潮騒の音が、微かに聞こえる。ここは、海辺にある小さな療養室。カーテンの隙間からは、夕暮れの名残のような、優しい光が差し込んでいた。私の傍には、悠佑くんと初兎くんが、静かに付き添ってくれている。彼らの疲労困憊の顔を見るたびに、胸が痛んだ。この痛みが、もうすぐ終わるのだという事実に、私は静かな安堵を感じていた。

息を吸うのが、苦しい。心臓が、まるでガラスのように脆くなっているのがわかる。半年という余命は、予定よりもずっと早く、終焉を迎えようとしていた。

その時、悠佑くんがそっと、小さなスピーカーを枕元に置いた。
「星奈。今、ライブが始まったで。これは、LANがセキュリティをくぐり抜けてくれた、特別回線。音が小さくてごめん。でも…みんなの歌、届くからね」

その言葉と同時に、遠く、しかし確かに、五万人の歓声が耳に届いた。そして、りうらくん、ないこくん、すちくん、暇72くん…みんなの、命を燃やすような歌声が、海風に乗って私の病室に流れ込んできた。

私は、微かに微笑んだ。みんな、泣いていない。最高の笑顔で、約束通り、最高のパフォーマンスをしてくれている。



メドレーが流れ、クロノヴァのパートになった。かなめくんとALKHEくんが、魂をぶつけ合うようなシャウト。彼らの過去の「対立」のコンセプトは、今、愛と協調のハーモニーへと昇華されていた。

—私が、こんなに優しい人たちの、大切なコンセプトを一時的に壊してしまった。私のために、みんなの人生を狂わせてしまった。

かつての罪悪感が、最後に私の心を締め付けようとする。しかし、その時、歌声が私に語りかける。

「過去と未来の交差点で、君の光を見つけた。その旋律は、時を超えて…」

これは、合同楽曲『青龍の協奏曲（コンチェルト）』の歌詞の一部だ。みんなは、私が感じていた孤独や絶望、そして過去の出来事を、もう「過去」として、許してくれている。彼らは、絶望を愛で塗りつぶし、私の存在を未来に繋ごうとしてくれている。

これが、私が最後に理解した**「時の反転」**の意味だった。時を巻き戻すのではなく、未来から過去の絶望を愛の力で上書きすること。



そして、ライブ前半のクライマックス、私の歌**『青い旋律 (Blue Melody)』**が始まった。録音された私の歌声がドームに響き渡る。その音源は、もう二度と録音できない、私自身の最後の魂の叫びだった。

歌声が流れる中、私は目を閉じた。私の歌に、23人のコーラスが重なる。まるで、23人が私を抱きしめ、天へと押し上げてくれているようだ。

—ああ、私、本当に愛されていたんだ。

体調が悪いと嘘をついて、冷たいスタッフの暴言に耐え、誰にも迷惑をかけないよう、一人で全てを背負い込もうとした、あの孤独な日々。あの時の痛みは、もう遠い。りうらくんが棺に入れてくれた、あの黄色いノートに書き記した全ての苦しみも、この歌声の中で溶けていく。

私の最後の願いは、みんなの笑顔を見ることだった。そして、みんなは、私の命が尽きるその瞬間まで、その願いを叶えようとしてくれている。

「ありがとう…みんな。私を、最高のクリエイターにしてくれて…私を、家族にしてくれて…」

私の喉から出る声は、もうただの息の音だったが、悠佑くんと初兎くんは、そっと私の手を握ってくれた。彼らの手の温かさが、私の命の灯火を、最後の瞬間まで支えてくれた。

私は、この瞬間、この歌声の中で、孤独だった「青龍星奈」ではなく、「みんなの家族」である「星奈」として、静かに満たされていた。