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その日は、一日中蒸し暑かった。
夜になっても風はなく、空気は重たいままだった。
目黒蓮は撮影からの帰宅途中、天気アプリを見ながら「今日は夕立来るかも」と呟いた。
だが、まさかそれが“ふたりの関係”にも影を落とすとは、まだ知らなかった。
リビングの電気を点け、冷たい麦茶を一口飲んだそのときだった――
「バチンッ」
突然、部屋が闇に包まれた。
エアコン、照明、冷蔵庫の音も一斉に止まり、静けさだけが残った。
「……うわ、停電か?」
窓の外を見ても、周囲の家もほとんど真っ暗。
数秒後、階段の上から足音が聞こえてきた。
「目黒くん?」
藍の声だった。
「大丈夫。多分、全体的な停電っぽい。ブレーカーは落ちてない」
「そっか……びっくりした。ろうそくあるから持っていくね」
しばらくして、ふわりと柔らかな光が階段を照らした。
藍が、小さなろうそくをいくつか持って降りてきた。
ふたりはリビングのテーブルにキャンドルを並べた。
電気も音もない夜。けれどそこには、ろうそくの光と、ふたりの呼吸だけがあった。
目黒は、少し照れたように笑いながら言った。
「こういうの、なんかドラマみたいだね」
「……確かに。なんか、普段より緊張する」
「でも……いい雰囲気だよ。
普段、蛍光灯の下だと見えないものが見える気がする」
「例えば?」
「藍さんの声。いつもより、近く感じる」
藍は少し間を置き、そっと呟いた。
「……それ、たぶん私も。
目黒くんの声、いつもはテレビ越しに聞いてたけど、今はちゃんと“ここ”にある」
ふたりは、じっとろうそくの火を見つめていた。
まるで、お互いの心の奥を覗き込むように。
「……ねえ、目黒くん」
「ん?」
「“有名になること”って、怖くなかった?」
その問いは、まるでずっと前から用意されていたように聞こえた。
目黒は少し考えてから答えた。
「怖かったよ。今も、時々怖い。
自分じゃない“理想の目黒蓮”を演じてるんじゃないかって思うこと、ある」
「……それでも、やめたいって思ったことは?」
「ある。でも……それ以上に、誰かに“届けたい”って気持ちがあったから、続けてきた」
藍は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「私、あの事故のあと、人前に出るのが本当に無理で。
だから、歌うことしか自分を伝える手段がなかったの」
「うん……」
「でも、最近、目黒くんと暮らして……
料理を作って、声を聴いて、話して、笑って……
それが、歌うことと同じくらい、大事だって思えてきた」
藍の声が、わずかに震えていた。
「たぶん……私、人とちゃんと繋がりたかったんだと思う。
でも、怖くて、自分から閉じちゃってた」
目黒は、そっと手をテーブルの上に置いた。
そして、藍の手が、そのすぐ隣に並んだ。
触れていない。けれど、温度はそこにあった。
ろうそくの炎が、少しだけ揺れた。
ふたりは、そのまま沈黙を保っていた。
やがて、目黒が、ぽつりと呟いた。
「ねえ、俺、ずっと聞きたかったことがあるんだけど……」
「なに?」
「“藍”って、本名?」
「……違うよ。音楽活動を始めるときに、自分でつけた」
「どうして“藍”にしたの?」
藍は少し笑った。
「“青じゃないけど、青に近い”って意味が好きだった。
完璧じゃないし、まっすぐじゃない。でも、どこか澄んでる。そんな色がいいなって」
「……わかる。藍さんっぽい」
すると、藍が不意に聞いた。
「目黒くんは、“本当の私”を知っても、名前以上のものを感じる?」
それは、まるで告白のような問いだった。
目黒は、迷わず答えた。
「名前も、顔も、歌も、料理も、ぜんぶ藍さんだよ。
だから――“本当の藍さん”って、一つじゃないと思う」
ふたりは、ろうそくの火を見つめたまま、言葉を失った。
でもその沈黙は、もう不安や戸惑いではなく、確かな“安堵”だった。
数分後、ブン、と何かが動いた音がした。
エアコンが再起動し、照明が一斉に点灯した。
停電が――終わった。
「……戻ったね」
「うん。でも……なんか、少し惜しい気もする」
ふたりは、まだろうそくの火を消さずに、しばらくその灯りを見つめていた。
それは、ふたりが心の中に灯した“かすかな光”のようでもあった。
朝、目黒が目を覚ますと、キッチンから音楽が流れていた。
藍の歌だった。けれど、それは新しい曲だった。
「昨日、作った曲。夜の静けさと、あの手の距離感がテーマ」
「……俺のこと、歌にされた?」
「ちょっとだけね。内緒」
藍は振り向き、キャップをかぶっていなかった。
「今日の朝ごはん、ひとくちずつ、口で説明せずに当ててね」
「え、それ難しいじゃん!」
「昨日の“静寂レッスン”の成果、見せて?」
