VOISINGファミリーが旅館の離れで星奈のケアを始めて三週間が経とうとしていた。他のメンバーたちが夕食後の後片付けや、翌日のスケジュール確認で賑わう中、すたぽらのReluとCoe.は、療養室の縁側で静かに彼女と向き合っていた。

この日、星奈は熱が少し上がり、疲労困憊の状態だった。元気な声を出すことも、明るい笑顔を作ることもできない。ただ、潮騒の音だけが、三人の間の沈黙を優しく満たしていた。

「星奈さん、無理に話さんくても大丈夫ですよ」Reluは、星奈のために用意した温かいハーブティーをそっと手渡した。「自分たちはただ、ここに座って、潮の音を聞いているだけでいいんです」

星奈は、Reluの静かで包容力のある声に、深呼吸するように頷いた。彼の存在は、激しい感情の波に揺れる星奈の心を、湖のように静かにしてくれる力があった。

Coe.は、縁側の床に小さなスケッチブックを広げていた。彼は、絵筆を握る代わりに、色鉛筆を手に取り、繊細な色合いを試していた。

「あの…星奈さん。もし、体力が少しでも残っていたらで良いんですけど」Coe.が静かに言った。「次の合同ライブで、ファンの方に配る小さな**『友情の証（アミュレット）』**を考えていて。VOISINGファミリー全員の、新しいシンボルになるような」



星奈は、Coe.のスケッチブックを覗き込んだ。そこには、23色のグループカラーが複雑に絡み合ったデザインが描かれていたが、どれもどこかバラバラに見えた。

「難しいですね…23色を一つに調和させるなんて」Coe.は困ったように微笑んだ。「特に、僕たちの『赤』、Reluさんの『水色』、そして星奈さんの『黄』。この三原色が、家族の基礎だと思うんですけど、混ぜると濁ってしまう」

Reluは、Coe.の隣に座り、星奈に語りかけた。
「僕たちの音楽も同じです。それぞれの個性を強く出すと、衝突してしまう。でも、その衝突の先にこそ、誰も到達できない調和がある。星奈さんの音楽が、まさにそうでした」

星奈は、弱々しいながらも、強い目でCoe.のスケッチを見た。
「濁らせないで、重ねればいいんだよ。…Coe.くん、あの…水彩画の技法で、透明な色を何層も重ねて、深い色を出す手法があるよね？」

Coe.はハッとした。「透明水彩…そうか！星奈さんの『黄』は、透明で一番強い光の色。それを、僕たちの『水色』や『赤』の上に、光の層として重ねれば、濁らずに、逆に全ての色を輝かせることができる！」

Reluは静かに目を開いた。
「まさに。星奈さん、あなたの存在は、僕たちVOISINGファミリー全体を照らす、羅針盤なんです。あなたは、僕たちを導く青い龍（クリエイター）でありながら、僕たちを温める太陽（家族）でもある」

彼らは、星奈の病状や残された時間に触れることなく、ただ彼女の**「才能」と「魂」**が、いかに未来永劫、彼らの活動にとって不可欠であるかを、静かに、優しく、語り続けた。



Reluは、タブレットを取り出すと、星奈が以前作成したピアノのデモ音源をもう一度再生した。それは、星奈が「愛されたい」という孤独な願いを込めて作った、誰にも聞かせたことのないメロディだった。

「この旋律は、本当に優しい」Reluは目を閉じて音に耳を傾けた。「この音源を聞くたびに、星奈さんがどれほど繊細で、どれほど大きな愛を持っていたのかがわかる。自分たちは、この魂を絶対に途切れさせません」

「ね、星奈さん」Coe.は、星奈の手に小さなスケッチブックを握らせた。「このスケッチブック、よかったら使ってください。この病室で、あなたが感じたこと、見たもの、聞かせたい歌。なんでもいいから、残してください。僕たちが、それを**『未来の歌』**にしてみせるから」

それは、「早く治して」というプレッシャーでも、「頑張って」という無責任な激励でもなかった。それは、**「あなたの存在は永遠に必要だ」**という、クリエイターとしての純粋な敬意と、家族としての深い信頼だった。

星奈は、言葉を発することができず、ただ涙を流した。その涙は、苦しみではなく、心からの感謝と、生まれて初めて感じた「居場所」の安堵の涙だった。

「Reluくん…Coe.くん…」星奈は絞り出すような声で言った。「ありがとう。私、みんなの…羅針盤になれて、本当に幸せだよ…」

彼女は、Coe.から受け取ったスケッチブックを抱きしめた。その夜、彼女は再びペンを握り、自分の命が尽きるその瞬間まで、23人の家族へ送る最後のメッセージと、**『青龍の協奏曲（コンチェルト）』**の最終的な歌詞を、静かに書き始めたのだった。