月城 結菜は、兄・冬威の顔を今でも鮮明に覚えている。二人は一卵性の双子だったが、運命は彼らを残酷に分けた。兄の冬威は、Snow Manとしてデビューを目前に控えていたが、持病の遺伝性心臓病が悪化し、志半ばで静かに息を引き取った。冬威は、とても明るくて元気な、グループのムードメーカーであり、誰よりも努力を惜しまない熱い男だった。

彼の不在は、Snow Manのメンバーに深い傷を残した。メンバーたちは、冬威の復帰を信じて、アクロバットやダンスの練習に励んでいた矢先の出来事だった。グループのデビュー計画は一時的に白紙に戻され、メンバーは深い悲しみと混乱の中にいた。

そんな中、冬威の部屋で発見された一通の遺書が、結菜の人生を一変させる。

「ゆいなへ。俺の夢、Snow Manとしてステージに立つ夢を、お前が叶えてくれ。お前ならできる。俺の代わりに、冬威になってくれ。お前の演技力なら、誰も気づかない。お願いだ、ゆいな。俺の居場所を、守ってくれ。」

遺書には、ただその切なる願いと、結菜の持つ演技力への信頼が書かれていた。結菜は、兄と同じ顔立ち、同じ身長。女性であること、そして兄が得意としたアクロバットが苦手であること以外は、すべてが冬威と同じだった。

涙を拭い、結菜は決意した。男装し、兄の代わりにアイドル「月城 冬威」として生きることを。

その足で、結菜はスタートエンターテイメントの社長の元を訪れた。

「社長。お願いします。兄の夢を叶えさせてください。私を、月城 冬威として、Snow Manに入れてください」

社長は、あまりにも唐突な、そして無謀な願いに言葉を失った。しかし、冬威がどれほどデビューを望んでいたかを知っていたため、苦渋の決断で結菜の提案を受け入れた。社長は、結菜の母親と、彼女の心臓病の担当医にだけ連絡を取り、秘密を共有した。

そして、「月城 冬威は、持病の悪化で休養していたが、奇跡的に回復し、メンバーとして復帰する」という形で、結菜はSnow Manに迎え入れられた。

誰も結菜が女性であること、そして本物の冬威ではないことに気づかない。

メンバーたちは、冬威が戻ってきたことを心から喜んだ。

「冬威！マジで良かった！お前がいないと始まんねぇよ！」佐久間大介が、泣きながら結菜（冬威）を抱きしめる。

「お前、なんだかちょっと雰囲気が変わったな。病気したせいか？」深澤辰哉が心配そうに、しかし温かい視線を向ける。

結菜は、兄が残した笑顔と明るいムードメーカーの役割を、必死で演じた。兄が得意だったアクロバットについては、「病気のせいでドクターストップがかかっている」という設定で、誰も疑うことはなかった。

結菜のメンバーカラーは、兄が選んでいたパステルピンク。佐久間大介の鮮やかなピンクとは少し違う、優しく淡い桜色だった。結菜は、この桜色に、散りゆく兄の命と、これから偽りの自分として生きる覚悟を重ねた。

デビューが決まり、Snow Manは破竹の勢いで人気を博し始める。結菜（冬威）も、兄の明るい性格と自分の持つ繊細な表現力を融合させ、グループに欠かせない存在になっていた。

「冬威は、ステージに立つと、誰よりも表情が豊かだよな」と、渡辺翔太がインタビューで話すのを聞いたとき、結菜は胸が締め付けられた。それは、兄の夢を叶えるために、自分の命を懸けた演技をしているからだった。

デビューから一年が経ち、Snow Manはまさにこれからという時だった。兄の夢は、着実に現実のものとなっていた。結菜は、この偽りの人生に、一縷の光を見出していた。

しかし、運命は再び結菜に牙をむく。

人気絶頂の時期、深夜の自宅。ハードなスケジュールの後の僅かな休息時間、結菜は突然、激しい胸の痛みに襲われた。呼吸が浅くなり、全身に冷や汗が噴き出す。それは、かつて兄を襲った発作と同じ感覚だった。

震える手で、結菜はかかりつけの病院へ向かった。そして、医師から告げられたのは、兄と同じ遺伝性心臓病の発症と、余命一年の宣告だった。

「月城さん。進行を遅らせることはできても、完治は望めません。兄上と同じで、長くて一年…もしかしたら、それよりも短いかもしれません」

結菜の視界は、一瞬にしてモノクロになった。デビューからわずか一年。兄の夢を継いで、ようやくスタートラインに立ったばかりなのに。

病院からの帰り道、結菜は静かに決意した。

「秘密は、誰にも言わない。冬威として、死ぬ直前までステージに立ち続ける」

余命一年。その短い期間を、結菜は「月城 冬威」として、最高のアイドル人生を完遂するために捧げると誓った。兄が果たせなかった夢、そして自分の偽りの人生を、完璧な形で終わらせるために。

その日から、結菜の日常は「病を隠す演技」と「兄の夢を演じる演技」の二重構造になった。薬は常に手放せず、少しでも動悸がしたら、トイレや楽屋の隅で人知れず息を整える。

特に、メンバーとの距離感に気を遣った。

「最近、冬威なんか痩せてねぇか？」最年長の深澤辰哉が心配そうに言う。 「そう？この前ふっかさんが買ってくれたシュークリーム、二個食ったから太ったかと思ったわ！」結菜はいつものおどけた調子で返す。

「お前、最近めっきりアクロバットの練習しねぇけど、マジでどこか悪いんじゃねぇの？」渡辺翔太が鋭い視線を向ける。渡辺は、冬威とはJr.時代からの付き合いが長く、結菜が演じる「冬威」のわずかな変化にも敏感だった。 「しょっぴー、うるせー！怪我が怖ぇんだよ！俺はダンスと歌で魅せる派！」結菜は敢えて大声で笑い飛ばす。その裏で、彼の鋭さにヒヤリとする。

心の痛みは、体の痛みを上回った。兄の夢を壊したくない。そして、自分の秘密を、メンバーの誰にも知られたくない。その強い意志だけが、結菜をステージに立たせ続けた。

そして、余命宣告から数週間後、運命的な仕事が舞い込む。それは、病と闘いながら夢を追い続ける少年を主人公としたヒューマンドラマ**『君と僕のタイムリミット』**の主演オファーだった。

この役柄は、結菜にとって、あまりにも皮肉で、そして必然だった。

兄の遺言、自分の余命、そしてアイドルの夢。すべてが絡み合い、結菜の最後の舞台が、静かに幕を開けようとしていた。