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ホテルの最上階に位置するラウンジは、落ち着いた内装と窓外に広がる都会の景色が、ビジネスの緊迫感を和らげるような静けさを持っていた。予約された個室に通された青龍星奈は、指定された席に着く。
目の前には、画面で見るよりも遥かに穏やかで、しかし確かなカリスマ性を纏った男性がいた。株式会社STPRの社長、そして歌い手グループ「すとぷり」のリーダー、ななもり。だ。
「やあ、藍さん。今日はお忙しい中、本当にありがとう。連絡を待っている間、正直ちょっとドキドキしてたよ」
ななもり。はそう言って、星奈の緊張を解きほぐそうと穏やかに微笑む。彼の声は、配信で見せる親しみやすさと、企業トップとしての落ち着きが絶妙に混ざり合っていた。
星奈は、練習した通りに、できるだけ低く、大人びたトーンで応じた。
「いえ、こちらこそ、貴重な機会をありがとうございます。藍、と申します」
中性的な服装に加え、声色も性別を判別させないトーン。ななもり。は、藍という歌い手が持つミステリアスな雰囲気をそのまま体現していると感じた。
「では、早速ですが」と、ななもり。は目の前に丁寧に製本された資料をスッと差し出す。資料には『藍さんプロデュース計画(STPR)』と印字されている。
「僕たちSTPRは、藍さんにぜひウチで活動してほしいと思っています。単刀直入に、僕らが藍さんを求めている理由、そして、藍さんにとってSTPRがベストな選択肢である理由を、じっくり説明させてください」
ななもり。は、深く息を吸い込み、プレゼンテーションを始めた。
「まず、僕らが藍さんのどこに惹かれたかというと、当然、あの歌声の表現力。それはもう言うまでもない。技術だけじゃない、言葉の裏側にある感情を、まるで目の前で映画を見ているように聴かせる力がある。僕らのメンバー、例えばすとぷりのメンバーや、騎士X、アンプのメンバー全員が、君の歌を聴いて『この子は違う』と熱狂している。その感情の伝達力は、数多くの歌い手を見てきた僕らの想像を遥かに超えている」
ななもり。は、身を乗り出した。
「でも、それ以上に僕が注目しているのは、藍さんが持っているポテンシャル、つまりKを呑み込んでいる才能だよ。僕らの言うKは、**『共感(Kyokan)』**のK。藍さんの歌には、聴く人の過去とか、今抱えている孤独とか、希望とか、そういうパーソナルな感情に深く共鳴する力がある。あれは、計算でできるものじゃない。リスナーが『これは、私の歌だ』って心底思えるってこと。これは、僕らが育ててきたどのメンバーにもない、藍さん固有の、時代を超越する才能です」
星奈は、無言でマグネットネイルのチップが光る指先を見つめた。自身の歌にそこまでの力が宿っている自覚はない。ただ、好きだから、救われたいから歌っていただけだ。
「特に、君が初投稿で選んだ**『あれほど欲した幸せを、手放す勇気を僕にくれ』という楽曲。あの曲の解釈、特にCメロの音の抜き方や、サビでの感情の爆発は、ただ上手いだけじゃなく、リスナーの心に寄り添おうとする強い意思を感じる。それは、君が普段から『推し』のコンテンツを深く愛し、メッセージを受け取ろうとしている、その姿勢の裏返しだと思う。僕らは、藍さんが歌い手としてだけじゃなく、リスナーの気持ちがわかるプロデューサー的な視点**も持っていると確信している」
「僕らが提供できるのは、この『共感』の才能を最大化する環境です。すとぷりとして10年活動し、STPRという会社を大きくしてきた僕には、そのノウハウがある。どうやったら君の才能が、一過性のブームで終わらず、時代を超えて愛されるコンテンツになるかを知っている。僕のプロデュース力と、藍さんの才能が合わされば、歌い手界の歴史を変えられる」
ななもり。はそう断言し、確信に満ちた笑顔を見せた。
「ななもり。社長、熱意あるお話、ありがとうございます。条件について、確認させてください」
星奈は資料に目を通し、冷静に質問を重ねた。
「活動形態について、最初はソロを最優先で、急なグループ加入はないとのこと。また、活動拠点は大阪で問題なく、東京での活動は大規模ライブやイベント時のみ、という認識でよろしいでしょうか?」
