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《Relu視点》
夜明け前の街は、息を潜めたように静かだった。
遠くで聞こえるトラックのエンジン音が低く響き、すぐに闇に溶けていく。アスファルトの上には夜露が光り、街灯に照らされて白い息のようにかすかに揺れていた。
ベッドの上で、Reluは静かに目を開けていた。
重たい瞼の裏には、夢とも現実ともつかない残像が揺れている。胸の奥に沈み込む痛みは、もう日常の一部になってしまった。抗う力は残っていない。けれど、その傍らで眠る二人の気配が、彼を最後までこの世界に繋ぎ止めていた。
藍は窓際側で、静かに眠っている。眠りは浅いのか、時折眉を寄せて寝返りを打ち、小さな吐息を漏らしていた。光の少ない部屋の中でも、彼の横顔ははっきりと浮かび上がる。どこか緊張を解かないその寝姿に、Reluは心の中で「ありがとう」とつぶやいた。
反対側には星奈がいる。彼女はReluの手を握ったまま眠りについていた。細くて柔らかい手のひらが、確かに温もりを伝えてくれる。かじかんだ自分の指先を、まるで必死に温めてくれているように。彼女の寝息はかすかで、胸の上下もゆったりとしている。その穏やかな気配に包まれるたび、Reluはようやく呼吸を整えることができた。
――生きている。
この二人がいてくれるだけで、そう実感できる。
目を横に移すと、机の上がぼんやりと見えた。スタンドライトの下には、散らかったままの譜面が広がっている。書きかけの鉛筆の線、何度も消した跡、そして言葉を探しては丸めた紙くずが足元にまで転がっていた。
隣にはいくつもの封筒。LANへ、Coe.へ、ないこへ、ARKHEへ……。仲間たち一人ひとりの名前を書いた手紙。短くも誠実に、最後に伝えたい言葉を綴った。震える手で文字を書き連ねながら、何度も涙でにじませてしまったけれど、それでもすべてを書ききった。
その横には録音機材。そこには、自分の声が残っている。
かすれ、震え、息を継ぎながら、それでも必死に絞り出した言葉たち。
「ありがとう」「ごめん」「大好きや」――。
声の合間に混じる呼吸音さえ、いまの自分そのものだった。
Reluはかすかに口元をゆるめた。
「……これで、最後の準備はできた」
譜面の端に手を伸ばす。鉛筆の黒い線を指でなぞると、サビの部分だけ空白が目立った。どうしても言葉が見つからず、何度も書き直した跡が残っている。完璧ではない。だけど、そこに込めた気持ちだけは揺らぎなかった。
小さく、かすれる声で呟いた。
「みんな……いつかわかってくれたらええな……」
目を閉じると、浮かんでくるのは仲間たちの顔だ。
Coe.の真剣な眼差し。あの年齢で、背負いすぎるほどリーダーであろうとする姿。LANの熱い声。努力でここまで登りつめた彼の真摯さ。ないこの優しい笑み。誰よりも周りを気にかけ、まとめようとする姿勢。ARKHEのぶっきらぼうな気遣い。照れ隠しでしか伝えられない優しさ。
彼らと過ごした時間は、眩しかった。
ライブステージの光、客席からの歓声、画面越しの拍手やコメント。あの瞬間、間違いなく自分は「生きている」と感じた。心臓が早鐘を打ち、血が熱く流れて、存在そのものが音楽に溶けるような瞬間。忘れることなんてできない。
だが、余命一年と告げられたあの日から、時間は別の速度で流れ始めた。
医師の淡々とした声、無機質な病室の匂い。
――あなたの身体は、もう長くはもたない。
あの日、すべてが変わった。
仲間の笑顔を見るのがつらくなった。未来の話を聞くたび、胸の奥が裂かれるように痛んだ。だからこそ決めたのだ。藍と星奈の二人にだけ真実を打ち明け、他の仲間からは嫌われるように振る舞うことを。彼らに本当のことを知られる前に、姿を消すことを。
――守りたかった。
最後の瞬間まで、夢や希望を信じてほしかった。
「Relu」という存在に縛られるのではなく、自分たち自身の光を探してほしかった。
窓の外から風が吹き、街灯がわずかに揺れる。
遠くで鳥の声が一度だけ響き、すぐに静けさに飲み込まれた。
胸の中で、彼は言葉にならない祈りを繰り返した。
――ありがとう。ごめん。そして、さようなら。
ふいに、指先が譜面の上で止まる。
そこに記された未完成の歌詞が目に入る。
君の笑顔が 僕の光で
君の涙が 僕の願いで
この声は 届かなくても
想いだけは 消えはしない
「君を守るために 僕は選んだ」
その続きの言葉が、どうしても見つからなかった。
Reluは小さく笑い、かすれた声で口ずさんだ。
「君を……守るために……僕は……選んだんだ……」
声は震え、今にも途切れそうだった。それでも、藍と星奈が聞けば、必ず伝わると信じていた。
手の中の温もりを確かめる。星奈の指が小さく動き、握り返してくれる。眠りの中でも、彼を離さない。藍の寝息も、どこか緊張に満ちている。二人はきっと気づいている。今夜が最後かもしれないことを。
だからこそ、Reluは静かに目を閉じた。
残された時間はあとわずか。
そのすべてを、二人と共に――。
《藍・星奈視点》
窓の外がわずかに白んできた。
夜明け前の静けさはそのままに、街灯の光が徐々に薄れていく。部屋の中には冷たい空気が漂い、息をするたびに胸の奥がざらつくような痛みを覚えた。
藍は椅子に腰をかけ、窓越しに空を見上げていた。黒から青へ、青から白へ――少しずつ移り変わるそのグラデーションを、まるで時間の残酷さを刻む砂時計のように感じていた。
「……Relu、もう少しだけ耐えてくれ」
小さくつぶやいた声は、自分に言い聞かせているようでもあった。
