（Relu視点）

病院から戻って以降、日常は以前と変わらないように見えて、その内側では決定的な亀裂が入っていた。心臓の鋭い痛みが走るたびに、「余命一年」という宣告がれるの喉元を締め付ける。しかし、その秘密を共有しているのは、九十九 慧、ただ一人。命綱だ。

慧は、マネージャーとしての仕事に加え、管理栄養士として食事管理をさらに厳格にした。以前にも増して会議室に運ばれてくるプレートは、彼女の愛情と、れるの命を繋ぎ止めようとする必死な願いが詰まっているようで、自分はそれを一口たりとも残せなかった。


ある夜、すたぽらのメンバーとオンラインでゲーム配信をしていた時のことだ。

くにが大きなミスを犯し、ゲームオーバーになった。

「あーもう！くにおぉ！何やってんだよ！」こったろが悔しそうに叫ぶ。

「ごめん！集中力が切れちゃった…」くにが申し訳なさそうに謝罪する。

自分は画面越しに笑いながら、明るい声でフォローした。

「ま、ドンマイ。次頑張ろうぜ。くにおの分までれるたちが頑張ればいいんよ」

しかし、その直後、心臓にズキンと痛みが走った。咄嗟にマイクから少し離れ、左胸を強く握りしめる。配信画面のコメント欄が盛り上がっているのを確認し、自分は平静を装ってマイクに戻った。

「…と、いうわけで！次のゲームはれるがキャリーしてあげるから、みんな安心してや！」

「Reluさん、大丈夫？一瞬、声が遠くなった気がしたけど」**Coe.**が心配そうに尋ねる。自分の信頼する人であるCoe.は、れるの小さな変化に敏感だ。

「え？ああ、ちょっと飲み物取ってただけやで。大丈夫！さ、次行こ！」

なんとか取り繕ったが、自分の心臓が、自分の体力の限界を、この楽しい活動の終わりを、日々刻々と告げているのを自覚していた。この楽しさも、この賑やかさも、あと一年で終わる。そう思うと、どんなに他愛もない会話も、自分にとっては宝石のように輝いて見えた。

活動中、九十九 慧が自分に送ってくるチャットの文字は、いつもと変わらず冷静で事務的だ。

「Relu。今すぐ水分補給を。配信後、明日のスケジュールについて打ち合わせが必要」

彼女のこの冷静さが、不安を打ち消してくれる。

合同でのミーティングも増えていた。VOISINGのタレントが一同に集まる大規模な企画が増え、九十九 慧は管理栄養士兼マネージャーとして、全員の体調管理に気を配っていた。


ある日の昼食休憩。九十九 慧が作った特製の野菜スムージーを飲んでいる自分の隣で、ほとけが話しかけてきた。

「れるち、最近慧さんのご飯、なんかさらに豪華になったね。本当に美味しそう。羨ましいな」

「やろ？慧の飯はマジで世界一。でも、ちょっと厳しすぎるんだよな、量が。痩せちゃうって」軽く冗談を言った。

ほとけは、優しげな笑みを浮かべた。「れるち、無理してない？ 僕もよく体調崩すからわかるんだけど、休むことも大事だよ」

悠佑も横から声をかけてきた。「そうだぜRelu。ちゃんと睡眠取れよ。体力測定企画も控えてるんだからな！」

自分を気遣ってくれる声に、胸が痛む。彼らの優しさが、隠している秘密を、さらに重くする。

「大丈夫やって！れるは天才やから。最後まで、みんなを引っ張っていくで」と笑顔で応えた。

クロノヴァのALKHEも、れるの体調を気にかけてくれる一人だった。彼は非常に真面目で、メンバーや仲間への情が深い。


ある日、VOISINGの休憩室で二人きりになったとき、ALKHEが真剣な顔で僕に尋ねた。

「Relu。聞きたいことがある。…本当に大丈夫なのか？以前よりも、笑い方に無理があるような気がするが」

ALKHEの真っ直ぐな瞳に、一瞬言葉に詰まった。

「…そう見える？考えすぎやって、ALKHE。最近、ちょっと忙しいだけ。でも、君がそんな風に見ててくれるんは、すごく嬉しいわ」

「俺らは、VOISINGという大きな箱で繋がれた仲間だ。特にすたぽらは、俺たちクロノヴァにとって、目標であり、道標だ。…Reluが無理をしているなら、俺らが支えたい」

クロノヴァのかなめ、甘夢れむ、しの、しゃるろ、うるみやといったメンバーも、この真面目で仲間想いのリーダーに続いているのだろう。彼らの純粋な信頼を裏切っている事実に、罪悪感を感じずにはいられなかった。

