番外編
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それは、秋も深まったある夜のことだった。
目黒が地方のロケで一泊していたその日、藍はひとり、リビングで明日の仕込みをしていた。
鮭を味噌に漬け込み、常備菜を冷蔵庫に整えて。静かな音楽と、静かな夜。
そこへ、インターホンが鳴った。
時計は21時半。
(……え?)
こんな時間に誰だろうと思いながらモニターを見ると――そこには見覚えのある顔が映っていた。
「……渡辺さん?」
ドアを開けると、キャップを深くかぶり、マスクをした渡辺翔太が立っていた。
けれど、普段テレビで見るような軽快な空気はなかった。
彼は、少しだけ気まずそうに頭を下げた。
「……こんばんは。急にごめんね」
「いえ。どうぞ、上がってください」
「あ、うん……いや、あのさ……」
靴を脱ぎながら、彼はぽつりと口にした。
「目黒、いないの?」
「今日はロケで外泊です」
「……じゃあちょうどよかった」
その言葉に、藍は少しだけ眉をひそめた。
(ちょうど、って……?)
はじまりは、お湯と白湯から
キッチンカウンターで白湯を出すと、渡辺は黙ってそれを受け取った。
藍は問い詰めることはしない。ただ、ゆっくりとテーブルに向き合った。
「……なんか、最近ずっと、喉の奥が重くて。
声が枯れるほどじゃないんだけど、呼吸が浅くて……」
藍は、目の前で俯く渡辺を見ていた。
普段テレビでは見せない、“弱い音”。
「病院は?」
「行った。でも、異常はないって。
で、結局“休め”って言われるだけ。……それが一番難しいってのに」
苦笑いの中に、少しだけ怒りと、悲しみが滲んでいた。
声を、守るということ
「渡辺さん、声って“使う道具”っていうより、たぶん“生き方そのもの”なんですね」
「……?」
「お仕事で声を使って、人を笑わせて、支えて、惹きつける。
でも、それって、自分の気力や体力を削って差し出してるってことでもある」
「……そっか。だから、削られた分、戻ってこないと、しんどくなるんだな」
藍は、冷蔵庫から小さな瓶を取り出した。
生姜とレモンを漬けた、自家製の“声守りシロップ”だった。
「これ、お湯で割って、寝る前に飲んでみてください。身体がほぐれて、呼吸が少し楽になります。
喉だけじゃなく、胸の真ん中も、温かくなるように作ってあります」
渡辺は、しばらく瓶を見つめていた。
「……こういうの、誰かに作ってもらうの、久しぶりかも」
少しして、彼は照れくさそうに言った。
「目黒が……すごく変わったの、わかるよ。
優しくなったっていうか、“守られてる人”の顔になったっていうか」
「……そうですか?」
「うん。だから、最初はなんかちょっと嫉妬してた。
“お前だけ、ずるくない?”って思ってた」
藍は、微笑んだ。
「でも来てくれて、うれしいです。
私が目黒くんにしてることは、彼だけのためじゃなくて。
“人がちゃんと生きられるように”の一環ですから」
「ちゃんと生きる、か……」
渡辺の目が、少しだけ潤んでいた。
「俺も、誰かの声を守れる人になりたいな。
……でもその前に、自分の声、守らなきゃな」
玄関先で靴を履きながら、渡辺が小さく言った。
「……あのさ。たまにでいいから、声聞いてくれない?」
「はい。いつでも。
声だけじゃなくて、“心の音”も、ちゃんと聞きますよ」
渡辺はちょっと笑って、
「やっぱずるいな、目黒……」と、呟きながら夜の街へ消えていった。
目黒が帰ってきた翌朝、藍はそっと言った。
「昨日、渡辺さんが来ましたよ。ちょっと、声が疲れてたみたい」
目黒は、驚きつつもすぐに納得したようだった。
「……あいつ、来たか。よかった。
藍さんの声、効いたでしょ?」
藍は、控えめに笑った。
「……“声”じゃなくて、“気配”が届いたのかもしれませんね」
目黒が地方のロケで一泊していたその日、藍はひとり、リビングで明日の仕込みをしていた。
鮭を味噌に漬け込み、常備菜を冷蔵庫に整えて。静かな音楽と、静かな夜。
そこへ、インターホンが鳴った。
時計は21時半。
(……え?)
