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北陸の片隅、灰色の雲が冬空を覆う小さな町。その町は、冬になると日本海から吹き付ける風で、空気の冷たさが骨の芯まで届くようだった。御影レイがその町で生まれたのは1994年の夏。病院の窓から見える空は、蒸し暑さで霞んでいた。蝉の声が絶え間なく響き、照り返しが強くて歩道の熱が立ち上る。けれど、その日の病室には小さな産声が響き渡り、一つの命が静かな町に新しい物語を刻み始めた。
レイの家は、平凡で静かな三人家族。父は地元企業に勤める営業マン、母は近所の事務所でパートをしていた。特別裕福でもなく、苦しいわけでもない。ただ、日常は穏やかで、流れる時間はゆっくりで、どこか世界から切り離されたような場所だった。子供にとって、その街は守られた箱庭のように見えたが、レイにとっては“世界の端”だった。大都市に憧れ、雑誌に載る煌びやかな街並みを夢のように眺めながら、レイの心はどこか落ち着かず、日々の空虚さを音楽で埋めていくようになった。
幼少の頃から、レイの耳は特別だった。通りを歩けば自転車のチェーンがきしむ音や、古びた家屋の柱が温度差で小さく鳴る音までも聞き分けられた。そして、何より彼が惹かれたのは声――人が発する音そのものだった。友達の笑い声に潜む僅かな哀しさ、誰かが歌う鼻歌の奥に隠れた楽しさ。声には感情が宿る。それを敏感に感じ取り、彼は無意識のうちに音を観察し、記憶に刻んでいた。
小学校の音楽の時間、教師が言った「御影、声がいいね」という何気ない一言が、レイにとって初めての評価だった。周囲の子供たちは勉強やスポーツで名前を挙げられるのに、自分はどこにも居場所がないと思っていた少年の心に、小さな火が灯った。だが、その火が炎になるには、もう少し時間が必要だった。
中学二年の冬。友人に誘われたカラオケで、レイは人生が変わる瞬間を迎える。最初は気恥ずかしくて、ずっとマイクを譲っていた。だが最後の曲、無理やり渡されたマイクを握った時、腹の奥にためていた空気が一気に声となって飛び出した。スピーカーから響いたその声は、レイ自身を驚かせた。まっすぐで、澄んでいて、どこか艶がある。空気が震え、友人たちが一瞬沈黙した後、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑った。
「お前……こんな声してたのかよ」
その一言が胸の奥で弾けた。温かくて、くすぐったくて、心臓の鼓動が速くなる。帰り道、寒風が顔を刺すのも気にならないほど、頭の中はあの瞬間の音でいっぱいだった。もしかしたら――自分にも何か、できるのかもしれない。
それからレイは、夜な夜な部屋にこもって歌を録音し始めた。安物のマイク、古びたノートパソコン、簡易的な録音ソフト。周囲には話せない秘密の時間。母が寝静まり、家全体が沈黙に包まれた頃、レイの声だけが淡く灯りのように部屋の空気を震わせていた。何度も録り直し、音を重ね、失敗を繰り返す。そのたびに彼は少しずつ自分の声を知り、どこに響かせると艶が出るか、どの高さが人の耳を惹きつけるかを身体で覚えていった。
2010年、レイはついに最初の“歌ってみた”動画を投稿する。匿名、顔も出さない。ただ声だけが世界に放たれる。アップロードボタンを押した瞬間、鼓動が耳の奥で響き、手のひらに汗が滲んだ。画面を何度も更新して、誰かの反応を待った。何も起きない数分が、何時間にも感じられた。そして――
「この声、好き。」
最初のコメントが、震える指先の先に現れた。短い言葉だった。けれど、世界の色が一気に変わった。知らない誰かが、自分の声を聴き、好きだと言ってくれた。そのただ一つの事実が、灰色だった町の景色に鮮やかな彩りを与えた。胸が熱くなり、視界が滲む。初めて“世界とつながった”と、はっきり感じた瞬間だった。
その夜、レイは眠れなかった。何度もそのコメントを読み返し、信じられないように笑い、そして心の奥で静かに誓った。この声を、もっと遠くへ。まだ誰も知らない未来へ――。
