第2.5章 二人の遠出~温泉旅行編~
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二人はまず東屋へと向かうことにした。
「東屋で一休みして、それから管理小屋ですね。
小山まではさらに数㎞あります。今14時を回りましたから、少し急がないと。暗くなる前に小屋に着いて、小屋の中や外もザッと調べないといけませんから」
先ほどよりはハイペースで歩く必要がある。
りおは自分の左腹を押さえた。
鈍い痛みがじんわり残っている。
「りお、傷は大丈夫ですか?」
「うん。少し痛いけど歩けないほどじゃないわ。ダメな時はちゃんとダメって言うから」
「無理しないでくださいね」
「うん」
二人は東屋を目指して歩き始めた。
ある程度整備された遊歩道を、先ほどより速いペースで歩く。緩い上り坂が続くため二人の息も切れ始めた。
特にりおの体力の消耗が激しい。すでに肩で息をしていた。
はぁ…はぁ…はぁ…
会話も無く二人は黙々と歩く。左腹の痛みはジワジワと増してきていた。
足が思うように上がらない。
時折「ずず…」とつま先が地面に擦れる音がする。
「りお、辛いんじゃないですか?」
昴が声を掛ける。
「少し…。でも…歩けないほどじゃ…ないわ」
「左足…引きずっていますよ。痛みで上がらないのでしょう? おんぶしましょうか?」
「この先…ずっと上り坂だよ。私をおぶって歩くのは…キツ過ぎだよ。大丈夫、まだ歩けるから」
「ですが…」
言い出したら聞かないんだから…、と昴はため息をつく。
そんなやり取りをしていると、二人の目の前を何かが飛び出した。
「?!」
良く見ると…——
「りお、リスがいる」
「え? リス? ホントだ。カワイイ!」
黒くてクリクリした目でこちらを見ると、後ろ足で立ち上がり、きょろきょろと周りを見回した。
再び二人を視界に取らえるとピタリと動きを止め、じ~っと見つめてくる。
昴とりおは思わず顔を見合わせた。
やがてリスはそのまま視線を移すと、山の奥へと走り去っていった。
「なんか…一瞬だったけど…癒された」
「ジッと見つめられましたね。先日のフグといい、私達の顔って何か面白いのですかね」
「『その目は開いてるの? 閉じてるの?』って思ってるのかもよ。昴さん」
「失敬な。見えていますから開いています」
昴の言いようにりおは大笑いした。
「フッ…笑う元気があるのなら良かった。
少しハイペースだったのも傷に響きましたね。ここで休憩しますか?」
「ううん。東屋までもう少しだし、他にお客さんがいないかどうか確認して県警本部に知らせないと」
そういうとりおは再び歩き出した。
それから15分程で東屋に到着した。
他に客はおらず、どうやら対岸へ戻れなくなったのは二人だけのようだった。
「救助者が私達だけだったのは不幸中の幸いね」
「そうですね。オフシーズンの平日に来ている変わり者が、私達だけだったって事です。まあ、それを狙って強盗達もここで落ち合ったのでしょうけど」
県警にその事を伝えた時、温泉から離れた市街地で銀行強盗があり、3人の犯人が逃走中だったことを知らされた。
金を持って逃げた男は駐車場で無事逮捕されたようだった。
「犯人のうち二人は残念ながら死亡してしまいましたが、お金も戻り逃走を企てた犯人も捕まって良かったですね」
「ええ。後は私たちの救助と、遺体の回収だけですね」
りおは笑顔を見せた。
東屋の展望台にのぼり、辺りを見下ろす。そこには美しい景色が広がっていた。
まだ緑の山裾と市街地、そして少し離れた所に青い海が見える。
紅葉の時期であれば、絵にかいたような景色が広がる絶景だった。
「紅葉には早いけど…でもキレイ…」
「ええ。アクシデントがありましたが、来た甲斐はありましたね。こんなキレイな景色を、あなたと一緒に見れて嬉しいですよ」
昴は景色の方を見たまま、穏やかな表情を見せる。嘘偽りない感情を伝えた。
そんなストレートな表現に、りおは少々驚いた。
喜怒哀楽をあまり顔に出さなかった《ライ》を思い出す。
そのギャップに思わず笑みが零れた。
「ふふふっ」
「?」
「どうしたんですか? 急に笑い出して」
「ううん。ライの事を思い出していたの。
沈着冷静で感情をあまり表に出さない人だった。
そのライと同一人物とは思えなくて…」
クスクスと笑うりおを見て、昴もフッと口元を緩める。
「ライの時は常に気を張っていましたからね。周りは敵だらけなわけですから」
「確かにそうね。じゃあ、私のところも初めは敵だと思ってた?」
何度か任務で会っていたけれど。りおはそう思いながら訊ねた。
「まあ、あなたがNOCだとは知らなかったですからね。
ただ、ボートの上で見たあなたの顔が…ずっと忘れられなかった」
「ボートの上?」
りおは思わず聞き返す。
仲間の死を見つめたあの瞬間。
ライは何を思っていたのだろう。
「『仲間と運命を共にする』と言って聞かなかったあなたを無理やり連れてきた。
そして爆発を見ながら泣いているあなたの姿は、見ていて辛かったですよ。だから…日本に帰ってきてからも、あなたの事は気になった。
また泣いているんじゃないか…ってね」
その時は、その気持ちが後々恋愛感情にまで発展するとは思ってもみなかった。
だが今になって振り返ってみれば、初めて会った時から少しずつ惹かれていたのだろう。
自分でも気づかぬうちに。
スーパーで再会した時、それは決定的になったのかもしれない。
「あなたはいつから、私の事を気にしてくれていたのですか?」
自分の中の変化を知って、今度はりおのことが知りたくなる。思わず問いかけた。
「え? う~ん…気になる存在としてなら…たぶん、『絶対に死なない』と約束をしてくれた頃からじゃないかな。
危険な潜入捜査をしていて、本当は『絶対』なんて約束できないと思ったでしょう?
でもあなたは約束してくれた。私の為についた優しい嘘。
嘘だと分かっていても、嬉しかった。
その嘘にすがって生きてきた。あなたの動画を見るまでは」
「ッ!」
約束を破ってしまった時、りおが死を選ぼうとしたことを思い出す。思わず目をそらして下を向いた。
「博士の家にお世話になって、そこから出て行こうとした時に、死んだと思っていたあなたと再会した。
その時にはっきりと『好き』だと意識した」
穏やかな笑顔を昴に向ける。
「『好き』が『愛してる』に変わるまで、そんなに時間はかからなかったわ」
りおはふわりと昴の肩に頭を寄せる。
昴もりおの肩をそっと抱いた。
お互いにゆっくりと相手に惹かれていた。
6月のあの日——
偶然の出会いが、その気持ちを決定的にした。
あの時出会わなかったら…今こうして抱き合うことも無かっただろう。
「運命…だったのかな」
昴が思わずつぶやいた。
「うん。そうかもしれないね」
りおが小さく頷いた。
ざわざわと木々を揺らす風が強くなってくる。
「さっきまであんなに晴れていたのに。ずいぶん雲が多くなってきましたね。風も少し湿り気がある。夕方から夜には雨が降りそうです。小屋までまだありますから、ちょっと急ぎましょう」
「うん」
二人は名残惜しそうに体を離すと、小屋を目指して出発した。