夜の間、藍は何度も彼の額に手を当て、体温を確かめていた。熱は高くない。むしろ冷えている。呼吸は浅く、弱々しい。星奈が握る手がなければ、その温度さえ逃げてしまいそうだった。
星奈はベッドの傍らに座り、Reluの手を両手で包み込むように握っている。彼の指先は細く、力なく横たわっている。それでも確かに「生きている」と伝えてくる温もりがそこにはあった。
星奈は微笑みを作り、震える声で話しかけた。
「Relu……無理しなくていいよ。私たちがいるから」
閉じたままの瞼がかすかに揺れ、彼は小さく笑みを浮かべた。声にならないけれど、その笑顔だけで十分だった。
星奈は思わず涙がこぼれそうになり、ぐっと唇を噛みしめる。
泣いてはいけない。彼の前では。最後の時間を、悲しみではなく安らぎで満たしたい。
藍もまた、星奈の横顔を見て強く頷いた。
「俺らがいる。最後までな」
二人の視線が交わり、言葉を交わさなくても決意は一つだった。
机の上に散らばる手紙と録音データ。
藍はその一つひとつに目を落とし、胸が締めつけられる思いだった。そこには、仲間たちへの感謝と謝罪が刻まれている。まっすぐで、誤魔化しのない言葉。
「……あいつ、最後まで律儀やな」
藍はそう呟きながら、一枚の封筒を手に取った。そこには「Coe.くんへ」と書かれている。
読みたい衝動に駆られた。けれど、それはできない。
これはReluが自分で選んだ形。彼が「最後に伝えたい」と願った順番を、守らなければならない。
星奈は録音機材をそっと撫でた。再生ボタンに触れれば、彼の声がすぐに聞こえるのだと思うと胸が熱くなる。けれど同時に、それが「終わり」を意味するようで、押すことができなかった。
「……残すって、こんなに苦しいことなんだね」
「せやな。でも、残さへんかったら、もっと苦しい」
藍の答えに、星奈は黙って頷いた。
Reluの横顔を見つめながら、二人の脳裏には自然と過去の記憶がよみがえっていた。
初めて病院で真実を打ち明けられた日。
「余命一年」という言葉が降ってきた瞬間、すべてが暗転した。けれどReluは取り乱すことなく、ただ静かに笑っていた。
『二人にしか言わへん。頼む、自分を守ってほしい』
あの日から、藍と星奈の役目は決まっていた。
仲間たちを遠ざけ、疑われても、憎まれてもいい。ただ彼の望みを最後まで守り抜く。それが自分たちにできる唯一のことだった。
配信で、無理に冷たい態度を取る彼の声。
その裏で、どれだけ心を痛めていたか。夜、二人の前で涙を流す姿を、仲間たちは知らない。
「……ほんまはさ」藍が低くつぶやく。
「俺、何回も言いそうになったんや。LANにでもCoe.にでも。『本当はReluが……』って」
星奈は小さく首を振った。
「でも、言わなかった。Reluの選択を信じたんでしょ?」
「……ああ」
その言葉の重みが胸に響く。裏切ることもできた。けれど、Reluが望むなら、最後まで一緒に背負うしかなかった。
やがて、窓の外がさらに明るさを増した。
白い光がカーテンの隙間から差し込み、床に淡い影を落とす。鳥のさえずりが二度、三度と重なり、静寂に揺らぎが生まれる。
星奈は涙をこらえきれず、頬を伝う一筋を慌てて拭った。
「ごめん……ごめんね」
「ええねん。泣いてええ。けど、Reluの前では……」
藍の声もかすかに震えていた。
強くありたいと思っても、彼もまた同じ人間だ。友を失う痛みから逃れられるはずがない。
それでも――二人は最後まで彼のそばにいる。
冷たい世界から守るように、手を握り続ける。
彼が望む形で旅立てるように、支え続ける。
そのとき、Reluの唇がかすかに動いた。
藍と星奈は息を呑み、彼に顔を近づける。
「……ありがとう……二人とも……」
か細い声だった。けれど、確かに届いた。
藍は力強く頷き、星奈は手を強く握り返す。
「最後まで、俺らが一緒や」
「どこにも行かないよ。ずっとそばにいる」
Reluはうっすらと笑みを浮かべ、目を閉じた。
その表情は、穏やかで、どこか安らいで見えた。
藍と星奈は互いに目を合わせた。
――もうすぐだ。
言葉にはしなかったが、心は一つだった。
最後の瞬間まで見守り続ける。
それが、Reluへの最大の愛情であり、約束だった。
《仲間視点》
冬の朝、冷え込む空気の中でLANは携帯を握りしめていた。
画面には何度もリロードされたメッセージアプリ。けれど、Reluからの既読はつかない。
「おい、本当にもう三日だよ。どこ行ったんだよ……」
隣でCoe.が不安そうに腕を組む。
「LANくん、藍さんや星奈さんに聞いてみた?」
「聞いた。でも……なんや、はぐらかされた感じ」
答えは得られない。曖昧な笑みと「大丈夫」という言葉ばかり。
だがLANの胸には、どうしても拭えない嫌な予感が広がっていた。
数日間、仲間たちはReluの足取りを探して都内を駆け回った。
ライブハウス、カフェ、よく行く公園。
どこにも、彼の姿はなかった。
「……なあ、LAN。もしかしてれるち、もう……」
弱音を吐きかけたメンバーの口を、LANは荒々しく遮った。
「れるちは生きてる!」
その声には、自分に言い聞かせる必死さが滲んでいた。
ある晩、メンバー全員が集まった。
机の上には散乱した地図とメモ。だが新しい情報は何一つ増えていない。
「なんで……。なんで、どこにも手がかりが落ちてないんだよ」
LANは苛立ちで拳を机に叩きつけた。
Coe.が恐る恐る言う。
「……やっぱり、藍さんと星奈さんが、Reluくんを匿ってるんじゃない?」
その言葉に、部屋の空気が張りつめた。
「なんであの二人、俺らに隠すんだよ……? 俺らは仲間だろ」