ふたりは笑いながら、またいつもの食卓へと戻っていった。
夜になっても風はなく、空気は重たいままだった。
目黒蓮は撮影からの帰宅途中、天気アプリを見ながら「今日は夕立来るかも」と呟いた。
だが、まさかそれが“ふたりの関係”にも影を落とすとは、まだ知らなかった。
リビングの電気を点け、冷たい麦茶を一口飲んだそのときだった――
「バチンッ」
突然、部屋が闇に包まれた。
エアコン、照明、冷蔵庫の音も一斉に止まり、静けさだけが残った。
「……うわ、停電か?」
窓の外を見ても、周囲の家もほとんど真っ暗。
数秒後、階段の上から足音が聞こえてきた。
「目黒くん?」
藍の声だった。
「大丈夫。多分、全体的な停電っぽい。ブレーカーは落ちてない」
「そっか……びっくりした。ろうそくあるから持っていくね」
しばらくして、ふわりと柔らかな光が階段を照らした。
藍が、小さなろうそくをいくつか持って降りてきた。
ふたりはリビングのテーブルにキャンドルを並べた。
電気も音もない夜。けれどそこには、ろうそくの光と、ふたりの呼吸だけがあった。
目黒は、少し照れたように笑いながら言った。
「こういうの、なんかドラマみたいだね」
「……確かに。なんか、普段より緊張する」
「でも……いい雰囲気だよ。
普段、蛍光灯の下だと見えないものが見える気がする」
「例えば?」
「藍さんの声。いつもより、近く感じる」
藍は少し間を置き、そっと呟いた。
「……それ、たぶん私も。
目黒くんの声、いつもはテレビ越しに聞いてたけど、今はちゃんと“ここ”にある」
ふたりは、じっとろうそくの火を見つめていた。
まるで、お互いの心の奥を覗き込むように。
「……ねえ、目黒くん」
「ん?」
「“有名になること”って、怖くなかった?」
その問いは、まるでずっと前から用意されていたように聞こえた。
目黒は少し考えてから答えた。
「怖かったよ。今も、時々怖い。
自分じゃない“理想の目黒蓮”を演じてるんじゃないかって思うこと、ある」
「……それでも、やめたいって思ったことは?」
「ある。でも……それ以上に、誰かに“届けたい”って気持ちがあったから、続けてきた」
藍は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「私、あの事故のあと、人前に出るのが本当に無理で。
だから、歌うことしか自分を伝える手段がなかったの」
「うん……」
「でも、最近、目黒くんと暮らして……
料理を作って、声を聴いて、話して、笑って……
それが、歌うことと同じくらい、大事だって思えてきた」
藍の声が、わずかに震えていた。
「たぶん……私、人とちゃんと繋がりたかったんだと思う。
でも、怖くて、自分から閉じちゃってた」
目黒は、そっと手をテーブルの上に置いた。
そして、藍の手が、そのすぐ隣に並んだ。
触れていない。けれど、温度はそこにあった。
ろうそくの炎が、少しだけ揺れた。
ふたりは、そのまま沈黙を保っていた。
やがて、目黒が、ぽつりと呟いた。
「ねえ、俺、ずっと聞きたかったことがあるんだけど……」
「なに?」
「“藍”って、本名?」
「……違うよ。音楽活動を始めるときに、自分でつけた」
「どうして“藍”にしたの?」
藍は少し笑った。
「“青じゃないけど、青に近い”って意味が好きだった。
完璧じゃないし、まっすぐじゃない。でも、どこか澄んでる。そんな色がいいなって」
「……わかる。藍さんっぽい」
すると、藍が不意に聞いた。
「目黒くんは、“本当の私”を知っても、名前以上のものを感じる?」
それは、まるで告白のような問いだった。
目黒は、迷わず答えた。
「名前も、顔も、歌も、料理も、ぜんぶ藍さんだよ。
だから――“本当の藍さん”って、一つじゃないと思う」
ふたりは、ろうそくの火を見つめたまま、言葉を失った。
でもその沈黙は、もう不安や戸惑いではなく、確かな“安堵”だった。
数分後、ブン、と何かが動いた音がした。
エアコンが再起動し、照明が一斉に点灯した。
停電が――終わった。
「……戻ったね」
「うん。でも……なんか、少し惜しい気もする」
ふたりは、まだろうそくの火を消さずに、しばらくその灯りを見つめていた。
それは、ふたりが心の中に灯した“かすかな光”のようでもあった。
朝、目黒が目を覚ますと、キッチンから音楽が流れていた。
藍の歌だった。けれど、それは新しい曲だった。
「昨日、作った曲。夜の静けさと、あの手の距離感がテーマ」
「……俺のこと、歌にされた?」
「ちょっとだけね。内緒」
藍は振り向き、キャップをかぶっていなかった。
「今日の朝ごはん、ひとくちずつ、口で説明せずに当ててね」
「え、それ難しいじゃん!」
「昨日の“静寂レッスン”の成果、見せて?」
ふたりは笑いながら、またいつもの食卓へと戻っていった。