んでいたお茶を盛大に吹いた。
「りお。何やってるんですか?」
「す、昴さんこそッ! サラッとすごい事言わないでよ!」
「ほ~。何がです? 触れ合えた…ってところですか? 手を繋ぐのだって触れうことでしょう?」
「……最近、意地悪だよね。昴さん」
「好きな子には意地悪しちゃうっていうやつですかね」
してやったり顔を見せる昴に、りおは悔しさを隠し切れない。
それならばと、そっと昴の耳元に唇を寄せる。
「秀一は…どの触れ合いが一番良かった?」
「ぅわぁッ!!」
突然耳元で呼び捨てにされた上に、アレコレ思い出してしまうような質問に、昴はハンドル操作を誤りそうになる。
「ちょっと! 昴さん危ないってば」
「と、突然りおがヘンな事言うからだろう!」
耳まで真っ赤になった昴が赤井の口調で反論した。
「へ~ぇ。ヘンな事ってなあに? 手を繋いだり、腕を組んだり。
そのどれが良かったのって聞いただけだけど?」
「…やったな…りお…覚えておけよ…」
「は、ははは…」
これ以上は(今夜の)身の危険を感じたので、やめておいた。
旅行から帰った二日後の日曜日——
りおは大きな荷物を持ち、工藤邸の玄関で靴を履いた。
「じゃあ、昴さん。そろそろアパートに戻るね」
「ええ。また寂しくなりますね…」
「そう言わないで。週末にはまた来るから」
オドゥムの残党も先日の旅行で刺客2名が死に、ラスティー拉致を企ててから合わせて3名の刺客が命を落とした。
マスターレポートが存在しない以上、ラスティーの拘束は無意味。またウジンの敵討ちをするにしても、ウジン本人とその部下、そして刺客の合わせて10名がすでにラスティーがらみで死んでいる。その損害は小さくはないだろう。
新幹線でまいた帽子の男を時間切れで粛清に来ていたことも考慮すると、これ以上襲ってくることは無いと判断した。
「エンジェルダストの痛手で、組織の仕事はしばらく大きなものは入らなそうだし…この後は公安の仕事をメインにするかもしれない。
もちろん期間限定だけど…」
「公安の?」
「うん。最近テロ関係の情報や通報が多いらしくて。まあ、大体はイタズラだったりするんだけど。
サミットがあったり、大きなスポーツの祭典があったり。公安がらみの仕事が多いの。
風見さんが…大変みたいでね」
風見が青い顔をしてPCに向かっている姿が容易に想像できて、昴は思わず笑ってしまった。
「それは可哀想だ。安室さんも厳しそうですしね」
「それそれ!」
りおも想像して笑う。
「まあ、あまり無理をしないで下さいね。ケガの方も心の方も、まだ万全ではないってことを忘れないように」
「は~い。それじゃあ昴さん、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。りお」
こうして…
アクシデントばかりの楽しい(?)旅行が終わり、二人は日常へと戻っていった。
==第2.5章完==