「ありがとう、ALKHE。でも、本当に大丈夫やで。君たちは君たちの活動に集中して。…れるには、れるを支えてくれる人がいるから」

九十九 慧のことを指しているのを察したのか、ALKHEはそれ以上深くは聞いてこなかった。


そして、シクフォニのメンバー。VOISINGを退所した彼らとは、会議室で顔を合わせることはない。しかし、歌い手としての交流は続いていた。

イオとLANやいるまたちは、特に仲が良いと慧から聞いていた。れるがイオを通じて彼らと連絡を取ることはなかったが、彼らがSNSで自分たちの活動にコメントをくれたり、エールを送ってくれたりするのを見るたびに、胸が温かくなった。

「LANくん、自分らの新曲、聴いてくれたらしいよ」れるがCoe.にそう話すと、Coe.も嬉しそうに頷いた。

「シクフォニの皆と、いつかまた合同でライブやりたいな」

（そうだ、余命宣告される前に、シクフォニのみんなとも思い出を作っておかなきゃ…）

残された時間が、彼らとの関係を、より愛おしく、より切実なものに変えていった。

九十九 慧は、通院スケジュールを誰にも知られないように厳重に管理し、自分の体調が少しでも優れないと感じると、すぐに別室で栄養ドリンクを飲ませた。


ある日の夜、マンションの一室。九十九 慧は、マネージャーとしての仕事を終え、れるの隣で食事をしていた。

「慧。ちゃんと最後までやりきれるんかな。途中で倒れたりしないかな…」不安を吐露した。

彼女は食事の手を止め、僕をじっと見つめた。

「Relu。あなたの心臓が、いつ、どこで限界を迎えるかなんて、誰にもわからない。だけど、もし限界が来たら、私はマネージャーとしてではなく、あなたの友人として、責任を持ってあなたを病院に運ぶ。だから、安心して」

「…慧」

「ただ、後悔だけはしないで。あなたが最後に活動を選んだこと、最後まで楽しんで。それだけが、私にできる唯一の、そして最高の応援だよ」

その言葉に、決意は揺るがなかった。自分は、この秘密を墓場まで持っていく覚悟を決めた。

しかし、穏やかな日常は、あまりにも唐突に、そして悪意を持って打ち破られた。


それは、金曜日の深夜。僕が次の配信に向けて資料を準備していたときだった。

僕のスマートフォンが、けたたましく通知を鳴らし始めた。最初は数件だったが、すぐに連続する振動に変わる。嫌な予感がして、Twitterを開いた。

僕の公式アカウントのトップに、つい数分前に投稿されたばかりのツイートが鎮座していた。

@Relu_Official

正直言って、すたぽらのメンバーは全員才能がない。Coe.は歌に感情がないし、くにこたは企画力ゼロ。ゆうは論外。いれいすなんてただの運が良いだけの集団だし、クロノヴァはデビューしたてで調子乗りすぎ。VOISINGのトップに立つのは俺一人で十分なんだよ。今までみんなに合わせてやるのが苦痛だったわ。

(この投稿は、Reluが本当に思っていることです。)

自分は呼吸を忘れた。

「…なんだ、これ」

悪意に満ちた、見るに耐えない文章。あまりにも自分らしくない、傲慢で仲間を侮辱する言葉の羅列。しかも、最後に「Reluが本当に思っていることです」という、止めを刺す一文が添えられている。

すぐにアカウントを操作しようとするが、パスワードが変更されており、ログインできない。

（乗っ取られた…！）

すぐに九十九 慧に電話をかけた。しかし、れるよりも早く、VOISINGのタレントたちの間で、このツイートは爆発的な炎上を引き起こしていた。

電話が繋がる前に、LINEに次々とメッセージが届いた。すたぽらのグループチャット、いれいすのグループチャット、VOISING全体のアラートチャット。通知が止まらない。

くにから、僕個人宛にメッセージが届いた。

「れるち、これどういうこと？冗談だよね？アカウント乗っ取られたって言ってよ…」

りうらから、いれいすのグループチャットで。

「れるち、さすがにこれは…冗談キツすぎるって。すぐ消してください！」

そして、ないこから。

「れるち。すぐVOISINGの管理部に連絡入れて。もしこれが君の本心なら、もう一緒に活動なんてできないよ」

頭の中は混乱と恐怖でいっぱいになった。心臓の痛みが、いつもの比ではないほど激しく脈打つ。

（違う。こんなこと思ってない。みんなが大切なのに！）

九十九 慧からの着信で、慌てて電話に出た。

「Relu！今すぐVOISINGの事務所に来て。状況は把握した。落ち着いて、絶対に何も喋らないで。ハッキングされたことを主張するんだ！」

「わ、わかった…」

震える手でスマホを握りしめ、パジャマの上からパーカーを羽織り、事務所へ向かうために夜の街に飛び出した。れるの心臓は、警鐘のように激しく脈打っていた。

（この瞬間から、れるの、そしてみんなの日常が、音を立てて崩れ始めたのだ…）