(目黒side)

極北の空は、厚い雲に覆われ、静寂に包まれていた。

チャーター機から降り立った俺たち8人は、玲凰のネットワークが用意した雪上車に乗り換え、森の奥へと進んだ。目指すは、天城玲凰がかつて**『K. M.』**という光を刻んだ、北欧の古い別荘だ。

目黒蓮は、窓の外に広がる凍てついた森の風景を眺めていた。すべてが白い。生命の色彩が削ぎ落とされた、この絶対的な静寂の中で、玲凰は心の孤独を癒そうとしたのだろうか。

「ここが、玲凰さんが唯一『生きたい』という痕跡を残した場所か…」

隣でシートに身を預ける渡辺翔太が、静かに呟いた。彼の顔には、安堵と共に、リーダーを置いてきたことへの深い罪悪感が刻まれていた。

「翔太くん、今は前を向こう。岩本くんは、俺たちが先に進むことを望んだ」目黒は、そう言い聞かせるように、自分にも言い聞かせた。

数時間後、雪上車は、湖のほとりに佇む、苔むした石造りの別荘の前で停止した。北欧神話に出てくるような、荘厳で、しかし侘しい建物だった。

別荘の中に入ると、暖炉に火が灯り、温かい空気に包まれた。玲凰のネットワークが、既に準備を整えていたのだ。

深澤辰哉は、すぐに阿部亮平、宮舘涼太と情報共有を始めた。

「阿部ちゃん、玲凰さんからのメッセージは？」

「はい。メッセージは極めて簡潔でした。『別荘内にある**『運命のタウロス』**を見つけろ。それが、次の指示だ』」

「『運命のタウロス』？」佐久間大介が首を傾げる。

「康二が調べた紋章、『オメガ・タウロス』のことだよ」目黒は言った。「玲凰さんの、**『運命を決定づける者』**としての使命を示すものだ」

康二が、別荘内の写真や美術品を、手持ちのカメラで熱心に撮影し始めた。

「この別荘、なんや、玲凰さんの内面をそのまま映してるみたいやな。豪華やけど、どことなく冷たい…」

康二がそう呟いた時、宮舘が、リビングの隅に置かれた、一見すると何の変哲もない古い木彫りの牡牛を見つけた。その牡牛の角には、玲凰の腕に刻まれていた**『オメガ・タウロス』の紋章**が、微細な彫刻で刻まれていた。

「これだ。これが、『運命のタウロス』だ」

宮舘が牡牛に触れると、牡牛の目がカチリと音を立てて開き、中から一枚の古い羊皮紙が出てきた。

羊皮紙には、玲凰の整った筆跡で、長いメッセージが書かれていた。

「…玲凰さんの、僕たちへの真の計画だ」深澤が緊張した面持ちで、その内容を読み上げ始めた。

【天城玲凰からのメッセージ：デクレタ・ファトゥムの真実】

『君たちへ。君たちの無謀な行動に心から感謝する。君たちが私の孤独を暴き、生きることを強いた。故に、私は**『生』の代償**として、君たちに最後の協力を求める。』

『私の自死は、世界秩序の崩壊を防ぐための唯一の手段ではなかった。真の目的は、『レゲティム・ムンドゥス』の黒幕を炙り出すことだ。彼らは、私が去ることで世界が不安定になるのを待っていた。』

『私の妹、**K. M.（キミ・ミズキ）は、かつて私にとって唯一の光だった。彼女は写真家を目指していたが、裏社会に巻き込まれ、非業の死を遂げた。彼女の夢は、『孤独な者たちを、光で繋ぐこと』**だった。』

『レゲティム・ムンドゥスの真の首謀者は、私の血縁者であり、私を『K. M.』を失った弱者だと見下し、世界支配を企んでいる。その首謀者は、君たち、**『光を纏う者たち』**を、私への生贄として利用しようと画策している。』