LANの声は震え、怒りよりも哀しみに近かった。
誰も答えられなかった。
藍と星奈は確かに信頼できる存在だ。
だが、この状況では彼らしか鍵を握っていない。
「……裏切られたのかな」
その呟きは、誰も否定できなかった。
数日後。Coe.が小さな封筒を手に駆け込んできた。
「これ……Reluさんからのだと思う」
全員が息を呑む。封筒は白く、見覚えのある字で名前が書かれていた。
LANが震える指で封を切る。中には便箋が数枚。そこに並ぶ文字は、Reluのものだった。
みんなへ
ごめんな。突然いなくなって。
本当はもっと一緒に歌いたかったし、もっと笑っていたかった。
でも、ずっと心の中で葛藤してた。
そばにいることで、みんなを傷つけてしまうんじゃないかって。
だから、この選択をした。
藍と星奈だけが、全部を知っている。
彼らがそばにいてくれれば、安心できる。
みんなを信じてないわけじゃない。
むしろ、信じてるからこそ、こうして手紙を書いてる。
れるがおらんくても、みんななら歩いていける。
最後に。
ありがとう。本当にありがとう。
幸せだったよ。
読み終えた瞬間、全員が声を失った。
「……なんで」
LANは震える声で呟く。
「なんで、俺らに言わなかったんだよ……」
Coe.は涙を浮かべながら答えた。
「……きっと、言えなかったんだよ。優しすぎて」
さらに、その夜。
机の引き出しから、小さなレコーダーが見つかった。再生ボタンを押すと、かすれたReluの声が流れた。
『もしこれを聞いてるなら、れるはもういないかもしれない。
でも、心配しんといて。これは自分が選んだことやから。』
声は弱く、それでも確かな決意がにじんでいた。
『Coe.くん、らんらん、そしてみんな。
みんなに救われた。
歌う喜びを、夢を見る楽しさを、教えてくれてありがとう。』
そこで一度、長い沈黙。かすかに咳の音が混じる。
『……自分は弱かった。やけど、最後くらいは自分で決めたかった。
藍と星奈に支えられて、安心して終われる。
どうか、二人を責めんとって。
みんなの未来に、自分のわがままを背負わせたくないねん。』
再生が止まり、部屋は静まり返った。
誰も言葉を発せなかった。
ただ、頬を伝う涙の音だけが、確かに響いた。
「……許さない」
LANがうつむき、唇を噛んだ。
「なんで俺らに頼らない……! 一緒に乗り越えようって、そう約束したでしょ!」
Coe.は必死に言葉を探した。
「でも……Reluさんは、僕たちのこと信じてなかったわけじゃないよ。
最後まで信じてたからこそ、こうして残してくれたんだよ」
「そうだけど……!」
LANの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「……LAN」
隣のメンバーがそっと肩を叩いた。
「今は怒るよりも、あいつの意思を受け止めよう」
怒り、悲しみ、無力感。
すべてが胸の中で渦を巻く。
だが、彼らは少しずつ理解していく。
Reluは、最期まで自分の意思で生き抜いたのだと。
夜明け前。LANはひとり街を歩いていた。
冷たい風が頬を刺す。空は白み始めている。
ポケットの中には、手紙と録音データ。
「……お前、本当にに勝手」
苦笑交じりに呟き、目頭を拭った。
「だけど……しょうがないか。お前の生き方、最後まで貫いたんだもんな」
空に向かって息を吐く。
薄明の光が街を染め、Reluの残した「光の行方」を思わせた。
彼らはまだ答えを出せない。
けれど、確かに一歩ずつ、前へ進み始めていた。
《Relu視点》
瞼を開けると、まだ外は深い青に沈んでいた。
枕元の時計は、午前四時を指している。
窓の外では街灯がわずかに揺れて、遠くから新聞配達のバイクの音がかすかに響いていた。
「……まだ、生きてる」
小さく呟いた声は、かすれて自分でも驚くほど弱かった。
隣には藍と星奈が寄り添うように眠っている。
二人の寝息が、かすかに重なって聞こえてきて、それだけで安心できた。
「ありがとう……ほんま、ありがとうやで」
誰にともなく、心の中で呟いた。
机の上には、昨日の夜遅くまで触っていた譜面と、封をした手紙、そして小さな録音機が並んでいる。
指先を伸ばし、譜面をなぞる。
未完成のサビ部分。どうしても最後の言葉が見つからなかった。
「けど……気持ちは、もう込めとる」
弱い声でそう呟き、目を閉じた。
やがて、藍が目を覚ました。
窓際の青白い光に照らされながら、彼は小さく「おはよう」と囁く。
「……おはよ、藍」
Reluは笑みを作ろうとしたが、唇が震えてうまく笑えなかった。
星奈も眠たげに目を擦りながら起き上がり、Reluの手をそっと握った。
「大丈夫……?」
その声は今にも泣きそうで、けれど必死に笑顔を作っているのが伝わった。
「大丈夫や。二人がおるから」
言葉を口にするたび、胸が締めつけられるように苦しい。
でも、それでも伝えたかった。最後まで。
藍は窓の外を見つめながら、小さな声で呟いた。
「……もう少しだけでええから、耐えてくれ」
星奈は黙って頷き、手を強く握りしめた。
しばらく沈黙が続いた後、Reluは二人を見つめて言った。
「なあ、藍、星奈。俺……後悔はしてへん」
「れる……」
星奈の声が震える。
「ほんまに幸せやった。仲間に出会えて、歌えて、夢を見られて……最後に、二人がいてくれて」
涙が滲み、視界が滲む。
「……これ以上、何を望むんやって思うくらいや」
藍は唇を噛み、強く頷いた。
「……俺たちが守る。最後まで、ずっと一緒や」
Reluは弱く笑った。
「頼むで……」
東の空が白み、窓から朝日が差し込み始めた。