こうして御影レイという青年は、まだ小さな炎のような存在だったが、確かに燃え始めた。ネットの海の片隅に灯ったその光が、やがて多くの人を魅了し、そして彼自身の運命を大きく変えていくことを、この時のレイはまだ知らなかった。
レイの家は、平凡で静かな三人家族。父は地元企業に勤める営業マン、母は近所の事務所でパートをしていた。特別裕福でもなく、苦しいわけでもない。ただ、日常は穏やかで、流れる時間はゆっくりで、どこか世界から切り離されたような場所だった。子供にとって、その街は守られた箱庭のように見えたが、レイにとっては“世界の端”だった。大都市に憧れ、雑誌に載る煌びやかな街並みを夢のように眺めながら、レイの心はどこか落ち着かず、日々の空虚さを音楽で埋めていくようになった。
幼少の頃から、レイの耳は特別だった。通りを歩けば自転車のチェーンがきしむ音や、古びた家屋の柱が温度差で小さく鳴る音までも聞き分けられた。そして、何より彼が惹かれたのは声――人が発する音そのものだった。友達の笑い声に潜む僅かな哀しさ、誰かが歌う鼻歌の奥に隠れた楽しさ。声には感情が宿る。それを敏感に感じ取り、彼は無意識のうちに音を観察し、記憶に刻んでいた。
小学校の音楽の時間、教師が言った「御影、声がいいね」という何気ない一言が、レイにとって初めての評価だった。周囲の子供たちは勉強やスポーツで名前を挙げられるのに、自分はどこにも居場所がないと思っていた少年の心に、小さな火が灯った。だが、その火が炎になるには、もう少し時間が必要だった。
中学二年の冬。友人に誘われたカラオケで、レイは人生が変わる瞬間を迎える。最初は気恥ずかしくて、ずっとマイクを譲っていた。だが最後の曲、無理やり渡されたマイクを握った時、腹の奥にためていた空気が一気に声となって飛び出した。スピーカーから響いたその声は、レイ自身を驚かせた。まっすぐで、澄んでいて、どこか艶がある。空気が震え、友人たちが一瞬沈黙した後、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑った。
「お前……こんな声してたのかよ」
その一言が胸の奥で弾けた。温かくて、くすぐったくて、心臓の鼓動が速くなる。帰り道、寒風が顔を刺すのも気にならないほど、頭の中はあの瞬間の音でいっぱいだった。もしかしたら――自分にも何か、できるのかもしれない。
それからレイは、夜な夜な部屋にこもって歌を録音し始めた。安物のマイク、古びたノートパソコン、簡易的な録音ソフト。周囲には話せない秘密の時間。母が寝静まり、家全体が沈黙に包まれた頃、レイの声だけが淡く灯りのように部屋の空気を震わせていた。何度も録り直し、音を重ね、失敗を繰り返す。そのたびに彼は少しずつ自分の声を知り、どこに響かせると艶が出るか、どの高さが人の耳を惹きつけるかを身体で覚えていった。
2010年、レイはついに最初の“歌ってみた”動画を投稿する。匿名、顔も出さない。ただ声だけが世界に放たれる。アップロードボタンを押した瞬間、鼓動が耳の奥で響き、手のひらに汗が滲んだ。画面を何度も更新して、誰かの反応を待った。何も起きない数分が、何時間にも感じられた。そして――
「この声、好き。」
最初のコメントが、震える指先の先に現れた。短い言葉だった。けれど、世界の色が一気に変わった。知らない誰かが、自分の声を聴き、好きだと言ってくれた。そのただ一つの事実が、灰色だった町の景色に鮮やかな彩りを与えた。胸が熱くなり、視界が滲む。初めて“世界とつながった”と、はっきり感じた瞬間だった。
その夜、レイは眠れなかった。何度もそのコメントを読み返し、信じられないように笑い、そして心の奥で静かに誓った。この声を、もっと遠くへ。まだ誰も知らない未来へ――。
こうして御影レイという青年は、まだ小さな炎のような存在だったが、確かに燃え始めた。ネットの海の片隅に灯ったその光が、やがて多くの人を魅了し、そして彼自身の運命を大きく変えていくことを、この時のレイはまだ知らなかった。