海辺の小さな旅館、夜。暇72は、旅館の部屋の隅で、久しぶりに電源を入れた業務用スマホを見つめていた。画面には、VOISINGのリーダーたち、ないこ、Coe.、かなめ、ALKHEの連名で送られてきた、異様なほど長いメッセージが表示されていた。

メッセージは、佐倉による虚偽報告の経緯、星奈の黄色いノートから知った絶望、そしてReluの推理によるシクフォニへの助けの求めが、正直かつ切実に綴られていた。彼らの後悔と、星奈の安全を最優先したいという願いが、行間から溢れ出ていた。

暇72はメッセージを読み終えると、深く息を吐いた。彼の隣でいるまが心配そうに覗き込む。

「おい、なつ、これ…本当にVOISINGの連中からのメッセージか？こんなに謙虚な文章、見たことねぇ」

「本物だ。これは、後悔と罪悪感に苛まれている人間の、魂の叫びだ」暇72は静かに答えた。「彼らは、星奈が何で姿を消したのか、そして、どれほど酷い仕打ちをしたのか、やっと理解したんだ」

シクフォニのメンバー全員がメッセージを読み終え、議論を始めた。

みことが強い口調で言った。「彼らを信じるわけにはいかない！散々星奈ちゃんを苦しめておいて、今さら謝罪なんて。星奈ちゃんは、もう彼らの顔を見たくないはずだ」

雨乃こさめが冷静に返す。「気持ちはわかるけど、彼らは佐倉を追放し、真実を掴んだ。そして、星奈ちゃんの居場所を知りたいのは、監視のためじゃない。残り半年の命を知っているからだ。彼らにも、謝罪して、最後を共に過ごす権利があるんじゃないのかな？」

議論の末、暇72は結論を出した。

「会わせる。ただし、条件付きだ。まず、星奈の病状については絶対に伏せておく。そして、彼らには、謝罪と真実の報告以外の目的がないことを誓約してもらう。交渉は、俺といるま、LANの三人で行う。星奈を連れて行くわけにはいかない」


翌日、暇72、いるま、LANの三人は、VOISINGのメンバーとの交渉のため、旅館から少し離れた小さな港に面したカフェへと向かった。

対面したのは、VOISINGを代表して、ないこ、ALKHE、Coe.、そしてReluの四人。テーブルについた瞬間から、張り詰めた空気が漂った。

「暇72さん、ご足労いただきありがとうございます」ないこが頭を下げる。彼の顔には、疲労と心からの後悔が刻まれていた。

「座ってください」暇72は冷たく言い放った。「時間がない。早速本題に入る。星奈は、今、俺たちシクフォニが責任を持って保護している。体調は…決して良いとは言えないが、命に別状はない」

その言葉に、VOISINGの四人は安堵の息を漏らしたが、すぐさま緊張が戻った。

「彼女は、あなたたちに会うことを極度に恐れている」いるまが続けた。「だから、まず聞きたい。お前たちが星奈に会いたい目的は何だ？」

ALKHEは、静かに、だが強い決意を込めて答えた。「俺たちの過ちを、心から謝罪したい。そして、彼女がVOISINGを離れた本当の理由を知りたい。佐倉を追放した証拠は全て揃っている。だが、彼女が受けた心の傷を癒やし、残された時間を穏やかに過ごせるように、俺たちが出来る限りの協力をしたい」

Reluが、さらに畳み掛ける。「星奈が海洋生物学の本を申し込んでいたこと、シクフォニが海辺に縁があることから、あなたたちを頼ったと推理しました。自分たちは、もう二度と彼女を傷つけないことを誓います。ただ、彼女がどこにいるか、元気かどうかだけでも…」

暇72は、彼らの目の奥に、嘘偽りのない切実な光を見た。特に、星奈に冷たく当たったALKHEとReluの表情の痛みは、本物だと感じた。

「わかった。信じる。ただし、お前たちの目的が、星奈をVOISINGに戻すことや、彼女のプライベートを侵害することであれば、容赦なく関係を断ち切らせてもらう」

暇72は一つの条件を突きつけた。「星奈にあなたたちのメッセージと、謝罪の意志を伝えます。そして、彼女が『会ってもいい』と許可を出した場合のみ、面会を許可する。それまでは、居場所を教えることはできない」

ないこは迷うことなく頷いた。「わかりました。それが星奈にとって一番いい方法です。俺たちから連絡することはしない。暇72さんからの連絡を待ちます」


交渉を終えたシクフォニの三人が旅館に戻る途中、LANがふと立ち止まった。

「なつ、今、この道の途中にあった廃墟のガソリンスタンド。そこに止まっていた黒いワゴン車…あれ、VOISINGのスタッフが使ってた車じゃないか？」

暇72の表情が険しくなった。「まさか、佐倉が追放された後も、まだ誰か残っているのか…？」

彼らは、VOISINGが佐倉を追放したことで安心しきっていたが、佐倉の悪意は、すでに組織の隅々まで根を張り、監視の目を仕掛けていたのかもしれない。

旅館に戻った暇72は、星奈にVOISING 17人からのメッセージを伝えた。メッセージは、後悔の念と、佐倉追放の報告、そして「心から謝りたい」というシンプルな言葉だけだった。

「星奈、どうする？無理に会う必要はない。拒否してもいいんだ」

星奈はメッセージを読み、静かに顔を上げた。彼女の頬は、微かに赤みを帯びていた。

「…会いたくない。会ったら、また、あの時のことを思い出して、心が壊れそうになる。でも…」

彼女の言葉が途切れると同時に、突然、激しい咳込みが彼女を襲った。こさめが慌てて背中をさすると、星奈の口から、鮮血が滲み出ていた。

「星奈ちゃん！？」こさめが叫ぶ。

「大丈夫…ごめん、なさい…」星奈は苦しそうに呼吸を整えた。

暇72は、彼女の病状が想像以上に進行していることを悟った。もう、悠長に待っている時間はない。彼らの交渉は成功したが、星奈に残された時間は、刻一刻と短くなっていた。