柔らかな光が部屋を満たし、Reluの横顔を照らす。
「……きれいやな」
掠れた声でそう言うと、Reluは二人に向き直った。
「ありがとう。ほんまに……ありがとうな」
藍は頷き、星奈は「うん……」と泣きながら答えた。
その瞬間、Reluは微笑んだ。
静かに目を閉じ、安らぎの表情で息を吐いた。
次の瞬間、呼吸は戻らなかった。
「……れる……っ!」
星奈が声を上げ、手を強く握る。
藍は肩を抱き寄せ、必死に呼びかけた。
だが、彼はもう答えなかった。
部屋には朝日の光だけが満ちていた。
藍と星奈は声を殺して泣きながら、彼の手を最後まで離さなかった。
「……最後まで、守った。
絶対、誰にも渡さへんかった」
藍の声は震え、涙に濡れていた。
「Relu……ありがとう。ずっと、大好きだよ」
星奈の声もまた、深い哀しみに満ちていた。
窓の外では、新しい朝が始まっていた。
人々は何も知らずに動き出し、街は少しずつ喧騒を取り戻していく。
けれど、この小さな部屋の中で、ひとつの物語が終わった。
Reluの選んだ最期は、静かで、温かく、そして確かに「彼の生き方」そのものだった。
藍と星奈はただ、その温もりを抱きしめながら、彼の眠りを見守り続けた。
《Coe.視点》
部屋の明かりは柔らかく、午後の光が窓から差し込む。Coe.は、リビングのテーブルに置かれた封筒を手に握りしめていた。紙の重みよりも、心の奥にずっしりと重くのしかかる現実。
「……これ、本当にReluさんの字だよな」
手紙はいつも通り、丸みを帯びた筆跡だった。しかし、文字の端々に、少し力の抜けた跡が見える。そこに込められた想いが、Coe.の胸を締めつける。
――みんなへ。
急にいなくなってごめん。どうしても伝えられへんことがあって、どうしても隠しておきたいことがあった。
本当は、最後まで笑って歌っていたかった。けど、それができない。
医者から余命一年と宣告された。病気のことは誰にも言いたくなかった。弱っていく自分を見せたくなかった。だから藍と星奈に頼んだ。れるを隠してほしいって。
Coe.の指先が震える。息が詰まる。胸の奥で、なぜか「俺のせいかもしれない」という思いが渦巻いた。あの日、昼のリハーサルでReluが距離を置いたあの瞬間。あれが何を意味していたのか、今ようやく理解できた気がした。
みんなに嫌われようとしたのは、嘘じゃない。自分が消える時、少しでも楽にしてあげたかった。憎まれて去るほうが、悲しまれずに済むと思ったから。
でも、本当は……本当は、最後までみんなと一緒にいたかった。
勝手でごめん。どうか藍と星奈を責めんとって。自分が頼んだんや。
Coe.の目に涙が溢れる。どうしてこんなことを隠していたのか――怒りや悲しみが入り混じり、胸の奥で熱い塊となる。
「……なるほど、そういうことだったのか」
ぽつりと呟いた声に、リビングの空気が震えた。
横でARKHEが静かに頷く。
「やっぱり、Reluは俺たちに言えなかったんだな……自分の弱さも、病気も、全部」
「そうだ……」Coe.は手紙を握りしめたまま、胸に押し当てる。「リーダーとして、僕はもっと気づくべきだった。Reluさんが僕たちの前で避けていた理由に……」
隣でないこも、うつむきながら手紙を見つめる。
「れるちのことだ……悲しませないためだったんだね。本当、あいつ……」
Coe.は静かに目を閉じる。頭の中に、これまでの配信やリハーサルの光景が次々と蘇る。
昼のリハーサルで、隣に座ろうとしたときにさりげなく距離を取ったこと。
配信前の控室で「別に問題ない」と無表情で返したこと。
そして配信中、テンションを上げようとするCoe.に対して、少しだけ冷たく返したこと――
あのすべてが、Reluの気遣いと犠牲だったことを、今Coe.は痛感する。
「……僕、間違ってた……」
小さな声で呟く。仲間たちはその言葉に深く頷く。理解するのに遅すぎたかもしれないが、それでもCoe.は、リーダーとしての覚悟を胸に刻む。
「でも、Reluは……俺たちに希望を残してくれたんだ」ARKHEが静かに言った。「未完成の曲、録音、手紙……全部、俺たちへの遺言や。俺たちはそれを守っていくんだ」
Coe.は力強く頷く。目の前にあるのはただの紙切れではない。Reluが込めた歌と想い、そして仲間への信頼そのものだ。
「僕も、ちゃんと受け止める」Coe.は決意を込めて言った。「Reluさんが隠したかったことも、残してくれた希望も、全部。僕たちが未来に繋ぐんだ」
ないこが静かに微笑んだ。
「そうだね。れるちの意思。俺らが諦めたら、あいつの想いも止まってしまう。最後まで、リーダーとしてやるべきこと、やろう」
テーブルの上にある手紙と未完成曲の譜面を見つめ、Coe.は胸に熱いものを抱きながら小さく頷いた。
「Reluさん……ありがとう。絶対に、僕たちが届ける」
三人は互いに目を合わせ、静かに手を重ねた。握りしめた指先から、決意と絆が伝わる。
Reluの意思を理解した今、彼らにはもう迷いはなかった。悲しみは深く、痛みも大きい。しかし、残された者としての使命が、確かに胸に宿ったのだ。
そしてCoe.は、自分の胸に誓った。リーダーとして、仲間として、Reluの想いを未来に繋げる――それこそが、Reluに対する最後の敬意だと。
夕暮れの光が部屋に差し込み、影を長く落とす。静かな時間の中で、三人はしばらく手紙を読み返し、未完成曲の譜面に目を落とした。そこには、これから進むべき道と、伝えるべき歌が確かに記されている。
Coe.の心に、悲しみと共に小さな希望が芽生えた。
「Reluさん……僕たち、絶対に諦めない。必ず届けるからな」