こんな時間に誰だろうと思いながらモニターを見ると――そこには見覚えのある顔が映っていた。
「……渡辺さん?」
ドアを開けると、キャップを深くかぶり、マスクをした渡辺翔太が立っていた。
けれど、普段テレビで見るような軽快な空気はなかった。
彼は、少しだけ気まずそうに頭を下げた。
「……こんばんは。急にごめんね」
「いえ。どうぞ、上がってください」
「あ、うん……いや、あのさ……」
靴を脱ぎながら、彼はぽつりと口にした。
「目黒、いないの?」
「今日はロケで外泊です」
「……じゃあちょうどよかった」
その言葉に、藍は少しだけ眉をひそめた。
(ちょうど、って……?)
はじまりは、お湯と白湯から
キッチンカウンターで白湯を出すと、渡辺は黙ってそれを受け取った。
藍は問い詰めることはしない。ただ、ゆっくりとテーブルに向き合った。
「……なんか、最近ずっと、喉の奥が重くて。
声が枯れるほどじゃないんだけど、呼吸が浅くて……」
藍は、目の前で俯く渡辺を見ていた。
普段テレビでは見せない、“弱い音”。
「病院は?」
「行った。でも、異常はないって。
で、結局“休め”って言われるだけ。……それが一番難しいってのに」
苦笑いの中に、少しだけ怒りと、悲しみが滲んでいた。
声を、守るということ
「渡辺さん、声って“使う道具”っていうより、たぶん“生き方そのもの”なんですね」
「……?」
「お仕事で声を使って、人を笑わせて、支えて、惹きつける。
でも、それって、自分の気力や体力を削って差し出してるってことでもある」
「……そっか。だから、削られた分、戻ってこないと、しんどくなるんだな」
藍は、冷蔵庫から小さな瓶を取り出した。
生姜とレモンを漬けた、自家製の“声守りシロップ”だった。
「これ、お湯で割って、寝る前に飲んでみてください。身体がほぐれて、呼吸が少し楽になります。
喉だけじゃなく、胸の真ん中も、温かくなるように作ってあります」
渡辺は、しばらく瓶を見つめていた。
「……こういうの、誰かに作ってもらうの、久しぶりかも」
少しして、彼は照れくさそうに言った。
「目黒が……すごく変わったの、わかるよ。
優しくなったっていうか、“守られてる人”の顔になったっていうか」
「……そうですか?」
「うん。だから、最初はなんかちょっと嫉妬してた。
“お前だけ、ずるくない?”って思ってた」
藍は、微笑んだ。
「でも来てくれて、うれしいです。
私が目黒くんにしてることは、彼だけのためじゃなくて。
“人がちゃんと生きられるように”の一環ですから」
「ちゃんと生きる、か……」
渡辺の目が、少しだけ潤んでいた。
「俺も、誰かの声を守れる人になりたいな。
……でもその前に、自分の声、守らなきゃな」
玄関先で靴を履きながら、渡辺が小さく言った。
「……あのさ。たまにでいいから、声聞いてくれない?」
「はい。いつでも。
声だけじゃなくて、“心の音”も、ちゃんと聞きますよ」
渡辺はちょっと笑って、
「やっぱずるいな、目黒……」と、呟きながら夜の街へ消えていった。
目黒が帰ってきた翌朝、藍はそっと言った。
「昨日、渡辺さんが来ましたよ。ちょっと、声が疲れてたみたい」
目黒は、驚きつつもすぐに納得したようだった。
「……あいつ、来たか。よかった。
藍さんの声、効いたでしょ?」
藍は、控えめに笑った。
「……“声”じゃなくて、“気配”が届いたのかもしれませんね」