「その通り。君のペースと意思を最優先にする。リモート環境は万全に整える。僕らが求めるのは、藍さん自身が無理なく、最高のクリエイティブを生み出すことだから」
「わかりました。次に、報酬体系についてですが……」
星奈が報酬体系の詳細な数字に言及したところで、ななもり。はふと何かを感じたように言葉を挟んだ。
「一つ、確認させてもらってもいいかな。藍さん。君は、未成年、もしくは学生ですか?」
星奈は一瞬、心臓が止まるかと思った。中性的な服装で武装し、声色も変えているつもりだったが、彼は一発で見抜いた。
「…なぜ、そう思われましたか?」星奈は動揺を悟られまいと、努めて冷静に聞き返した。
「いくつか理由はある。まず、君の言葉遣いが、とても丁寧で、かつ真面目だということ。プロの歌い手や配信者と話す時、この年齢層のクリエイターは、もう少しガードが固いか、あるいは反対に馴れ馴れしいかのどちらかだ。君には、社会の仕組みへの強い警戒心と、それを超えようとする真摯さが同時に見える。そして、何より、平日の昼間ではなく、休日の昼という時間を指定した僕の提案を、君が躊躇なく受け入れたこと。これは、学業との両立を意識している証拠だと、直感的に感じたんだ」
ななもり。は、柔らかな口調ながらも、鋭く核心を突いていた。星奈は、もう隠し通せないと悟った。
「…はい。私は、高校二年生です」
ななもり。は、表情を全く変えずに頷いた。しかし、次に星奈が口にした言葉に、彼の目が見開かれた。
「そして、私は……女性です。藍という名前で活動していますが、性別を公表していないのは、女性であることで先入観を持たれたくなかったからです」
個室に、沈黙が訪れた。ななもり。は、一瞬の間を置いて、小さく息を吐いた。彼のプロデューサーとしての直感が、また一つ、重要な要素を掴んだ瞬間だった。
「…そうだったんだね。正直、未成年である可能性は感じていたけど、女性だとは。驚いたけど、それがどうした、というのが僕の正直な感想だよ」
ななもり。は、優しく、しかし力強い声で言った。
「藍さんが女性であっても、高校生であっても、僕らが提示する条件は一切変わらない。むしろ、女性でありながら、あの表現力とKを隠し持っていたという事実は、君の才能の深さを物語っている。未成年であることについては、保護者の方の同意と、学業を最優先とする契約条項を明確に設ける。そこは法律に基づき、STPRが責任をもって君を守る体制を整えることを約束するよ」
ななもり。は、資料の『リスク管理』の項目を指し示した。
「STPRは、多くのクリエイターが所属している会社だ。君のプライバシー、安全、そして将来を考えて、僕らが提示できる最高のサポート体制だと思ってほしい」
そして、彼は再び、藍の推し活に焦点を当てた。
「そして、藍さんが推しているグループについて、改めて言わせてもらうね。僕らは、君がすにすてのたちばなを推していることを知っている。だからこそ、STPRに入れば、たちばなとの楽曲制作を確実に実現できることを、改めて約束する。君の『共感のK』と、たちばなの持つ『芸術性』が化学反応を起こせば、それはSTPRの新たな伝説になるだろう」
この具体的な特典の提示は、星奈にとって非常に魅力的だった。推しとの共演は、夢でしかなかったからだ。
「ななもり。社長、ありがとうございます。未成年であること、女性であること、どちらも受け入れていただいたこと、そしてその上で条件が変わらないということに、大変感謝しています。特に、たちばなさんとのコラボレーションについては、心を動かされました」
ななもり。は、最後の決断を促すように、穏やかに、しかし真剣な眼差しで言った。
「僕らの会社は、君の才能に最大限の敬意を払う。君の人生と、君の歌を、僕らSTPRに預けてほしい。僕と一緒に、君のその**『共感の歌』**を、もっと多くのリスナーの『救い』にしよう。君が歌い手として、人として、幸せになれる道を一緒に作りたいんだ。僕には、君を絶対に後悔させない自信がある」
星奈は深く頭を下げた。
「今日いただいたお話は、持ち帰って、保護者とも相談し、じっくり考えさせていただきます。ありがとうございました」
星奈は、VOISINGからのオファーについては一切触れず、ラウンジを後にした。彼女の心の中は、ななもり。の熱意と、推しとのコラボレーションの可能性によって、激しく揺さぶられていた。