《Relu視点》

夜の静寂が、部屋の壁に反響する。時計の秒針だけが規則正しく音を立てる中、手元の譜面をじっと見つめていた。未完成曲の最後の数行は、まだ言葉を探しているようで、Reluの指先は空を彷徨う。

「……もう、誰にも迷惑はかけたくない」
呟く声は小さく、しかし胸に深く響いた。
彼はスマホの画面を開き、未送信のメッセージを見つめる。画面には、Coe.への返事、LANへの短い文、ARKHEやないこへの挨拶など、送ることのできなかった言葉が並ぶ。

「……自分は消えるべきなんや」
その決意は、胸の奥で静かに燃えていた。
目の前の譜面には「笑ってる君を守りたい。でも、誰かに弱さを見せることはできない」という歌詞の断片。Reluはそれを指でなぞり、深く息をついた。

部屋の隅には小さなリュックが置かれている。手紙や録音データ、未完成曲の譜面が整理され、まるで「旅立ちの準備」を待っているかのようだった。

《藍・星奈視点》
窓越しに街の暗がりを見つめる藍。
「……LANたちはまだ諦めてない」
彼の目は真剣で、少しの光も逃さない。星奈も傍らで頷く。

「大丈夫。私たちがいる」
星奈の声は柔らかく、Reluの背中を支える。
仲間たちが近づくたび、藍は静かに遮るルートを選ぶ。街灯の下、LANやCoe.の影がちらつくたび、星奈が連絡を操作し、無駄な接触を避ける。

二人は互いの目を見合わせる。
「Reluのためには、今はこれが正しい」
そう心に刻み、仲間たちが近づくたびに冷静に、しかし確実に守る手段を実行する。

《Relu視点》

Reluはリュックに手紙や譜面を入れ、最後の録音データを確認する。
「……これで、もう準備はいい」
窓の外では夜風がカーテンを揺らし、遠くで車の音が響く。静かな街に、自分の選択を告げる言葉はまだない。

彼は小さく呼吸を整え、荷物を背負う。未完成曲の最後の数行をもう一度目で追う。
「笑っている君を守るために……自分は消えるんや」

配信ログを確認するも、コメントやメッセージは送らず、ただ静かに画面を閉じる。
「……みんな、いつか分かってくれたらええな」

三人は深夜の街を歩き始める。Reluは背筋を伸ばし、決意の色を滲ませながら歩く。
藍は後方から仲間の足音を確認し、無駄な接触を避けるルートを選ぶ。
星奈は静かにReluの横で歩き、必要な指示を小さく囁く。

街灯の影が三人を縦長に伸ばす。夜風が冷たく、しかしどこか安心感を与える。
Reluは静かに夜景を見つめ、心に小さな安堵を感じる。
「……二人がいるなら、怖くない」

遠くで仲間たちの声がかすかに響くが、三人は視線を交わさず、静かに前へ進む。

街灯の光が路面を淡く照らす。Reluは足音をそろえ、視線を下に向けたまま歩く。
「……LANたち、まだ追ってくるかもしれない」
心の片隅で不安はあったが、藍と星奈の存在が安心感を与える。

藍は交差点の先で一度立ち止まり、遠くに見える仲間たちの影を確認する。
「大丈夫。まだこっちは見えてない」
小さく囁き、星奈が頷く。三人は再び歩き出す。

途中、古びたカフェの前を通る。夜の閉店後で静まり返った店内を覗き込み、Reluは思わず立ち止まった。
「ここ……最後にみんなで来た場所や」
思い出の一瞬が胸を締め付ける。
星奈がそっと肩に手を置き、歩き続けるよう促す。
「今は思い出に浸る時間じゃないよ、Relu」


途中、Reluは立ち止まり、リュックから譜面を取り出す。
夜風に揺れる紙に書かれた文字は、彼の心そのものだった。
「君を守るための曲……完成させへんと」
筆跡は乱れ、消し跡も多いが、それでも一行ずつ歌詞を声に出して確かめる。

「最後のサビ……ここが一番大事」
小声で歌い、空に向かって吐き出すように音を紡ぐ。
その声を夜が包み、三人だけの世界を作り上げる。
藍は少し離れた位置で周囲を警戒し、星奈はそっと拍手しながら「いいね」と声をかける。


Reluはリュックから手紙を取り出した。
紙には、仲間への感謝や最後の思いが綴られている。

「みんな、今までありがとう。自分の選択で傷つけるかもしれへんけど、これが自分の望みです。
藍と星奈だけがすべてを知っています。彼らと一緒なら、安心です。
どうか自分を責めないで。いつか、わかってもらえたら嬉しいです。」

涙をこらえながら、Reluは封を閉じる。
録音メモも最後に再生し、短く「ありがとう」と繰り返す声を聞く。
「……これでいい」
決意は揺るがなかった。


夜の街を進む三人に、仲間たちが徐々に接近する。
LANやCoe.の声が遠くで聞こえ、Reluは心臓をぎゅっと締め付けられる。
藍は瞬時に路地を変え、仲間の目線を逸らす。
星奈は電話やメールで遠回しに情報を制御し、追跡を阻む。

LANが怒りと焦りで声を荒げる。
「……なんで知らせないんだ！」
藍は静かに答える。
「会わせたらReluが傷つく。だから、今は止めるしかない」
星奈も同調し、仲間たちの進行を遮る。
Reluは二人の行動を信頼し、安心感を覚える。


夜明け前、三人は静かな空き地に立ち止まる。
東の空が薄紫色に染まり、夜の闇と朝の光が交錯する瞬間。

Reluは二人に向き直る。
「……ありがとう。二人がいてくれて、本当に良かった」
藍は目を伏せて小さく頷く。
「絶対に後悔させない。だから安心して」
星奈も微笑む。
「私たちが守るから、Reluは心配しないで」

三人は互いの手を軽く握り合い、静かに街を離れる。
仲間たちは遠くで手を伸ばすことしかできず、Reluの姿は見えない。

Reluは胸に決意を抱く。
「……みんなを思いながら、生きる」
街の静寂に溶け込む三つの影。
仲間たちにはまだ理解できない、Reluの本当の選択がそこにあった。