東京呪術高専の入学式から少し経った、桜が散り始めた頃。

グラウンドで木刀を振る五条悟は、心底退屈そうに、横目で自分たちのクラスの教室を見た。 家入硝子はいつものように教室でタバコをふかし、外の景色をぼんやりと眺めている。その隣で、夏油傑が穏やかな表情で本を読んでいた。

そして、その間に座っているのが、新しく加わった同期、**朱鷺宮緋花（ときみや ひばな）**だ。

「おい、悟。さっきからグラウンドより教室を見てる時間の方が長くないか」 傑が本から目を離さずに声をかける。

「別にー？ ただ、あいつが大人しすぎてつまんねぇなって」 悟は肩をすくめた。 緋花は入学当初こそ、目を隠すほどの長い前髪で俯きがちだったが、硝子とすぐに打ち解け、今では明るい赤色の瞳を隠すことは少なくなった。その小さな体躯と愛らしい容姿は、高専内でもちょっとした噂になっている。

「緋花は元々そういう性質（タチ）だろう。それに、硝子と仲良くなれて、少しは居心地が良くなったんじゃないか」 傑が優しく言った。

緋花の術式は五条のそれと似た**「流転」、そして「炯眼」**という、世界を深く視る力を持つ。五条の「六眼」とは異なるが、その非凡さは入学早々、夜蛾学長を驚かせた。一般家庭の出であるにも関わらず、傑と同様、高専にスカウトされてきた異質な存在だ。

悟は教室へ向かうと、緋花の机にどかりと肘をついた。

「ねぇ、ちびっ子」 「ちびっ子言うな。それと、悟。君はグラウンドで素振りをするんじゃなかったの？」 緋花は頬を膨らませ、不機嫌そうな赤色の瞳で悟を睨んだ。身長が低いことは彼女の最大のコンプレックスだ。

「さっき終わった。それより、お前、最近硝子とばっかじゃん。オレと傑のこと、無視してね？」 悟は意地悪く笑う。

「無視なんかしていないよ。それに、硝子といる方が気が楽で。君たち二人は、眩しすぎて疲れるんだ」 「眩しい？」 「そうだよ。呪術師として、最強と、もう一人の最強。君たちといると、私の**『炯眼』**が、常に全力で君たちの強さを測ろうとしてしまう。まるで、太陽と月みたいに、眩しくて、遠くて、目が焼けるようだ」

緋花は、五条と夏油の圧倒的な強さを、言葉の通り、光のように感じ取っていた。彼らの隣にいると、自分の力が、まだ完成途上にあると突き付けられるような感覚に陥るのだ。

「ふぅん。遠い、か」 悟は、少しだけ面白くないように口元を歪めた。 「オレは、そんなことねーけどな」 硝子の横で、緋花が小さく笑った。

「そうか。硝子、次の授業まで時間があるなら、購買に行こうよ。悟に『ちびっ子』って呼ばれて、呪力が減っちゃったから、甘いもので補給しないと」 「はいはい」 硝子は面倒くさそうに立ち上がったが、その表情は心なしか穏やかだ。

「オレも行くー」 悟が追いかけるように立ち上がる。

傑は、小さくなっていく三人の後ろ姿を、優しい眼差しで見送った。 （五条と朱鷺宮の組み合わせは、案外悪くないな） そう思って、再び本に目を落としたのだった。