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深い、深い、終わりのない闇の中にいた。
星奈は、自分が誰なのか、どこにいるのかもわからなかった。ただ、体が冷たいということだけは理解できた。自分の中に、凍てつく冷気と、燃えるような熱の両方があるはずなのに、動くのは冷気ばかり。熱は弱々しく、頼りない灯のように揺れているだけだった。
目覚めると、視界に入ったのは無機質な天井と、消毒液のような匂い。体を起こそうとしたが、全身が鉛のように重い。
「目が覚めたようだな」
低い、しかし妙に甲高い声が聞こえた。視線を巡らせると、白衣を着た、異様に頭の大きい男性が立っていた。後にドクターと呼ばれることになる男だ。
「ここは……?」
かろうじて絞り出した声は、ひどく掠れていた。ドクターはニコニコと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ここは君の新しい家だよ。星奈。君は酷い火事に遭ってね。本来なら命を落としていたはずだ。だが、**『あの方』**の力で、なんとか一命を取り留めた」
火事。その言葉に、脳裏に一瞬、炎の色がフラッシュバックする。青い、全てを焼き尽くすような蒼い炎。そして、誰かの叫び声。
ドクターが差し出した紙コップの水を飲んだ。冷たい水が、喉の渇きを少しだけ癒してくれる。彼は話し続けた。
「君は『あの方』、つまりオール・フォー・ワン様に引き取られた。君の体に備わった素晴らしい個性……『半冷半燃』、これはまさに奇跡だ。特にその体質。エンデヴァーというヒーローと同じ体質で、その個性の『火』の部分が発揮されれば、本来は強大な力を発揮するはずだったが……」
ドクターは星奈の手首を掴み、じっと見つめた。そこには、体質が原因でできてしまった、皮膚のひび割れ、つまり凍傷の跡が痛々しく残っていた。それは、彼女の体質が、彼女自身の冷気を完璧に制御できていない証であり、彼女の火力が極端に弱いことを物語っていた。
「……残念ながら、君の**『炎』はあまりに弱すぎる。今の君が使えるのは『氷』**だけだ。まるで欠陥品のようだ」
ドクターの容赦ない言葉に、胸がズキンと痛む。幼いながらに、自分はどこか欠けているのだと理解した。
ドクターはさらに、彼女の過去について語り始めた。
「君は、ヒーロー・エンデヴァーの息子、轟焦凍と双子だと思われていた。だが、君は全く知らないどこかの家の子だった。君たちが生まれたとき、一人の看護師が君が死んでいることに気づいた。その看護師は、轟家の母親……冷さんが、君の死を知って悲しむ姿を見たくないと思った。だから、彼女は君を、生きていた焦凍くんと取り替えたんだ」
星奈の心臓が激しく脈打つ。
「君は、生きていた。そして、君は偶然にも焦凍くんと同じ**『半冷半燃』**の個性を持っていた。もちろん、その看護師はすぐに捕まったが、君はそのまま轟家の子として数年過ごした。そして、あの日――」
ドクターは一呼吸置いた。
「君は轟家の長男、燈矢くんと一緒に虚ろな山で火事に巻き込まれた。燈矢くんと同じく、君も死んだと思われていたが……『あの方』が助け出した。君は燈矢くんと共に、彼の力の実験台として、生きる道を選んだのだ」
当時の星奈はまだ5歳ほど。話の内容は難解で、頭の中で整理できなかった。ただ、恐ろしい火事の記憶と、**「燈矢くん」**という名前だけが鮮明に残った。その名前は、彼女の心の奥底で、まだ炎が燃えている証拠のように響いた。
ドクターが、最後に言った。
「君は今日から、この場所で新しい人生を始めるんだ。君はもう轟家の子ではない。君の炎は弱くとも、君の個性は『あの方』の計画にとって重要だ」
「……はい」
意味もわからず、ただ頷くしかなかった。星奈は、こうして敵<ヴィラン>連合の一員となる場所で、新しい生活をスタートさせた。
その場所には、同じく『あの方』に引き取られた、自分より少し年上の、細身の少年がいた。
名を志村転弧。後に死柄木弔と呼ばれる少年だった。
星奈がAFO(オール・フォー・ワン)に引き取られて数年が経った。
彼女は弔と共に、AFOの庇護のもとで育った。幼い頃は、二人とも話が難しくて「うん」と返事をするだけだったが、時が経つにつれ、弔はAFOの思想を理解し、その意志を継ぐ者としての道を歩み始めていた。一方、星奈は、自分の置かれた状況を冷静に受け止めていた。