窓の外、街の光がゆっくりと瞬く。暗闇の中にも、確かに未来への道筋が見えた。
夜明け前の街は、息を潜めたように静かだった。
遠くで聞こえるトラックのエンジン音が低く響き、すぐに闇に溶けていく。アスファルトの上には夜露が光り、街灯に照らされて白い息のようにかすかに揺れていた。
ベッドの上で、Reluは静かに目を開けていた。
重たい瞼の裏には、夢とも現実ともつかない残像が揺れている。胸の奥に沈み込む痛みは、もう日常の一部になってしまった。抗う力は残っていない。けれど、その傍らで眠る二人の気配が、彼を最後までこの世界に繋ぎ止めていた。
藍は窓際側で、静かに眠っている。眠りは浅いのか、時折眉を寄せて寝返りを打ち、小さな吐息を漏らしていた。光の少ない部屋の中でも、彼の横顔ははっきりと浮かび上がる。どこか緊張を解かないその寝姿に、Reluは心の中で「ありがとう」とつぶやいた。
反対側には星奈がいる。彼女はReluの手を握ったまま眠りについていた。細くて柔らかい手のひらが、確かに温もりを伝えてくれる。かじかんだ自分の指先を、まるで必死に温めてくれているように。彼女の寝息はかすかで、胸の上下もゆったりとしている。その穏やかな気配に包まれるたび、Reluはようやく呼吸を整えることができた。
――生きている。
この二人がいてくれるだけで、そう実感できる。
目を横に移すと、机の上がぼんやりと見えた。スタンドライトの下には、散らかったままの譜面が広がっている。書きかけの鉛筆の線、何度も消した跡、そして言葉を探しては丸めた紙くずが足元にまで転がっていた。
隣にはいくつもの封筒。LANへ、Coe.へ、ないこへ、ARKHEへ……。仲間たち一人ひとりの名前を書いた手紙。短くも誠実に、最後に伝えたい言葉を綴った。震える手で文字を書き連ねながら、何度も涙でにじませてしまったけれど、それでもすべてを書ききった。
その横には録音機材。そこには、自分の声が残っている。
かすれ、震え、息を継ぎながら、それでも必死に絞り出した言葉たち。
「ありがとう」「ごめん」「大好きや」――。
声の合間に混じる呼吸音さえ、いまの自分そのものだった。
Reluはかすかに口元をゆるめた。
「……これで、最後の準備はできた」
譜面の端に手を伸ばす。鉛筆の黒い線を指でなぞると、サビの部分だけ空白が目立った。どうしても言葉が見つからず、何度も書き直した跡が残っている。完璧ではない。だけど、そこに込めた気持ちだけは揺らぎなかった。
小さく、かすれる声で呟いた。
「みんな……いつかわかってくれたらええな……」
目を閉じると、浮かんでくるのは仲間たちの顔だ。
Coe.の真剣な眼差し。あの年齢で、背負いすぎるほどリーダーであろうとする姿。LANの熱い声。努力でここまで登りつめた彼の真摯さ。ないこの優しい笑み。誰よりも周りを気にかけ、まとめようとする姿勢。ARKHEのぶっきらぼうな気遣い。照れ隠しでしか伝えられない優しさ。
彼らと過ごした時間は、眩しかった。
ライブステージの光、客席からの歓声、画面越しの拍手やコメント。あの瞬間、間違いなく自分は「生きている」と感じた。心臓が早鐘を打ち、血が熱く流れて、存在そのものが音楽に溶けるような瞬間。忘れることなんてできない。
だが、余命一年と告げられたあの日から、時間は別の速度で流れ始めた。
医師の淡々とした声、無機質な病室の匂い。
――あなたの身体は、もう長くはもたない。
あの日、すべてが変わった。
仲間の笑顔を見るのがつらくなった。未来の話を聞くたび、胸の奥が裂かれるように痛んだ。だからこそ決めたのだ。藍と星奈の二人にだけ真実を打ち明け、他の仲間からは嫌われるように振る舞うことを。彼らに本当のことを知られる前に、姿を消すことを。
――守りたかった。
最後の瞬間まで、夢や希望を信じてほしかった。
「Relu」という存在に縛られるのではなく、自分たち自身の光を探してほしかった。
窓の外から風が吹き、街灯がわずかに揺れる。
遠くで鳥の声が一度だけ響き、すぐに静けさに飲み込まれた。
胸の中で、彼は言葉にならない祈りを繰り返した。
――ありがとう。ごめん。そして、さようなら。
ふいに、指先が譜面の上で止まる。
そこに記された未完成の歌詞が目に入る。
君の笑顔が 僕の光で
君の涙が 僕の願いで
この声は 届かなくても
想いだけは 消えはしない
「君を守るために 僕は選んだ」
その続きの言葉が、どうしても見つからなかった。
Reluは小さく笑い、かすれた声で口ずさんだ。
「君を……守るために……僕は……選んだんだ……」
声は震え、今にも途切れそうだった。それでも、藍と星奈が聞けば、必ず伝わると信じていた。
手の中の温もりを確かめる。星奈の指が小さく動き、握り返してくれる。眠りの中でも、彼を離さない。藍の寝息も、どこか緊張に満ちている。二人はきっと気づいている。今夜が最後かもしれないことを。
だからこそ、Reluは静かに目を閉じた。
残された時間はあとわずか。
そのすべてを、二人と共に――。
《藍・星奈視点》
窓の外がわずかに白んできた。
夜明け前の静けさはそのままに、街灯の光が徐々に薄れていく。部屋の中には冷たい空気が漂い、息をするたびに胸の奥がざらつくような痛みを覚えた。
藍は椅子に腰をかけ、窓越しに空を見上げていた。黒から青へ、青から白へ――少しずつ移り変わるそのグラデーションを、まるで時間の残酷さを刻む砂時計のように感じていた。
「……Relu、もう少しだけ耐えてくれ」
小さくつぶやいた声は、自分に言い聞かせているようでもあった。
