十五分間の休憩が終わり、再び「希望のドーム」の照明が落ちた。ドーム内の熱気は冷めることなく、むしろ後半への期待と、運命的な瞬間が近づいている予感で、空気がビリビリと震えていた。

舞台袖で待機する23人のメンバーは、前半の激情的なパフォーマンスによって感情の波を一度落ち着かせ、今は静かな決意に満ちていた。特に、後半のクライマックスで最後のメッセージを読み上げる大役を担ういれいすのないこの表情は、石のように硬かった。

「後半、行くぞ。笑顔を忘れるな」

いれいすの悠佑は、星奈の療養に最も長く携わった一人として、このステージを星奈の最期の瞬間と重ねてしまわないよう、必死で自分を律していた。彼の心の奥底には、星奈が教えてくれた「光」を絶対に消してはいけないという強い義務感があった。

後半は、シクフォニのすちとLANによる、感情を揺さぶる美しいバラードから始まった。

すちは、星奈に託されたメッセージを代筆した一人であり、その歌声には、抑えきれない悲しみがにじんでいた。しかし、それは絶望ではなく、星奈の存在への感謝と、彼女の残した温かい記憶を大切にするという決意の歌声だった。

観客は、前半の勢いとは異なる、静かに涙を流す時間が与えられた。ドーム全体が、一つとなって星奈の運命を共有しているような感覚に包まれた。



そして、ついにその時が来た。

ドームの照明が一斉に、星奈のメンバーカラーである鮮やかな黄色に染まった。ステージ中央には、かなめとALKHEがデザインした、青龍の鱗のような光を放つ巨大な三角形のオブジェが浮かび上がる。

23人のメンバー全員が、ステージ上の定位置に立った。VOISING、シクフォニの垣根はなく、彼らは純粋に「星奈の家族」として、横一列に並んだ。

「この曲は…俺たち23人、そして、この会場にいる皆さん、そして…空を見上げる一人の大切な家族へ贈る、青龍星奈のための協奏曲です」

クロノヴァのかなめが、静かに曲紹介をした。

イントロの、壮大で希望に満ちたオーケストレーションが鳴り響く。合同楽曲**『青龍の協奏曲（コンチェルト）』**の始まりだ。

りうらと暇72のツインボーカルで、歌が始まる。二人の声は、まるで青い龍とオレンジ色の炎が天空で交錯するかのように、力強く、そして美しく重なり合った。

「過去と未来の交差点で、君の光を見つけた。その旋律は、時を超えて…」

すたぽらのCoe.とくには、メインステージから延びる花道へと走り出し、観客の近くで、希望に満ちた笑顔を振りまいた。彼らは、星奈が最も愛した、ファンへの感謝を体現していた。

楽曲のクライマックス、いれいす全員とシクフォニ全員が、ステージ中央に集結した。

「命が尽きても、この歌は終わらない！」ないことLANのシャウトが、ドームを揺らした。

23人の歌声が、一つの巨大な「魂」となって、ドームの屋根を突き破り、夜空へと昇っていく。それは、悲しみを完全に乗り越え、星奈の命を永遠のものにするという、彼らの強い意志の表明だった。



曲が終わり、再び静寂が訪れる。

23人は、息一つ乱さず、しかし、その瞳には光るものが浮かんでいた。

ステージ中央に、ないこが一人、マイクスタンドの前に立った。彼は手に、前夜に読み上げた星奈のメッセージが書かれた便箋を持っていた。

「みんな、聴いてくれてありがとう」ないこは、声が震えないよう、深く息を吐き出した。「ここからは、青龍星奈から、俺たち23人、そして、ここにいる全ての皆さんへ向けた、最後の、そして最も大切なメッセージです」

ないこは、涙をこらえながら、星奈の言葉を読み始めた。

「みんなが私を許し、愛してくれたこと。それは、私にとって奇跡でした。私は、みんなの優しさに包まれて、死ぬことが怖くなくなりました。」

ドーム全体が、嗚咽の海と化す。黄色いペンライトの光が、揺れ、震え、星奈の命の炎のように瞬いていた。

「だから、悲しまないで。私は、みんなの心の中で、そして、みんなが歌い続ける歌の中で、永遠に生きています。」

「愛を込めて、ありがとう。私の、大切な…家族へ」

ないこは、最後の言葉を絞り出すと、便箋を胸に抱きしめた。その瞬間、ドームの全ての照明が、ゆっくりと消えていった。





その時、海辺の療養室では、星奈の傍に付き添っていた悠佑といれいすの初兎が、異変に気づいた。

「悠くん…」初兎が、静かに悠佑の袖を引いた。「星奈の、呼吸が…」

星奈の胸の上下が、極めて静かになっていた。そして、つけていた酸素マスクの横から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、彼女の最後の笑顔のようにも見えた。

悠佑が、震える手で星奈の脈を測る。そして、静かに、顔を上げた。

「……初兎。星奈は…旅立ったよ」


（場面転換：希望のドーム）

ドームは完全な闇に包まれていた。五万人の観客は、ただ静かに、星奈の言葉を反芻していた。

そして、その闇の中で、ステージ中央の、星奈の空席を照らしていた黄色いスポットライトが、最後の力を振り絞るかのように、一瞬だけ強く、強く輝いた。

りうらは、その光が消えた瞬間、目を見開いた。彼は、それが星奈からの最後の別れの合図だと、本能的に理解した。

「星奈…！」

りうらの叫び声は、ドームの静寂を破った。



闇の中で、ALKHEが、静かに声を上げた。彼の声は、マイクを通し、ドーム全体に、まるで雷鳴のように響き渡った。

「泣くな！星奈の願いを、忘れるな！」

ALKHEは、涙を流す代わりに、ポケットから星奈が最後にレコーディングした楽曲のUSBメモリーを取り出し、それを強く握りしめた。彼は、星奈の魂が、今、彼らの歌の中に生きていることを知っていた。

そして、ドームの照明が、ゆっくりと23人のメンバーカラーに色づき始めた。黄色い光は、もうない。しかし、その光は、他の23色の光の中に溶け込み、全ての色を暖かく、優しく輝かせていた。

シクフォニのみことが、空席に向かって手を伸ばした。

「星奈ちゃん！俺たちは、約束する！お前の歌を、永遠に、空に響かせる！」

23人全員が、ステージ上で一斉に、星奈の最後の言葉を繰り返した。

「俺たちは、永遠に、家族だ！」

そして、彼らは、涙を完全に拭い去り、ライブ最後の曲を歌い始めた。それは、悲しみではなく、未来への希望を歌った、力強い楽曲だった。星奈の黄色い光は消えたが、彼女の残した愛と旋律は、23人の心の中に、そして歌声の中に、永遠に響き続けることを証明するステージだった。

夜空を見上げると、ドームの屋根を越えた空に、一つだけ、ひときわ明るく輝く星があった。それは、星奈が約束した、青龍星奈という名の永遠の光だった。