(岩本side)

岩本照は、天城玲凰の玉座に座っていた。そのカスタムメイドの椅子は、彼の体温を一切受け付けず、鋼鉄の冷たさが背中から彼の**「偽りの王冠」**へと突き刺さるようだった。

目の前には、天城美月——玲凰が光として愛し、死んだと信じていた妹、K. M.。彼女は、モニター越しにも伝わる、研ぎ澄まされた憎悪と、裏社会の真の支配者に相応しい冷酷さを纏っていた。

「見事な配役よ、偽りの王」

美月の声は、玲凰によく似た、低い、しかし響きのある声だった。その優雅な笑みは、岩本の全身を値踏みし、嘲笑している。

「従兄の命と権力を奪い、裏社会のタブーを犯した。貴方のような**『光を纏う者』**が、最も醜い闇を演じるとは、滑稽ね。玲凰も、さぞ草葉の陰で笑っていることでしょう」

岩本は、美月の挑戦的な視線を受け止めながら、静かに、そしてゆっくりと、玲凰の視線を真似てグラスを傾けた。グラスの中には、冷たい水が入っている。岩本は、玲凰の真似ではなく、自分自身の王として、この対話に臨んでいた。

「天城玲凰は、死んでいない」岩本は、低い声で言った。「そして、俺は貴方の言う**『偽りの王』ではない。俺は、貴方が兄を愛したように、俺の『光』**を愛し、その光を守るために、ここにいる」

美月の瞳が一瞬、凍り付いた。彼女の表情が微かに歪んだのは、岩本が「玲凰の生存」ではなく、「愛」という最も感情的な言葉を口にしたからだ。

「愛？戯言ね。貴方方が愛するのは、自己満足の輝きよ。玲凰は、その輝きのために、私を犠牲にした。世界の均衡のために、私の夢と、私自身の存在を葬った」

「違う」岩本は、グラスを静かにテーブルに置いた。その音は、美月の言葉を断ち切るように響いた。

「玲凰は、貴方を愛したからこそ、貴方を**『K. M.』として死なせた。彼は、貴方を裏社会の血塗られた運命から切り離し、『光の記憶』**として、永遠に生かしたかった」

「黙れ！」美月が初めて声を荒げた。

「貴方は、兄の孤独を理解していない。貴方は、彼が**『運命を決定づける者』として、感情を殺し、たった一人で世界を背負い続けた、その重圧**から目を背けている」

岩本は、手元の端末を操作し、北欧の8人が送ってきた**「最後の抱擁」のビデオ静止画**を、美月のモニターに大きく映し出した。雪が降る庭で、美月が玲凰を抱きしめ、唇を動かしている瞬間だ。

「この写真を見て、貴方は何を思う」

美月の顔から、血の気が引いた。彼女の冷酷な表情が崩れ、そこに妹としての悲痛な表情が蘇った。

「これは…」

「佐久間たちが、貴方のアーカイブから見つけ出した、貴方が玲凰に送った最後の愛のメッセージだ。貴方はこの時、玲凰に言ったはずだ。『あなたは、私の光だから、生きなさい』と」

岩本は、立ち上がった。漆黒のスーツを纏った彼の姿は、玲凰以上の威圧感を放っていた。それは、偽りの権威ではなく、命を賭した真実を語る者の力だった。

「貴方が本当に玲凰を憎んでいるなら、この**『涙の記録』を世界中に公開して、彼の権威を失墜させればよかった。しかし、貴方はそれをしなかった。なぜなら、貴方の憎しみは、玲凰の孤独への愛の裏返しであり、貴方が本当に望んでいるのは、玲凰に『兄』**として戻ってきてもらうことだからだ！」

岩本の言葉は、美月の内面の最も深く、最も脆い部分を抉り出した。美月の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、裏社会の支配者ではなく、兄を失った一人の妹の涙だった。

「…玲凰は、私の夢を奪った。世界の均衡なんて、私にはどうでもいい。私はただ、あの人に…生きて、笑ってほしかっただけなのよ…」美月の声は、震えていた。

「その願いは、俺たちが叶える」

岩本は、強く言い切った。

「玲凰は、貴方の『生きなさい』という呪い（愛）と、俺たちの『生きてほしい』という光の絆によって、今、生きる道を選んだ」

岩本は、美月が最も恐れていたであろう、**岩本自身が背負う『光の絆』**について語り始めた。

「貴方は、玲凰が孤独な王として世界を支え続けることで、いつか感情を取り戻すと信じた。しかし、玲凰は孤独に死を求めた。だが、俺たちには、孤独な王はいない」

岩本は、遠く北欧の地を思い浮かべた。深澤、阿部、目黒、佐久間、渡辺、宮舘、向井、ラウール。8人の仲間たちが、今、美月の側近部隊との最後の防衛線に立っている。




「岩本からの指示は、『耐え抜け』の一点だ」深澤は、雪上に立ち、銃口を構える美月の精鋭部隊を睨みつける。 「俺たちは、ここで時間を稼ぐ。ひかると玲凰さんが、和解できる、生きた道筋を作るんだ」目黒の体は、既に戦闘態勢に入っていた。 ラウールの周囲から、青い光が溢れ出す。その光は、もはや暴走ではなく、守るべきものへの力強いエネルギーに変わっていた。

彼らの絆が、**岩本という「ノイズ」**を本物の王へと変える。



「貴方が世界に放った憎悪の闇は、俺たちの絆によって、全て受け止める。貴方の部隊は、今、北欧で俺たちの8人の光と対峙している。彼らは、俺が貴方と和解するための時間を稼ぐ」

岩本は、美月に最終決戦の招待状を突きつけた。

「天城美月。貴方が本当に兄を愛しているなら、俺の**『偽りの王冠』**を打ち砕いてみろ。そして、玲凰の運命と、貴方自身の復讐の結末を、貴方自身の目で、直接見届けるがいい」

岩本は、美月の目の前で、玉座から立ち上がった。そして、裏社会のトップとして初めて、心からの言葉を口にした。

「貴方の兄は、貴方の愛を、世界で唯一の光として背負い続けた。俺は、その光が失われることを許さない。貴方が玲凰の命を奪うなら、まず俺を倒せ」

岩本の瞳は、漆黒のスーツに反して、どこまでも澄んだ光を放っていた。それは、玲凰の「孤独な王」とは真逆の、**「絆の王」**の輝きだった。

美月は、その圧倒的な覚悟と、兄への真実の愛を突きつけられ、完全に言葉を失った。彼女の復讐の根幹は、既に崩れ去っていたのだ。

「…わかったわ」美月は、絞り出すように言った。「貴方の**『孤独な王の最終審判』、受けて立ちましょう。玲凰の運命、そして私の運命…全てを、貴方の光の絆**に賭けてあげる」

岩本は、勝利を確信した。これは、裏社会の闘争ではなく、愛を失った者と愛を信じる者の、魂の戦いなのだ。

彼は、氷室に指示した。

「氷室。天城美月を、俺たちの最終決戦の地へ案内しろ。そして、北欧の仲間たちには、勝利のメッセージを届けろ」

孤独な王は、その孤独を、光の道標に変え、最後の戦いへと向かう。