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『世界がいくつあったとしても』

第25話:「呆れた……」

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「——ということは、隼人は今日中に北海道に帰られへんってこと?」

「まぁ、そう言うことになります……」

 驚きとも、呆れとも取れる何とも複雑な感情が宿った七瀬の態度に、隼人はいたたまれず彼女から禁止されていた敬語が思わず口を吐いて出てしまった。
そんな隼人の態度に、七瀬は口にこそ出さなかったが呆れたという様子を見せた。

 こうなったのには理由わけがあった。
それは隼人の様子から、何か隠し事をしていると感じ取った七瀬が、彼を追及し事の顛末を聞いたことにある。
話によると、まず今夜北海道へ帰るため隼人が搭乗を予定していた飛行機が、現地の悪天候が理由で欠航となってしまっていた。
その事実を隼人が知ったのは食事ディナーの最中に掛かってきた圭子からの電話であったという。
奇しくもそれは七瀬が緊急の用件ではないかと無理に隼人に出させた電話のこと。
そんな大事であるにも関わらず、自分に伝えなかったことに七瀬は呆れていたのだ。

「呆れた……そない大変な状況なのに何で言わへんかったん?」

 先程は飲み込んだ言葉も今度は言葉になって七瀬の口を吐いて出ていた。
仮にも付き合う前の出来事だとはいえ、その後“恋人かのじょ”になったのだから、自分に教えてくれなかったことが気になって仕方ないのだ。

北海道こっちだと今の時期なくはないことだったからあまり真剣に考えてなくて……」

 告げればこうなる事を予想していた隼人は七瀬へ最もらしい言い訳をした。
“最もらしい”というのは、その言い訳が事前に知っている情報から出た言葉ではないということだ。
“夢”で見た内容ストーリーはどれも七瀬と既に交際した後のもので、このような会話の時に何を話したのかなど知りようがないのだ。
だから隼人は無用な心配を掛けたくない一心で、当たり障りのないだろう言葉を選んで口にしていた。

「はぁ……それで、泊まるところは決まってるん?」

 その甲斐もあってか七瀬からのお小言は溜息1つでお終いとなり、話題は彼女が気になるもう一つの話題へと移る。

「七瀬と別れたら探そうと思って……見つからなければネカフェでも——」

「あかんやろ」

「あ、あくまでも最悪な場合ってことだよ?」

「隼人は大学受験しけんが近いんやから、万一体調崩したらどうするつもりなん?」

「きっとだいじょ——」

「あかん」

「でも——」

「絶対あかん!」

 七瀬は隼人の返事が誤魔化しているように聞こえ声を少し荒げる。
その声は立ち並んだロッカーに反響するも、幸い入り組んだ場所にあった事と周囲の喧騒に掻き消され、七瀬の声が他の者に聞こえることはなかった。

 隼人は七瀬のジッと見据えるような視線に強い意志が感じられ、言い訳を続けることは疎か口を噤むしかなかった。
そんな隼人の様子に、七瀬は何か見透かしたようにジト目で見ると畳み掛けるように言葉を続ける。

「……どうせななに迷惑かけたくないとかって思うてたんやろ?」

「それは……」

 このままの流れでいけば七瀬が宿を探すのを手伝ってくれるだろうと隼人は践んでいた。
しかし七瀬は明日も仕事があるはずで、その後の年末にはレコード大賞や紅白等も控えている身。
自分の宿探しなどに付き合わす訳にはいかない、そんな風に思っていた隼人はそれをズバリ言い当てられ、これ以上の言い訳も思い浮かばず言葉を濁した。

 一方、七瀬は自分の言葉によって言い淀む隼人の様子を見て、図星であったことに苦笑する。
知り合って日が浅く性格を知っているとは言えないのに、変な夢や幻視ビジョンを見る度に彼を以前から知っているような気分にさせられ振り回されていた。
だが不思議と否定する気になれず、寧ろ今はこの状況を七瀬は受け入れつつあった。
それはどの“新城 隼人かれ”からも“西野 七瀬じぶん”が愛され、大事にされていることを実感していたからだった。
そして目の前で困ったように黙る隼人を見て、七瀬は改めて同じ事を想いクスリと微笑みながら小さく呟く。

「……ほんま隼人らしいわ」

「?」

 七瀬の呟きが届くことはなく、微笑む彼女を前に隼人は首を傾げながらあどけない表情で“?マーク”を頭に浮かべていた。

『そうや!』

 そんな隼人の表情は、七瀬の内にある悪戯心を煽り、彼女にある提案をすることを思い付かせる。
すると七瀬は隼人の胸元に触れるか触れないかの距離に近寄ると微笑みながら口を開いた。

「なぁ、隼人…… 泊まるとこ探さなあかんよな……」

 2人の間には身長差があり見上げるように微笑む七瀬は現役であり、何ならば乃木坂46のセンターを担うアイドルなのだ。
しかもその瞳には怪しげな光を帯び、先程までとは違う雰囲気を纏う七瀬の様子に、隼人は思わずドキリとさせられる。
強い刺激にドギマギし詰まらせながらも、どうにか返事を絞り出そうとする隼人。

「う、うん。 そのことなんだけど——」

 しかしそんな隼人を余所に、くるりと身を翻し彼からパッと離れる七瀬。
まるでそれはライブで踊っているような身のこなしで、隼人は七瀬のそんな姿に目を奪われる。

「なながとっておきの解決方法教えたる」

 人差し指をたてそう告げた七瀬の表情はいつの間にか普段のものに戻っていた。
雰囲気が戻った七瀬の様子に安堵する隼人。

 だが隼人は気付いていなかった。
この時、七瀬の瞳の内に宿る光が、先程と同じ輝きを帯びたままだということを。

 そしてこの後、事態は予想外の方向へと動き出す——。


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