全面戦争後の捜査網が厳しくなる中、荼毘と星奈は、より巧妙に、より深く身を隠す必要があった。彼らは、敵＜ヴィラン＞連合の資金を使い、人里離れた海岸沿いの古い洋館を新たな隠れ家とした。ここは、彼女の冷気で温度を保ちやすく、彼の炎が目立たない場所だった。

二人の関係は、恋人同士になったことで、支配と依存という、歪ながらも強固な形へと変貌していた。

「手を貸せ、星奈」

荼毘は、日常的に星奈に冷気を求めた。風呂に入るとき、寝床につくとき、そして、少しでも炎の反動で痛みを感じたとき。彼は、彼女の氷の個性が自分の命綱であることを自覚していた。

星奈は、自分の手の甲に冷気を集中させ、彼の焼け爛れた肌にそっと触れる。彼の皮膚は常に熱を持ち、彼女の冷気はその熱を奪う。この行為は、彼にとっての鎮痛であり、彼女にとっての愛の奉仕だった。

「ひび割れが深くなってるぞ。やりすぎだ」

荼毘は、冷気を得ながらも、星奈の凍傷が悪化していることに気づくと、眉を顰めた。彼の言葉には、心配と、彼女の献身に対する罪悪感が滲んでいた。

「気にしないで。この程度の痛みは、あなたが私を求めてくれる証拠だから」

星奈は微笑んだ。彼女にとって、この痛みは、自分が荼毘に必要とされている唯一無二の証明だった。轟家の子ではないと知った安心感と、彼が兄ではないと知った解放感。そして、ヴィランという孤独な場所で彼と結ばれたことで、彼女は彼への依存を深めていた。

荼毘は、彼女のその一途さが、時として彼の心を締め付けることを知っていた。彼女の黒髪ロングの可愛らしい顔には、氷しか使えないという欠陥品としての悲しみと、自分への盲目的な愛が同居している。

彼は、彼女の依存心を助長するように、甘い言葉を囁くこともあれば、突き放すような冷たい態度を取ることもあった。

ある日、荼毘は、連合の任務で手に入れた古い革の手袋を星奈に差し出した。

「これをはめていろ。これ以上、手を傷つけるな」

「ありがとう、燈矢くん」

星奈は嬉しそうに手袋をはめた。しかし、手袋をはめると冷気を放出しにくくなる。それは、彼が彼女の自己犠牲を止めようとする行為であり、同時に、彼女の冷気から一線を引こうとするためらいの現れでもあった。

「お前は、この世界で俺が唯一、温めてやりたいと思う存在だ。なのに、俺の熱がお前を傷つける。俺の炎はお前を救えない」

荼毘は、自分の無力さに苛立っているようだった。彼は、自分の炎が彼女の体を焼くことしかできないことを知っている。

「違うわ。あなたは私を救った。あの火事から。そして、私に愛という、凍える心を溶かす熱をくれた。だから、私はあなたの炎が好きよ。熱すぎても、怖くない」

星奈は、手袋を脱ぎ、凍傷だらけの手で、彼の焼け爛れた頬を包み込んだ。彼女の冷気と、彼の熱気が触れ合う。それは、彼らがこの地獄で生きるための、命の交換だった。

荼毘は、彼女のその揺るぎない愛に、復讐心で満たされていた心が、初めて安息という名の温度を感じるのだった。


数週間後、隠れ家に弔から通信が入った。全面戦争後、散り散りになっていた連合のメンバーを再編する時期が来た、という内容だった。

「弔が呼んでいる。そろそろ動くぞ、星奈」

荼毘は、冷気を送られて体調が安定しているとはいえ、全身の痛みは消えていなかった。

「行くのね。私も一緒に行くわ」

「当たり前だ。お前は俺の共犯者であり、唯一の鎮静剤だ。お前なしに、俺はもう動けねえ」

荼毘の言葉は、以前の突き放すような態度とは違い、完全に依存を示していた。

しかし、星奈には気がかりなことがあった。それは、轟家との再対峙だ。特に、焦凍と。

「燈矢くん……焦凍に、また会うことになるわ」

「そうだな。今度の戦いでは、あいつは俺の弟ではなく、俺の敵だ。そして、お前の……『双子』でもねえ」

荼毘は、彼女の頬を撫で、確認するように言った。

「私が轟家の子じゃないと知った時、あなたは言ったわ。『あ、恋してよかったんだ』って。私も同じよ。だから、焦凍がどうなろうと、私はあなたの隣にいる。あなたの炎を邪魔する者は、私の氷が全て凍らせるわ」

星奈の瞳には、かつての迷いはなく、ヴィランとしての覚悟が宿っていた。彼女の冷酷な決意は、荼毘の炎をさらに強く、鋭いものに変えた。

「よろしい。お前は、俺の最高の共犯者だ」

荼毘は、一つの計画を星奈に打ち明けた。それは、弔の次なる行動に合わせた、荼毘個人の新たな復讐と、未来に向けた計画だった。

「俺は、ヴィランとして生きる。だが、もう復讐のためだけに生きるのではない。お前と生きるために、この世界を塗り替える。そのために、俺は、俺の炎を完全に制御する必要がある」

荼毘は、自分の炎に耐えられない体質を克服するため、自らの個性や体をさらに改造する計画を打ち明けた。それは、より痛みを伴う、危険な道だった。

「そのためには、お前の力が必要だ。星奈。お前の氷は、俺の体を冷却し、炎の暴走から守る。そして、改造後の俺の炎を、お前が制御する。お前は、俺の氷の城壁になってくれ」

荼毘の申し出は、彼らが単なる恋人ではなく、運命共同体として、ヴィランの道を突き進むという誓いだった。

「分かったわ、燈矢くん。私はあなたの氷の城壁になる。私の氷が尽きるまで、あなたの炎を守り、支え続ける」

星奈は、彼の熱い体にしがみつき、強く抱きしめた。彼女の全身から発せられる冷気が、彼の体温と混じり合う。

地獄で結ばれた二人は、世界を敵に回し、お互いの弱さと強さを補い合いながら、さらなる闇へと足を踏み入れる。それは、炎と氷が織りなす、永続的な共犯関係の始まりだった。