夜の間、藍は何度も彼の額に手を当て、体温を確かめていた。熱は高くない。むしろ冷えている。呼吸は浅く、弱々しい。星奈が握る手がなければ、その温度さえ逃げてしまいそうだった。
星奈はベッドの傍らに座り、Reluの手を両手で包み込むように握っている。彼の指先は細く、力なく横たわっている。それでも確かに「生きている」と伝えてくる温もりがそこにはあった。
星奈は微笑みを作り、震える声で話しかけた。
「Relu……無理しなくていいよ。私たちがいるから」
閉じたままの瞼がかすかに揺れ、彼は小さく笑みを浮かべた。声にならないけれど、その笑顔だけで十分だった。
星奈は思わず涙がこぼれそうになり、ぐっと唇を噛みしめる。
泣いてはいけない。彼の前では。最後の時間を、悲しみではなく安らぎで満たしたい。
藍もまた、星奈の横顔を見て強く頷いた。
「俺らがいる。最後までな」
二人の視線が交わり、言葉を交わさなくても決意は一つだった。
机の上に散らばる手紙と録音データ。
藍はその一つひとつに目を落とし、胸が締めつけられる思いだった。そこには、仲間たちへの感謝と謝罪が刻まれている。まっすぐで、誤魔化しのない言葉。
「……あいつ、最後まで律儀やな」
藍はそう呟きながら、一枚の封筒を手に取った。そこには「Coe.くんへ」と書かれている。
読みたい衝動に駆られた。けれど、それはできない。
これはReluが自分で選んだ形。彼が「最後に伝えたい」と願った順番を、守らなければならない。
星奈は録音機材をそっと撫でた。再生ボタンに触れれば、彼の声がすぐに聞こえるのだと思うと胸が熱くなる。けれど同時に、それが「終わり」を意味するようで、押すことができなかった。
「……残すって、こんなに苦しいことなんだね」
「せやな。でも、残さへんかったら、もっと苦しい」
藍の答えに、星奈は黙って頷いた。
Reluの横顔を見つめながら、二人の脳裏には自然と過去の記憶がよみがえっていた。
初めて病院で真実を打ち明けられた日。
「余命一年」という言葉が降ってきた瞬間、すべてが暗転した。けれどReluは取り乱すことなく、ただ静かに笑っていた。
『二人にしか言わへん。頼む、自分を守ってほしい』
あの日から、藍と星奈の役目は決まっていた。
仲間たちを遠ざけ、疑われても、憎まれてもいい。ただ彼の望みを最後まで守り抜く。それが自分たちにできる唯一のことだった。
配信で、無理に冷たい態度を取る彼の声。
その裏で、どれだけ心を痛めていたか。夜、二人の前で涙を流す姿を、仲間たちは知らない。
「……ほんまはさ」藍が低くつぶやく。
「俺、何回も言いそうになったんや。LANにでもCoe.にでも。『本当はReluが……』って」
星奈は小さく首を振った。
「でも、言わなかった。Reluの選択を信じたんでしょ?」
「……ああ」
その言葉の重みが胸に響く。裏切ることもできた。けれど、Reluが望むなら、最後まで一緒に背負うしかなかった。
やがて、窓の外がさらに明るさを増した。
白い光がカーテンの隙間から差し込み、床に淡い影を落とす。鳥のさえずりが二度、三度と重なり、静寂に揺らぎが生まれる。
星奈は涙をこらえきれず、頬を伝う一筋を慌てて拭った。
「ごめん……ごめんね」
「ええねん。泣いてええ。けど、Reluの前では……」
藍の声もかすかに震えていた。
強くありたいと思っても、彼もまた同じ人間だ。友を失う痛みから逃れられるはずがない。
それでも――二人は最後まで彼のそばにいる。
冷たい世界から守るように、手を握り続ける。
彼が望む形で旅立てるように、支え続ける。
そのとき、Reluの唇がかすかに動いた。
藍と星奈は息を呑み、彼に顔を近づける。
「……ありがとう……二人とも……」
か細い声だった。けれど、確かに届いた。
藍は力強く頷き、星奈は手を強く握り返す。
「最後まで、俺らが一緒や」
「どこにも行かないよ。ずっとそばにいる」
Reluはうっすらと笑みを浮かべ、目を閉じた。
その表情は、穏やかで、どこか安らいで見えた。
藍と星奈は互いに目を合わせた。
――もうすぐだ。
言葉にはしなかったが、心は一つだった。
最後の瞬間まで見守り続ける。
それが、Reluへの最大の愛情であり、約束だった。
《仲間視点》
冬の朝、冷え込む空気の中でLANは携帯を握りしめていた。
画面には何度もリロードされたメッセージアプリ。けれど、Reluからの既読はつかない。
「おい、本当にもう三日だよ。どこ行ったんだよ……」
隣でCoe.が不安そうに腕を組む。
「LANくん、藍さんや星奈さんに聞いてみた?」
「聞いた。でも……なんや、はぐらかされた感じ」
答えは得られない。曖昧な笑みと「大丈夫」という言葉ばかり。
だがLANの胸には、どうしても拭えない嫌な予感が広がっていた。
数日間、仲間たちはReluの足取りを探して都内を駆け回った。
ライブハウス、カフェ、よく行く公園。
どこにも、彼の姿はなかった。
「……なあ、LAN。もしかしてれるち、もう……」
弱音を吐きかけたメンバーの口を、LANは荒々しく遮った。
「れるちは生きてる!」
その声には、自分に言い聞かせる必死さが滲んでいた。
ある晩、メンバー全員が集まった。
机の上には散乱した地図とメモ。だが新しい情報は何一つ増えていない。
「なんで……。なんで、どこにも手がかりが落ちてないんだよ」
LANは苛立ちで拳を机に叩きつけた。
Coe.が恐る恐る言う。
「……やっぱり、藍さんと星奈さんが、Reluくんを匿ってるんじゃない?」
その言葉に、部屋の空気が張りつめた。
「なんであの二人、俺らに隠すんだよ……? 俺らは仲間だろ」
LANの声は震え、怒りよりも哀しみに近かった。
誰も答えられなかった。
