『イエロー・メモリアル・ライブ』前夜。「希望のドーム」は静まり返り、ステージの照明は全て落とされていた。その静寂とは裏腹に、VOISINGとシクフォニの23人の心臓は、激しく、しかし重く打ち鳴らされていた。

彼らは、海辺の旅館の奥にある、星奈の療養室に集まっていた。星奈は深く静かな眠りについており、その呼吸は以前にも増してか細くなっていた。誰もがその小さな命の灯が、今にも消え入ってしまうのではないかという恐怖に耐えていた。


この夜、彼らが果たすべき最後の準備は、物理的なものではなかった。それは、星奈がIfとすちに託した、**「23人への最後のメッセージ」**を読み上げることだった。



療養室の隣にある小さなリビングに、23人が集まった。皆、ライブ衣装ではなく私服姿で、普段の賑やかさとはかけ離れた、重苦しい空気に包まれていた。

いれいすのIfが、星奈から預かった数枚の便箋を、震える手で開いた。彼の隣には、シクフォニのすちが、顔を伏せて座っていた。二人とも、このメッセージを代筆した時の星奈の切ない笑顔が忘れられず、読む前から涙が溢れそうになっていた。

「…読むな？」Ifが、一度大きく息を吸い込み、星奈の言葉を代弁し始めた。

「親愛なる、私の大切な家族たちへ。」

その最初の言葉だけで、数人のメンバーが静かに泣き始めた。いれいすの**-hotoke-**は、声を押し殺し、こみ上げる嗚咽を飲み込んだ。

「この手紙をみんなが読んでいるということは、もうすぐ、私がみんなのそばからいなくなってしまうということでしょう。ごめんなさい。そして、ありがとう。」

「私がVOISINGから逃げ出したあの時、私は本当に独りでした。病気の恐怖と、みんなに信じてもらえなかった絶望で、心も体も壊れていました。でも、シクフォニの優しさに救われ、そして、みんなの心からの謝罪と、溢れるほどの愛に包まれて、私は半年という残りの時間を、世界で一番の宝物に変えることができました。」

シクフォニのみことといるまは、声を殺して泣いていた。自分たちが星奈の命を救うことはできなくても、彼女の魂を救えたという事実に、感謝の念を抱いていた。



メッセージの後半は、星奈の強い願いが込められていた。

「みんなが私を信じられなかった時間。それは、私にとって地獄でした。でも、どうか、もうそのことを悔やみ続けないで。私は、みんなを許しています。そして、みんなの歌を聴いて、私は本当に幸せでした。」

「だから、私の最後の願いです。明日、みんなが立つ『希望のドーム』は、私にとっての永遠の光です。ドームで流す涙は、悲しみの涙ではなく、私との別れを祝福する、希望の涙であってほしい。」

「私が死んだ後、みんなが約束してくれた*『家族』**という関係を、決して終わらせないでください。いれいす、すたぽら、クロノヴァ、そしてシクフォニ。グループの垣根なんて、私を愛してくれたみんなには、もう必要ありません。みんなで助け合い、笑い合い、そして、**私の歌を、私の分まで歌い続けてください。**それが、私にとって最高の供養です。*」

「私は、みんなの心の中に、そして空に浮かぶ一番星になって、ずっとみんなを見守っています。だから、明日、最高の笑顔で私を送り出してね。愛を込めて。青龍星奈より。」

読み終えた瞬間、リビングには激しいすすり泣きが響き渡った。すたぽらの如月ゆうとReluは、声を上げて泣き崩れた。彼らの心は、星奈の無償の愛と赦しによって、完全に浄化された。



その夜、誰も眠ろうとしなかった。各グループのリーダーたちは、海辺に出て、星奈の願いをどう実現するか、静かに語り合った。

クロノヴァのALKHEは、波打ち際に立ち、強く拳を握りしめた。「星奈は、俺たちに**『家族』**になれと命じたんだ。明日、俺たちはグループの壁を破壊し、23人で一つの大きな家族として、最高のステージを見せる」

暇72は、静かにALKHEの隣に立った。「俺たちシクフォニは、VOISINGの外の存在かもしれない。でも、星奈を愛する気持ちは同じだ。明日、俺たちはVOISINGのバックアップなんかじゃない。星奈の家族として、正面からステージに立つ」

いれいすのないこは、彼らの言葉を力強く受け止めた。「わかった。ステージ構成を最終変更する。合同楽曲は、VOISINGとシクフォニの区別なく、23人全員で歌い上げる形で、最後の星奈のメッセージを朗読する。これは、星奈の愛に応える、俺たちの決意のステージだ」



夜が明け始めた。オレンジ色の光が水平線に広がり、それは星奈のメンバーカラーである黄色にも似た、温かい色だった。

23人は、リハーサルの時とは違う、落ち着いた、研ぎ澄まされた表情で、ドームへ向かう準備を始めた。彼らの胸には、悲しみではなく、星奈からもらった愛と、彼女の最後の願いを背負う、プロとしての誇りが宿っていた。

出発前、全員が再び星奈の療養室に入った。星奈は、変わらず深く眠っている。

いれいすのりうらが、星奈の手を握り、静かに言った。「星奈。行ってくるよ。最高のステージを、俺たちの家族で作り上げる。だから、見ててくれ。俺たちの歌を、空で聴いていてくれ」

彼らは、静かに療養室を後にした。残された時間は、もう数時間。星奈の生命の炎と、23人の夢を乗せた、運命のライブの日が、ついに幕を開けるのだった。