高専に入学して数ヶ月が経ち、朱鷺宮緋花は五条悟、夏油傑、家入硝子と共に二年としての日常を過ごしていた。最強の二人、悟と傑の存在はやはり眩しかったが、硝子との何気ない会話や、時折悟が仕掛けてくる意地の悪い絡みも、緋花にとって高専での大切な時間となっていた。

ある日、緋花と五条、夏油の三人は、夜蛾学長に呼び出された。

学長室に入ると、夜蛾学長はいつになく険しい表情で三人を見ていた。

「朱鷺宮、五条、夏油。お前たち三人に、特級に準ずる任務を与える」 夜蛾の言葉に、三人は顔を見合わせた。特級に準ずる、という言葉に、いつものふざけた空気は消える。

夜蛾学長が告げた任務は、呪術界の根幹に関わる重要なものだった。 「星漿体・**天内理子**の護衛と抹消」

「星漿体とは、天元様との同化を果たすための人間だ。彼女は今日、私たちがいるこの時代において、天元様と同化する運命にある」

説明によると、天元とは、呪術界を支える結界術の要であり、不老の術式を持つが、その肉体は五百年に一度、新しい**「星漿体」**と同化しなければ、進化し、人類の敵となってしまうという。その同化の日が、目前に迫っていた。

「同化までの間、天内理子を護衛せよ。護衛対象は二つの組織から命を狙われている」 一つは、天元様を崇拝する呪詛師集団**『Q』。 もう一つは、非呪術師集団『盤星教』、通称『時の器の会』**だ。

「この任務、特に天内理子を殺そうとする呪詛師や一般人への対応について、朱鷺宮。お前の**『炯眼』と『流転』**の力が必要になる」

緋花の**『炯眼』は、相手の術式や呪力の構造を、まるで設計図のように完璧に把握できる。五条の「六眼」に比べれば情報量で劣るが、その精度と分析力は特筆すべきものがあった。 そして『流転』**は、無下限術式のように空間を制御し、防御と攻撃の両面においてその力を発揮する。

「護衛は問題ない。オレと傑が二人いれば、まず負けねえ」 五条悟は自信満々で言い切ったが、隣の夏油傑は、どこか複雑な表情をしていた。呪詛師を相手取ることは慣れているが、今回の任務は、非呪術師である一般人も相手にする必要がある。

「だが、今回の任務の最重要事項は、天内理子を無事に天元様のもとへ送り届けることだ。絶対に失敗は許されない」 夜蛾学長はそう締めくくった。



任務の開始は、天内理子がいる沖縄からだった。 空港に降り立った五条と夏油、そして緋花は、東京とは違う、熱い風と陽光に包まれた。

「南国だね！傑、悟、制服暑くないか？私なんてこの身長だから、いつも通り蒸されちゃうよ」 緋花はぐったりと首を振る。黒い制服に包まれた小柄な体が、夏の暑さに耐えているのが見て取れる。

「うるせぇな、ちびっ子。お前は少しは黙ってろ」 悟はサングラスを押し上げ、周囲の観光客をざっと見渡した。

「ちびっ子言うなってば！あと、どうして君は沖縄に来てもサングラスなんだい？折角の南国なのに、目を開けて景色を見なよ」 緋花はぷりぷりと怒る。

「うるせー。オレがサングラスかけるのは、別に**『六眼』隠すためだけじゃねーし」 悟は少しだけ早口になり、不機嫌そうに答えた。彼の「六眼」**は常時発動しており、普段から莫大な情報を処理し続けている。サングラスで光を遮ることで、その情報量をわずかにでも調整しているのだ。

「まぁまぁ、二人とも」 傑がいつものように、穏やかに仲裁に入る。

「それよりも緋花。沖縄に着いてから、妙に警戒しているようだが、何か**『炯眼』**で感じたのかい？」 傑は鋭く問う。緋花は悟と傑の最強二人組に比べて、戦闘経験では一歩劣るが、その術式の分析能力は二人も一目置いている。

緋花は真剣な表情に戻り、首を横に振った。

「いいや、何も。ただ、この島全体が、理子ちゃんを狙う呪詛師や盤星教の気配で、ざわついているように感じるんだ。特に、あの**『盤星教』。彼らは呪術的な力を持たないはずなのに、理子ちゃんを狙う執着が、呪力とは異なる、嫌な"執念"**となって、視界にちらつく」

緋花の赤い瞳が、遠くの青い海を真っ直ぐに見つめる。

「まるで、私を『鬼の子』と呼んでいた、あの頃の、一般人の、悍ましいまでの**『穢れた目』**みたいだ」

一般人であるはずの彼らの「執念」が、緋花のトラウマを刺激する。 五条悟と夏油傑は、そんな緋花の言葉に、ただならぬ気配を感じ取った。

「へーえ。じゃあ、サクッと終わらせるか。オレと傑がいれば、なんの問題もねーだろ」 悟は笑い、拳を握った。

その直後、空港の到着ロビーに、一人の男が姿を現した。

その男の登場とともに、緋花の**『炯眼』が、危険信号を鳴らし始める。 男は呪力を持たない、ただの一般人。しかし、その身体能力と、獲物を狩るための"気配"**は、訓練された一級呪術師をも凌駕している。

「...っ、悟、傑！」 緋花が叫んだ瞬間、男は空港の喧騒を切り裂くように、三人に向かって突進してきた。

「敵襲だ！」

星漿体護衛任務の初動は、突如として始まった。その男こそ、後に五条悟を生涯にわたり追い詰めることになる、呪術師殺し**「伏黒甚爾」**だった。