(岩本side)

真夜中の事務所の会議室。岩本照は、照明を落とした部屋で、阿部亮平と深澤辰哉と共に、情報分析用のホワイトボードを睨んでいた。

ホワイトボードには、複雑な相関図が描かれている。中心に「天城玲凰（デクレタ・ファトゥム）」、そして彼を狙う「レゲティム・ムンドゥス（世界の正統な後継者）」の文字が赤く記されていた。

目黒蓮と渡辺翔太が、玲凰の「表の管理人」である氷室に接触し、康二が光のメッセージを送った翌日。阿部の持つ裏のネットワークに、決定的な情報がもたらされた。

「ひかる、これを見て」

阿部が、タブレットの画面を岩本に見せた。そこには、ヨーロッパの裏のニュースサイトに掲載された、暗号めいたメッセージが映し出されていた。

『玉座は空位を望まない。偽りの秩序を築く**「影の光（シャドウ・ライト）」**を排除し、正統な血統による支配を確立する。そのために、**無垢な贄（いけにえ）**を捧げる。期日は、デクレタ・ファトゥムが自ら望む日をもって』

「『影の光』…これは玲凰のことだ。そして、『無垢な贄』ってのは…」

深澤が言葉を詰まらせた。

「おそらく、俺たちのことだよ、ふっか」岩本は、冷静に答えた。

「俺たちが玲凰に接触したことで、『レゲティム・ムンドゥス』は、俺たちを玲凰の弱点、あるいは協力者だと見なした。そして、玲凰が自死をもって世界の均衡を崩そうとする、そのタイミングで俺たちを排除することで、玲凰の計画を血で汚し、自分たちの正統性を確立しようとしているんだ」

阿部が補足した。「僕が調べたところ、彼らが玲凰の自死の『期日』に合わせて動くのは、その時が世界中のパワーバランスが最も不安定になり、裏社会での権力移行が容易になるからです。彼らは、俺たちを**『世界の秩序の再構築のための生贄』**にしようとしている」

岩重の拳が、テーブルの下で硬く握られた。彼は、この危険な探求に踏み込むことを許可した、リーダーとして、最大の責任を感じていた。

「俺は、ここで、最後の決断を下す」

岩本は、二人を見据えた。彼の瞳は、強い光を放っている。

「全員の安全を確保する。玲凰への接触は、一時停止だ」

「ひかる、待って！」深澤が即座に反対した。「翔太や目黒は、玲凰さんの心を動かし始めた。康二の光が届いたばかりなんだぞ！ここで引いたら、玲凰さんはそのまま死の道を進んでしまう！」

「だから、だ。ふっか」岩本は声を荒げた。

「俺たちは、玲凰を助けるために、俺たちの命を差し出すわけにはいかない！俺たちは、九人揃ってSnow Manなんだ。誰か一人でも欠けたら、俺たちの光は消える。ましてや、玲凰を救おうとして俺たちが死んだら、それは玲凰にとって、さらなる重荷になるだけだ」

「じゃあ、どうするんだよ！」

「**囮（おとり）**を使う」

岩本の言葉に、深澤と阿部は顔を見合わせた。

「俺が、単独で氷室に接触する。目黒と翔太が渡したカメラ、あれを返却するという名目で、再度アポイントを取る」

「危険すぎるよ、ひかる！」阿部が警告した。

「わかってる。だが、これが一番確実だ。俺が氷室と直接交渉し、**『我々は玲凰の死を望む勢力ではない。むしろ、アンチ勢力から玲凰を守る盾になる』**と伝える」

「そんなこと、氷室が信じるわけないだろ！」深澤が焦燥感を露わにした。

「いや、信じさせる」岩本は、決意の滲む顔で続けた。

「氷室は、玲凰の忠実な管理者だ。彼の最優先事項は、玲凰の安全と、彼の静かな『結末』を見届けることだ。しかし、アンチ勢力が動けば、玲凰は静かに死ねない。俺は氷室に、**『俺たちがアンチ勢力にとっての最高の目眩ましになる』**と提案する」

岩本の計画は、あまりにも無謀だった。彼が氷室と交渉している間に、裏社会のトップである玲凰を狙う『レゲティム・ムンドゥス』が、岩本を玲凰の協力者だと誤認し、攻撃を仕掛けてくる可能性は極めて高い。

「俺がアンチ勢力の第一の標的になれば、氷室は俺の安全を確保するために動かざるを得ない。その隙に、玲凰は安全な場所に移動する。そして、俺が囮になっている間に、お前たち残りのメンバーは、玲凰を助けるための最後の光を届けるんだ」

岩本は、阿部に指示を出した。

「阿部、お前は今すぐ、玲凰が以前所有していたという北欧の別荘の場所を特定しろ。康二が掴んだ『K. M.』のモチーフと関連があるはずだ。玲凰が**『生きたい』という感情を密かに残しているとしたら、それは『K. M.』との思い出の場所**だ」

「…わかった。すぐに北欧の美術品関連の機密情報を解析しとく」

そして、岩本は深澤に言った。

「ふっか。俺が交渉に出ている間、お前がリーダー代行だ。もし俺に何かあっても、お前は絶対動くな。他のメンバーに、俺の行動を悟らせるな。お前たち全員で、玲凰を北欧へ連れ出すための時間を稼げ」

深澤の瞳が揺れたが、岩本の決意の強さに、彼は何も言えなかった。

「わかったよ、ひかる。…必ず、九人で戻ってこいよ」

「ああ。もちろん」

岩本照は、これが、Snow Manのリーダーとして、そしてメンバーの**「父親役」として、グループの未来と、玲凰の命を賭けた最大の賭け**であることを理解していた。


翌日の夕方。

岩本照は、玲凰のマンションのエントランスに、一人で立っていた。ポケットには、目黒と翔太が置いてきた、古びたフィルムカメラが入っている。

インターホンを押すと、すぐに氷室の声が響いた。

「…貴方には、二度と来るなと申し上げたはずですが」

「私だ。Snow Manの岩本照。氷室さん、私は貴方と『レゲティム・ムンドゥス』について話がしたい。玲凰様の命を救うための、取引だ」

その言葉に、氷室の声が、一瞬で硬化した。

「何を、馬鹿な…」

「貴方の『真のオーナー』が静かに死ねるように、私が囮になる。私を信じるか、それともアンチ勢力に玲凰様を汚されるか、決めるのは貴方だ」

数秒の沈黙の後、氷室の冷たい声が響いた。

「…最上階へどうぞ。警護室で、天城様も交えてお話を伺いましょう」

（玲凰もいるのか…！）

岩本は、フィルムカメラを握りしめ、覚悟を決めた。

彼の足が、玲凰の「鉄壁の城」へ踏み入れた、その瞬間。

北欧の闇で動き出した**『レゲティム・ムンドゥス』**の暗殺者たちの影が、岩本の背後、そしてSnow Manのメンバーの周囲に、静かに迫っていた。リーダーの孤独な戦いが、今、始まった。