『君たちの使命は、二つ。一つは、私を囮にした岩本照が**『孤独な王』として裏社会に君臨する、その『偽りの権威』**を守り抜くこと。』

『そしてもう一つ。この別荘の地下にある、**K. M.が遺した『写真のアーカイブ』**を発掘することだ。そのアーカイブには、**レゲティム・ムンドゥスの首謀者の『致命的な弱点』が隠されている。君たちの『光と絆』**でしか、この謎は解けない。』

『私の「死場所」は、君たちが作る「生きる場所」だ。君たちの輝きを信じる。』

メッセージを読み終えた深澤の手は、震えていた。彼らが背負ったのは、玲凰の命だけではなかった。世界の運命と、岩本の孤独な王冠、そして**「K. M.」の失われた光**、その全てだった。

「ひかるは、玲凰さんが生き延びるために、裏社会のトップを演じているってことか…」翔太が、重い口調で呟いた。

「ああ。しかも、玲凰さんが自分の血縁者に裏切られてるなんて…」康二も、その事実に言葉を失った。

目黒は、メッセージに強く釘付けになっていた。

「『君たちの光と絆でしか、この謎は解けない』…玲凰さんは、僕たちのアイドルとしての力を信じている。僕たちがやるべきことは、地下のアーカイブを見つけ、その『致命的な弱点』を暴き出すことだ」

ラウールが、静かに言った。「『孤独な者たちを、光で繋ぐこと』。それが、K. M.さんの夢…僕たちのライブと、同じだ」

阿部は、すぐに別荘の構造解析に取り掛かった。「地下には、通常の構造図にはない隠された空間が存在します。そこが、アーカイブでしょう」

こうして、8人の新たな使命が始まった。彼らは、地下への隠し扉を見つけ出し、K. M.の遺した膨大な写真のアーカイブを発見した。


その頃、遠く離れた闇の中で。

岩本照は、玲凰のマンションとは別の、厳重に警護された地下施設にいた。玲凰の影として、氷室が側に控えている。

「岩本様。裏社会への情報操作は完了しました。貴方が天城玲凰を裏切って権力を奪った**『新生アヴァロンの盟主』**として、世界中に認識され始めています」氷室が、冷徹な声で報告する。

岩本は、玲凰が着ていたのと同じ、漆黒のカスタムメイドスーツを身に纏い、その冷たい玉座に座っていた。彼の瞳には、**「世界の要」としての冷酷さと、「リーダー」**としての孤独な決意が同居していた。

「レゲティム・ムンドゥスの動向は」岩本が低い声で尋ねる。

「貴方を**『血塗られた簒奪者（さんだつしゃ）』**と見なし、猛烈な攻撃を仕掛けてきています。貴方が玲凰の命を奪い、彼の血縁者である正統な後継者を排除しようとしている、と」

「上等だ。俺が彼らの最大の敵である限り、玲凰は安全だ」

岩本は、掌の感触を確かめた。この孤独な王冠は、あまりにも冷たい。彼は、遠く北欧にいるメンバーたちの**『光』**が、自分を導いてくれると信じるしかなかった。

その時、玲凰がかつて愛用していた、通信を傍受するための特殊端末が鳴動した。それは、裏社会の真の首謀者からの、直接の通信だった。

画面に映し出されたのは、優雅な笑みを浮かべた、一人の女性。玲凰の血縁者であり、アンチ勢力『レゲティム・ムンドゥス』の真の首謀者。

彼女は、氷のような目で、岩本を見つめた。

「偽りの王よ。貴方が私の従兄を裏切ったことは、裏社会のタブーだ。貴方の**『命を賭した芝居』**は、見事よ」

岩本の全身に、電流が走った。

「…貴様」

「私は、キミ・ミズキ。…いいえ。天城美月（あまぎ みつき）。玲凰の妹『K. M.』として死んだはずの人間よ」

岩本は、言葉を失った。玲凰が光として愛し、失ったはずの妹が、今、玲凰の命を狙う最大の闇として、目の前に現れたのだ。