藍と星奈は確かに信頼できる存在だ。
だが、この状況では彼らしか鍵を握っていない。
「……裏切られたのかな」
その呟きは、誰も否定できなかった。
数日後。Coe.が小さな封筒を手に駆け込んできた。
「これ……Reluさんからのだと思う」
全員が息を呑む。封筒は白く、見覚えのある字で名前が書かれていた。
LANが震える指で封を切る。中には便箋が数枚。そこに並ぶ文字は、Reluのものだった。
みんなへ
ごめんな。突然いなくなって。
本当はもっと一緒に歌いたかったし、もっと笑っていたかった。
でも、ずっと心の中で葛藤してた。
そばにいることで、みんなを傷つけてしまうんじゃないかって。
だから、この選択をした。
藍と星奈だけが、全部を知っている。
彼らがそばにいてくれれば、安心できる。
みんなを信じてないわけじゃない。
むしろ、信じてるからこそ、こうして手紙を書いてる。
れるがおらんくても、みんななら歩いていける。
最後に。
ありがとう。本当にありがとう。
幸せだったよ。
読み終えた瞬間、全員が声を失った。
「……なんで」
LANは震える声で呟く。
「なんで、俺らに言わなかったんだよ……」
Coe.は涙を浮かべながら答えた。
「……きっと、言えなかったんだよ。優しすぎて」
さらに、その夜。
机の引き出しから、小さなレコーダーが見つかった。再生ボタンを押すと、かすれたReluの声が流れた。
『もしこれを聞いてるなら、れるはもういないかもしれない。
でも、心配しんといて。これは自分が選んだことやから。』
声は弱く、それでも確かな決意がにじんでいた。
『Coe.くん、らんらん、そしてみんな。
みんなに救われた。
歌う喜びを、夢を見る楽しさを、教えてくれてありがとう。』
そこで一度、長い沈黙。かすかに咳の音が混じる。
『……自分は弱かった。やけど、最後くらいは自分で決めたかった。
藍と星奈に支えられて、安心して終われる。
どうか、二人を責めんとって。
みんなの未来に、自分のわがままを背負わせたくないねん。』
再生が止まり、部屋は静まり返った。
誰も言葉を発せなかった。
ただ、頬を伝う涙の音だけが、確かに響いた。
「……許さない」
LANがうつむき、唇を噛んだ。
「なんで俺らに頼らない……! 一緒に乗り越えようって、そう約束したでしょ!」
Coe.は必死に言葉を探した。
「でも……Reluさんは、僕たちのこと信じてなかったわけじゃないよ。
最後まで信じてたからこそ、こうして残してくれたんだよ」
「そうだけど……!」
LANの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「……LAN」
隣のメンバーがそっと肩を叩いた。
「今は怒るよりも、あいつの意思を受け止めよう」
怒り、悲しみ、無力感。
すべてが胸の中で渦を巻く。
だが、彼らは少しずつ理解していく。
Reluは、最期まで自分の意思で生き抜いたのだと。
夜明け前。LANはひとり街を歩いていた。
冷たい風が頬を刺す。空は白み始めている。
ポケットの中には、手紙と録音データ。
「……お前、本当にに勝手」
苦笑交じりに呟き、目頭を拭った。
「だけど……しょうがないか。お前の生き方、最後まで貫いたんだもんな」
空に向かって息を吐く。
薄明の光が街を染め、Reluの残した「光の行方」を思わせた。
彼らはまだ答えを出せない。
けれど、確かに一歩ずつ、前へ進み始めていた。
《Relu視点》
瞼を開けると、まだ外は深い青に沈んでいた。
枕元の時計は、午前四時を指している。
窓の外では街灯がわずかに揺れて、遠くから新聞配達のバイクの音がかすかに響いていた。
「……まだ、生きてる」
小さく呟いた声は、かすれて自分でも驚くほど弱かった。
隣には藍と星奈が寄り添うように眠っている。
二人の寝息が、かすかに重なって聞こえてきて、それだけで安心できた。
「ありがとう……ほんま、ありがとうやで」
誰にともなく、心の中で呟いた。
机の上には、昨日の夜遅くまで触っていた譜面と、封をした手紙、そして小さな録音機が並んでいる。
指先を伸ばし、譜面をなぞる。
未完成のサビ部分。どうしても最後の言葉が見つからなかった。
「けど……気持ちは、もう込めとる」
弱い声でそう呟き、目を閉じた。
やがて、藍が目を覚ました。
窓際の青白い光に照らされながら、彼は小さく「おはよう」と囁く。
「……おはよ、藍」
Reluは笑みを作ろうとしたが、唇が震えてうまく笑えなかった。
星奈も眠たげに目を擦りながら起き上がり、Reluの手をそっと握った。
「大丈夫……?」
その声は今にも泣きそうで、けれど必死に笑顔を作っているのが伝わった。
「大丈夫や。二人がおるから」
言葉を口にするたび、胸が締めつけられるように苦しい。
でも、それでも伝えたかった。最後まで。
藍は窓の外を見つめながら、小さな声で呟いた。
「……もう少しだけでええから、耐えてくれ」
星奈は黙って頷き、手を強く握りしめた。
しばらく沈黙が続いた後、Reluは二人を見つめて言った。
「なあ、藍、星奈。俺……後悔はしてへん」
「れる……」
星奈の声が震える。
「ほんまに幸せやった。仲間に出会えて、歌えて、夢を見られて……最後に、二人がいてくれて」
涙が滲み、視界が滲む。
「……これ以上、何を望むんやって思うくらいや」
藍は唇を噛み、強く頷いた。
「……俺たちが守る。最後まで、ずっと一緒や」
Reluは弱く笑った。
「頼むで……」
東の空が白み、窓から朝日が差し込み始めた。
柔らかな光が部屋を満たし、Reluの横顔を照らす。
「……きれいやな」