彼女は、自分を助けてくれたAFOに感謝し、彼が求める役割を果たそうと努めた。彼女の役割は、その「氷」の個性を使って、弔のサポートをすること。そして、いつか弱々しい「炎」の個性を覚醒させ、AFOの役に立つことだった。しかし、その炎は一向に強くならず、彼女は自分の存在意義に悩むこともあった。
弔との関係は、まるで兄弟のようだった。幼い頃から共に過ごし、お互いの孤独を知っている。弔は星奈の凍傷の跡を気遣い、彼女の火力の弱さを責めることはなかった。彼は、彼女の数少ない理解者だった。
ある日、連合の隠れ家に新しい仲間がやってきた。全身にピアスを開け、黒い髪を逆立てた、いかにも荒々しい風貌の男。
「こいつが、新しく入る荼毘だ」
黒霧が紹介した。
荼毘は、全身から人を寄せ付けない冷たい空気を纏っていた。その鋭い眼差しに、星奈は思わず息を飲んだ。彼の瞳の色は、どこか見覚えがあった。
そして何より、彼の周りに漂う、微かに焦げたような匂い。それは、彼女の記憶の中の蒼い炎と結びついた。
星奈は、連合に入ってきた荼毘に対し、警戒心と共に、抑えきれない好奇心を抱いた。彼は一体何者なのだろうか。
荼毘は、弔や他のメンバーに対しては常に冷淡だったが、星奈に対してはなぜか少し違った態度を見せた。
「なんだ、その手は」
ある時、彼女がうっかり氷を出してしまった際、その凍傷のひび割れた部分を彼に見られてしまった。荼毘は低い声で尋ねた。
「これは、生まれつきの体質です。個性の反動で、焦凍……いえ、私の体が冷気に耐えられなくて……」
星奈は言葉に詰まった。荼毘の表情は読み取れなかったが、彼の瞳の奥に、一瞬だけ複雑な感情が揺らめいたように見えた。
「……フン」
荼毘はそれ以上何も言わず、去っていった。しかし、それ以来、彼は星奈のことを気にかけているように見えた。
彼女が体調を崩した日、荼毘は無言で毛布を投げ寄越した。訓練で氷の個性を使いすぎた時、彼は「無理するな」とだけ言って、彼女の凍った手を自分の火で温めてくれた。彼の炎は、彼女の弱い炎と違って、全てを焼き尽くすほどの熱を持っていたが、彼女の手を焼くことはなかった。ただ、優しく、じんわりと温めるだけだった。
彼の優しさに触れるたび、星奈の心はざわめいた。それは、懐かしさのような、切なさのような、そして……恋のような感情だった。
しかし、彼はヴィランだ。そして自分も。こんな場所で、こんな関係で、恋など許されるのだろうか。
荼毘の方も、彼女に対して特別な視線を向けていることに、星奈は薄々気づいていた。彼が他のヴィランと話す時の冷たい眼差しと、自分を見る時の、どこか優しく、それでいて苦しそうな眼差しは明らかに違った。
星奈はじれったい恋心を抱えながら、荼毘と一緒にいる時間を心の中で大切にしていた。彼の過去を知らないからこそ、純粋に彼を想うことができた。
だが、ある夜。
荼毘が寝静まった頃を見計らって、星奈は彼の部屋を訪れた。彼は眠っていなかった。彼は上半身裸で、全身の皮膚がひどく焼け爛れているのを見せるかのように、こちらに背を向けていた。
星奈は息を飲んだ。その背中、その傷跡。そして、背中に残る、蒼い炎の個性の強烈な名残。
「……お前、気づいたのか」
荼毘は振り返らず、低い声で言った。
「……燈矢、くんなの?」
その瞬間、全てが繋がった。あの火事、あの蒼炎、彼の眼差し、そして彼の醸し出す、どこか懐かしい雰囲気。荼毘は、彼女の記憶の中にいる、優しかった兄、轟燈矢だったのだ。
「フン……何を今さら。ガキの頃から、俺たちは一緒にいたんだ。お前だって、あの炎を浴びた一人だろう」
荼毘は、ゆっくりと振り返り、冷たい目で星奈を見た。
「そうだ。俺は、轟燈矢。お前の……兄だ」
その言葉は、星奈の抱いていた恋心に、冷たい氷の刃のように突き刺さった。
星奈は、荼毘への恋心を自覚した時、「あ、恋してよかったんだ」と思った。なぜなら、自分は血の繋がりのない、本当の双子ではなかったから。
でも、彼は……自分の命を救ってくれた、あの火事の日の、優しい「兄」だった。
荼毘と星奈の間には、重い沈黙が流れた。この真実が、二人のじれったい関係を、さらに複雑で切ないものへと変えていくことになる。