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十九歳という季節は、あまりに短く、そして残酷なまでに鮮やかだ。
藍の十九歳の誕生日は、奇しくも『蒼月』の集団解散の日と重なっていた。彼は自らその日を選んだ。かつての少年たちが「大人」という社会の歯車へ組み込まれていくための、最後の儀式として。
解散集会の夜、埠頭には数百台のバイクが集結した。その中心に立つ藍は、いつものように完璧なデコレーションを施した「総長」として君臨していた。漆黒の特攻服、乱れのない髪、そして感情を排したクールな眼差し。
「俺たちは今日、死ぬ。暴走族としての『蒼月』はここで終わりだ。明日からは、それぞれの地獄で、あるいは楽園で、立派にやっていけ」
藍の言葉に、嗚咽を漏らす少年もいた。彼らは藍という絶対的な「正解」を崇めることで、自分たちの弱さを隠してきたのだ。藍はそんな彼らを見下ろしながら、心の中で冷ややかに笑っていた。
(泣くなよ。お前たちが望んだのは、自分を律してくれる『理想の指導者』だろ。俺はその役割を、最後まで演じきってやるよ)
軽いジョークを交え、一人ひとりと握手を交わす。
「お前、前髪の気合い、今日は最高にイケてるじゃん」
「仕事、バックれんなよ。お前ならセンスあるから、きっと上手くいく」
相手が最後に求めている言葉を、精密機械のように正確に選び出し、愛嬌たっぷりに振りまく。それが藍という男がたどり着いた、大人としての極致だった。
集会が終わり、一台、また一台とバイクが去っていく。最後に残ったのは、藍と、あの日の友人・タクヤだった。タクヤは遠巻きに、藍が演じ続けている「完璧な閉幕」をじっと眺めていた。
「……終わったな、アイル。いや、青龍総長」
タクヤが歩み寄る。藍は重い特攻服を脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になった。冷たい潮風が、汗ばんだ肌に突き刺さる。
「ああ。終わったよ。誰も傷つけず、誰も殺さず、理想のままに畳んでやった」
「それで、あんたの心はどこにあるんだ?」
タクヤの問いは、やはり鋭かった。
藍は答えず、自分のバイクのタンクにそっと手を触れた。
「心? そんなもの、とうの昔に焼き払ったよ。個性も情も、全部だ。欲やエゴがある奴は、リーダーになんてなれない。みんなが望む理想像になるために、俺は俺自身を土に埋めたんだ」
藍の言葉は、まるで自分を処刑する宣告のようだった。
過度に信じず、愛さず、期待せず。角を立てず、気取らず、目立たず。
そうやって作り上げた「青龍藍」というビターチョコは、今、ようやくその装飾を剥がされようとしていた。
「なあ、タクヤ。一つ伺いたいんだが……。あんた、あの時の俺のこと、本気で生真面目だと思ってたか?」
藍がふと、子供のような顔で問いかけた。歌詞の断片が意識をよぎる。自分がかつて、何のデコレーションも持たず、ただ不器用に正論を吐いていた頃の記憶。
タクヤは少し黙った後、吐き捨てるように笑った。
「ああ、思ってたよ。バカみたいに真っ直ぐで、危なっかしくて。……でも、今のあんたより、ずっとマシな顔してたぜ」
「……そうか。やっぱ、いいや。今の言葉、忘れてくれ」
藍はバイクに跨り、エンジンをかけた。
明日からは、彼もまた一人の「市民」になる。誰の期待も背負わず、誰の理想も演じなくていい世界。しかし、一度死んだ心は、そう簡単に元には戻らない。
明日も、その先も、疑獄のような社会生活は続いていく。今度は「総長」としてではなく、「善良な若者」という新しいデコレーションを身に纏って。
「……最後の一回だけ、やっていこうぜ」
藍は、ヘルメットを被らずに走り出した。
道交法も、組織の規律も、総長としての威厳も、すべてを置き去りにして。
夜明け前の国道。一糸まとわぬ心で、ただ風の冷たさと、エンジンの振動だけを感じる。
これが、彼にとっての最後の「自由」だった。
子供の頃、初めて自転車に乗れた時の、あの純粋な高揚感。
何も飾らず、何も隠さず、ただ前だけを見ていたあの頃の気持ち。
一瞬だけ、藍の瞳に、仮面の下に隠していた熱い光が宿った。
太陽が地平線の向こうから顔を出し、彼を照らす。
漆黒の特攻服を捨て、白いTシャツを風になびかせながら、青龍藍は「大人」の街へと消えていった。
そこにはもう、最強の総長も、クールなカリスマもいない。
ただ、苦いチョコのような人生を、しっかりと噛み締めて生きていく、一人の十九歳の男がいるだけだった。
「……ああ、思い出した。あんたあの時の、生真面目そうな……」
風の音に混じって、誰かの声が聞こえた気がした。
けれど、藍はもう振り返らなかった。
彼は、彼自身の足で、新しい地獄を、あるいは新しい楽園を、一歩ずつ歩み始めていた。
デコレーションを剥ぎ取った後に残る、本物の「心」が、いつか彼を救う日が来ることを、朝焼けの空だけが知っていた。
