コテージの別棟にある緊急医療スペースに、星奈が運び込まれてから、数時間が経過していた。一時は激しい苦痛に顔を歪ませていた星奈は、医療チームの迅速な処置により、今は穏やかな眠りについている。

医療スペースの前には、シクフォニの雨乃こさめとすたぽらのReluが付きっきりで監視を続けていた。他の21人は、メインコテージのリビングで、重苦しい沈黙の中にいた。誰もが、楽しい時間の直後に突きつけられた現実の残酷さに、言葉を失っていた。

いれいすの**-hotoke-**が、絞り出すように言った。「楽しければ、病気なんて治っちゃうんじゃないかって、どこかで期待してたんだ…僕たち、馬鹿だよね」

いれいすのIfは、悔しそうに窓の外を見つめた。「馬鹿だよ。でも、その馬鹿な希望に賭けることしか、俺たちにはもう残されていないんだ」

その中で、クロノヴァのリーダーであるかなめとALKHEは、特に複雑な感情を抱えていた。彼らのグループコンセプトは**「対立」**。ライバルとして切磋琢磨する、という設定は、彼らが佐倉の嘘を容易に信じてしまった一因でもあった。

「俺たちが、星奈に一番ひどい態度を取ってしまったのかもしれない」と、かなめが静かに呟いた。

「いや、違う」ALKHEが立ち上がった。「俺たちは、対立という建前があったから、部外者である星奈の孤独に、一番無関心でいられたんだ」

ALKHEは、かなめを促し、夜の湖畔へと足を踏み出した。警備チームは彼らの会話を邪魔しないよう、あえて距離を取る。


湖畔のデッキは、先ほどまで楽しかったムービー上映の機材が片付けられ、静まり返っていた。二人のリーダーは、夜の湖面をただ見つめた。

「俺たちのグループ名、『Chrono▷◀Reverse（クロノヴァ）』。時を覆す、という意味だ」ALKHEが、重い口を開いた。

「ああ。俺とALKHEが、白と黒、赤と緑、正義と正義で対立し、競い合って界隈の常識を覆す。それがコンセプトだった」かなめが応じた。

「でも、俺たちが本当に覆すべきだったのは、俺たち自身の傲慢さだった」ALKHEは、深く息を吐き出した。「俺たちは内部の競争に夢中で、星奈が外で苦しんでいることに気づかなかった。いや、気づこうともしなかった。佐倉の嘘は、俺たちの**『対立』**という盾にとって、あまりにも都合の良い真実だったんだ」

彼らが競い合うべきだった「常識」とは、まさしく**「孤独な才能を虐げる業界の暗黙のルール」**だった。しかし彼らは、その常識に加担し、星奈を最も追い詰めてしまった。

かなめは、湖畔の冷たい風を全身に浴びた。「俺は白組のリーダーとして、**『正義』を掲げた。だが、俺たちの正義は、自分たちの枠の中にしか適用されなかった。星奈の存在は、俺たちにとって『競争とは無関係の、どうでもいいノイズ』**だったんだ」

「その『ノイズ』が、今、死を目前にしている」ALKHEが、感情を抑えながら言った。「俺たちのグループコンセプトを、今こそ本当に**『リバース（反転）』**させる時だ」

「リバース、か」かなめは、はっきりとした声で続けた。「もう、白組も黒組もない。VOISINGもシクフォニもない。俺たちが今、共有すべき**『正義』**は、青龍星奈を最期まで笑顔にすることだ。俺たちの『対立』は、彼女の命を支える『協調』へと変わる」

赤と緑の二つの光が、夜の闇の中で強く交差した。クロノヴァの二人のリーダーの間のわだかまりと、グループ間の壁が完全に崩壊した瞬間だった。彼らの間には、もはやライバル心ではなく、星奈を愛し、守り抜くという強固な使命感だけが残った。


翌朝、星奈の体調は奇跡的に安定していた。医療スペースからリビングへ戻った星奈の元へ、メンバーたちが次々と集まる。

「星奈、無理しちゃあかんからな！」いれいすの悠佑が、心配で涙目になっている。

シクフォニのみことが、星奈のために温かいココアを用意した。「大丈夫やで、星奈ちゃん。もう体調は万全やで。無理せず、次は何をしたいか、教えてほしいな」

星奈は、23人の顔を見回し、ゆっくりと微笑んだ。

「ありがとう。みんなの笑顔を見たら、元気になっちゃった。あのね、次の願いは…」

星奈は、自分のノートを広げた。そこに書かれていたのは、シンプルな願いだった。

『みんなで、一つになって、歌ってほしい』

「ソロ活動をしている私を支えてくれた23人が、グループの垣根とか、白組と黒組の対立とか、そういうのを全部忘れて、一つの大きなユニットとして歌っているところを見てみたいの」

その願いは、前夜のかなめとALKHEの誓いを、そのまま体現するものだった。

いれいすのないこが、すぐに答えた。「分かった。星奈。俺たち全員で、VOISINGとシクフォニの垣根を越えた、23人だけの特別なユニットを結成する。そして、君のために、最高の歌を届けるよ」

その場にいた全員が、その決意を共有した。星奈の残り少ない命が、皮肉にも、彼ら全員を一つの家族として結びつけたのだ。

「最高の思い出を作ろうね、星奈ちゃん」すたぽらのCoe.が、優しく星奈の肩を抱いた。

23人の歌い手たちは、星奈の願いを叶えるため、コテージでの旅を終え、次なる壮大なプロジェクト、**『23人合同楽曲制作とライブイベント』**の準備へと動き出すのだった。