それから数日後、澪はまた図書室にいた。 窓際の席、いつもの時間。けれど、今日は少しだけ落ち着かない。 理由はわかっていた。 あの日、目黒蓮が隣に座ったこと。 そして、彼が「また来てもいい？」と言ったこと。

澪は、芸能人に興味がないわけではなかった。 でも、それはあくまで「画面の中の人」として。 憧れや好奇心はあっても、現実の自分とは交わらない存在。 だからこそ、あの日の出来事は、澪にとって少しだけ現実離れしていた。

「……あ、いた」

その声に、澪は顔を上げた。 目黒が、また図書室に現れた。 今日はキャップをかぶっていない。制服のまま、少し髪が乱れていて、どこか少年らしい雰囲気だった。

「また来ちゃった。迷惑だったら言ってね」

「……別に、迷惑じゃないです」

澪はそう答えたけれど、心の中では戸惑っていた。 どうして、彼は自分に話しかけてくるのだろう。 どうして、こんなに自然に隣に座るのだろう。

「澪ちゃんって、毎日ここにいるの？」

「……はい。静かなので」

「俺も、静かな場所好きだよ。忙しいと、頭の中がぐちゃぐちゃになるから」

目黒は、机に肘をついて、澪の読んでいる本を覗き込んだ。 その距離が近くて、澪は少しだけ身を引いた。

「……芸能人って、こんなに自由に動けるんですか？」

澪の言葉は、少し冷たく響いたかもしれない。 でも、それは彼との距離を保ちたかったから。

目黒は、少しだけ目を伏せた。

「うん、まあ……自由じゃないことも多いけど。今は、ちょっとだけ抜け出してる感じ」

「……抜け出して、どうするんですか？」

「澪ちゃんに会いに来た」

その言葉に、澪は言葉を失った。 目黒の瞳は、まっすぐだった。 冗談ではない。 でも――澪は、すぐにその気持ちを受け止めることができなかった。

「……私、芸能人の人と、普通に話すのは苦手です」

「そっか……ごめんね。急に距離詰めすぎたかも」

目黒は、少しだけ笑って、椅子から立ち上がった。 「また来るね」と言って、図書室を後にした。

澪は、彼の背中を見送った。 その背中は、どこか寂しそうで、でも堂々としていた。

心の中で、何かが揺れていた。 それは、彼の言葉の余韻か。 それとも、自分の中に芽生え始めた何かか。

でも、澪はまだその感情に名前をつけることができなかった。