藍の十九歳の誕生日は、奇しくも『蒼月』の集団解散の日と重なっていた。彼は自らその日を選んだ。かつての少年たちが「大人」という社会の歯車へ組み込まれていくための、最後の儀式として。
解散集会の夜、埠頭には数百台のバイクが集結した。その中心に立つ藍は、いつものように完璧なデコレーションを施した「総長」として君臨していた。漆黒の特攻服、乱れのない髪、そして感情を排したクールな眼差し。
「俺たちは今日、死ぬ。暴走族としての『蒼月』はここで終わりだ。明日からは、それぞれの地獄で、あるいは楽園で、立派にやっていけ」
藍の言葉に、嗚咽を漏らす少年もいた。彼らは藍という絶対的な「正解」を崇めることで、自分たちの弱さを隠してきたのだ。藍はそんな彼らを見下ろしながら、心の中で冷ややかに笑っていた。
(泣くなよ。お前たちが望んだのは、自分を律してくれる『理想の指導者』だろ。俺はその役割を、最後まで演じきってやるよ)
軽いジョークを交え、一人ひとりと握手を交わす。
「お前、前髪の気合い、今日は最高にイケてるじゃん」
「仕事、バックれんなよ。お前ならセンスあるから、きっと上手くいく」
相手が最後に求めている言葉を、精密機械のように正確に選び出し、愛嬌たっぷりに振りまく。それが藍という男がたどり着いた、大人としての極致だった。
集会が終わり、一台、また一台とバイクが去っていく。最後に残ったのは、藍と、あの日の友人・タクヤだった。タクヤは遠巻きに、藍が演じ続けている「完璧な閉幕」をじっと眺めていた。
「……終わったな、アイル。いや、青龍総長」
タクヤが歩み寄る。藍は重い特攻服を脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になった。冷たい潮風が、汗ばんだ肌に突き刺さる。
「ああ。終わったよ。誰も傷つけず、誰も殺さず、理想のままに畳んでやった」
「それで、あんたの心はどこにあるんだ?」
タクヤの問いは、やはり鋭かった。
藍は答えず、自分のバイクのタンクにそっと手を触れた。
「心? そんなもの、とうの昔に焼き払ったよ。個性も情も、全部だ。欲やエゴがある奴は、リーダーになんてなれない。みんなが望む理想像になるために、俺は俺自身を土に埋めたんだ」
藍の言葉は、まるで自分を処刑する宣告のようだった。
過度に信じず、愛さず、期待せず。角を立てず、気取らず、目立たず。
そうやって作り上げた「青龍藍」というビターチョコは、今、ようやくその装飾を剥がされようとしていた。
「なあ、タクヤ。一つ伺いたいんだが……。あんた、あの時の俺のこと、本気で生真面目だと思ってたか?」
藍がふと、子供のような顔で問いかけた。歌詞の断片が意識をよぎる。自分がかつて、何のデコレーションも持たず、ただ不器用に正論を吐いていた頃の記憶。
タクヤは少し黙った後、吐き捨てるように笑った。
「ああ、思ってたよ。バカみたいに真っ直ぐで、危なっかしくて。……でも、今のあんたより、ずっとマシな顔してたぜ」
「……そうか。やっぱ、いいや。今の言葉、忘れてくれ」
藍はバイクに跨り、エンジンをかけた。
明日からは、彼もまた一人の「市民」になる。誰の期待も背負わず、誰の理想も演じなくていい世界。しかし、一度死んだ心は、そう簡単に元には戻らない。
明日も、その先も、疑獄のような社会生活は続いていく。今度は「総長」としてではなく、「善良な若者」という新しいデコレーションを身に纏って。
「……最後の一回だけ、やっていこうぜ」
藍は、ヘルメットを被らずに走り出した。
道交法も、組織の規律も、総長としての威厳も、すべてを置き去りにして。
夜明け前の国道。一糸まとわぬ心で、ただ風の冷たさと、エンジンの振動だけを感じる。
これが、彼にとっての最後の「自由」だった。
子供の頃、初めて自転車に乗れた時の、あの純粋な高揚感。
何も飾らず、何も隠さず、ただ前だけを見ていたあの頃の気持ち。
一瞬だけ、藍の瞳に、仮面の下に隠していた熱い光が宿った。
太陽が地平線の向こうから顔を出し、彼を照らす。
漆黒の特攻服を捨て、白いTシャツを風になびかせながら、青龍藍は「大人」の街へと消えていった。
そこにはもう、最強の総長も、クールなカリスマもいない。
ただ、苦いチョコのような人生を、しっかりと噛み締めて生きていく、一人の十九歳の男がいるだけだった。
「……ああ、思い出した。あんたあの時の、生真面目そうな……」
風の音に混じって、誰かの声が聞こえた気がした。
けれど、藍はもう振り返らなかった。
彼は、彼自身の足で、新しい地獄を、あるいは新しい楽園を、一歩ずつ歩み始めていた。
デコレーションを剥ぎ取った後に残る、本物の「心」が、いつか彼を救う日が来ることを、朝焼けの空だけが知っていた。
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