掠れた声でそう言うと、Reluは二人に向き直った。
「ありがとう。ほんまに……ありがとうな」
藍は頷き、星奈は「うん……」と泣きながら答えた。
その瞬間、Reluは微笑んだ。
静かに目を閉じ、安らぎの表情で息を吐いた。
次の瞬間、呼吸は戻らなかった。
「……れる……っ!」
星奈が声を上げ、手を強く握る。
藍は肩を抱き寄せ、必死に呼びかけた。
だが、彼はもう答えなかった。
部屋には朝日の光だけが満ちていた。
藍と星奈は声を殺して泣きながら、彼の手を最後まで離さなかった。
「……最後まで、守った。
絶対、誰にも渡さへんかった」
藍の声は震え、涙に濡れていた。
「Relu……ありがとう。ずっと、大好きだよ」
星奈の声もまた、深い哀しみに満ちていた。
窓の外では、新しい朝が始まっていた。
人々は何も知らずに動き出し、街は少しずつ喧騒を取り戻していく。
けれど、この小さな部屋の中で、ひとつの物語が終わった。
Reluの選んだ最期は、静かで、温かく、そして確かに「彼の生き方」そのものだった。
藍と星奈はただ、その温もりを抱きしめながら、彼の眠りを見守り続けた。
《Coe.視点》
部屋の明かりは柔らかく、午後の光が窓から差し込む。Coe.は、リビングのテーブルに置かれた封筒を手に握りしめていた。紙の重みよりも、心の奥にずっしりと重くのしかかる現実。
「……これ、本当にReluさんの字だよな」
手紙はいつも通り、丸みを帯びた筆跡だった。しかし、文字の端々に、少し力の抜けた跡が見える。そこに込められた想いが、Coe.の胸を締めつける。
――みんなへ。
急にいなくなってごめん。どうしても伝えられへんことがあって、どうしても隠しておきたいことがあった。
本当は、最後まで笑って歌っていたかった。けど、それができない。
医者から余命一年と宣告された。病気のことは誰にも言いたくなかった。弱っていく自分を見せたくなかった。だから藍と星奈に頼んだ。れるを隠してほしいって。
Coe.の指先が震える。息が詰まる。胸の奥で、なぜか「俺のせいかもしれない」という思いが渦巻いた。あの日、昼のリハーサルでReluが距離を置いたあの瞬間。あれが何を意味していたのか、今ようやく理解できた気がした。
みんなに嫌われようとしたのは、嘘じゃない。自分が消える時、少しでも楽にしてあげたかった。憎まれて去るほうが、悲しまれずに済むと思ったから。
でも、本当は……本当は、最後までみんなと一緒にいたかった。
勝手でごめん。どうか藍と星奈を責めんとって。自分が頼んだんや。
Coe.の目に涙が溢れる。どうしてこんなことを隠していたのか――怒りや悲しみが入り混じり、胸の奥で熱い塊となる。
「……なるほど、そういうことだったのか」
ぽつりと呟いた声に、リビングの空気が震えた。
横でARKHEが静かに頷く。
「やっぱり、Reluは俺たちに言えなかったんだな……自分の弱さも、病気も、全部」
「そうだ……」Coe.は手紙を握りしめたまま、胸に押し当てる。「リーダーとして、僕はもっと気づくべきだった。Reluさんが僕たちの前で避けていた理由に……」
隣でないこも、うつむきながら手紙を見つめる。
「れるちのことだ……悲しませないためだったんだね。本当、あいつ……」
Coe.は静かに目を閉じる。頭の中に、これまでの配信やリハーサルの光景が次々と蘇る。
昼のリハーサルで、隣に座ろうとしたときにさりげなく距離を取ったこと。
配信前の控室で「別に問題ない」と無表情で返したこと。
そして配信中、テンションを上げようとするCoe.に対して、少しだけ冷たく返したこと――
あのすべてが、Reluの気遣いと犠牲だったことを、今Coe.は痛感する。
「……僕、間違ってた……」
小さな声で呟く。仲間たちはその言葉に深く頷く。理解するのに遅すぎたかもしれないが、それでもCoe.は、リーダーとしての覚悟を胸に刻む。
「でも、Reluは……俺たちに希望を残してくれたんだ」ARKHEが静かに言った。「未完成の曲、録音、手紙……全部、俺たちへの遺言や。俺たちはそれを守っていくんだ」
Coe.は力強く頷く。目の前にあるのはただの紙切れではない。Reluが込めた歌と想い、そして仲間への信頼そのものだ。
「僕も、ちゃんと受け止める」Coe.は決意を込めて言った。「Reluさんが隠したかったことも、残してくれた希望も、全部。僕たちが未来に繋ぐんだ」
ないこが静かに微笑んだ。
「そうだね。れるちの意思。俺らが諦めたら、あいつの想いも止まってしまう。最後まで、リーダーとしてやるべきこと、やろう」
テーブルの上にある手紙と未完成曲の譜面を見つめ、Coe.は胸に熱いものを抱きながら小さく頷いた。
「Reluさん……ありがとう。絶対に、僕たちが届ける」
三人は互いに目を合わせ、静かに手を重ねた。握りしめた指先から、決意と絆が伝わる。
Reluの意思を理解した今、彼らにはもう迷いはなかった。悲しみは深く、痛みも大きい。しかし、残された者としての使命が、確かに胸に宿ったのだ。
そしてCoe.は、自分の胸に誓った。リーダーとして、仲間として、Reluの想いを未来に繋げる――それこそが、Reluに対する最後の敬意だと。
夕暮れの光が部屋に差し込み、影を長く落とす。静かな時間の中で、三人はしばらく手紙を読み返し、未完成曲の譜面に目を落とした。そこには、これから進むべき道と、伝えるべき歌が確かに記されている。
Coe.の心に、悲しみと共に小さな希望が芽生えた。
「Reluさん……僕たち、絶対に諦めない。必ず届けるからな」
窓の外、街の光がゆっくりと瞬く。暗闇の中にも、確かに未来への道筋が見えた。