死刑執行までの1週間
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夜が、長い。
深夜になると独房は、外よりも暗くなる。小さな常夜灯が天井にあるが、鉄の格子のせいで、光はまともに届かない。蒼はベッドの上で膝を抱え、静かに呼吸を数えていた。
──寝なければ、朝は来ない。
──朝が来なければ、終わりに一日近づかない。
子どものような理屈を、本気で信じそうになっている自分がいた。
時計はないが、おそらく午前2時を回っている。どこか遠くの房から、うなされるような声が聞こえた。死刑囚の部屋ではよくあることだ。叫ぶ者、泣く者、眠れずに壁を叩き続ける者。
蒼は、静かだった。
その代わり、記憶が喉元を掴んで離さなかった。
「先生、どうしてそんなに優しいの?」
あの子の声が、鼓膜の奥で蘇る。小さな手、前歯の抜けた笑顔。
小学3年生だった神谷心春(こはる)。蒼が担任していた教室で、一番よく懐いてくれていた子だ。
家庭に問題があると噂されていた。登校時刻は毎日バラバラ、服はいつも同じで、腕や足には青い痣が絶えなかった。
ある日、蒼は彼女の腕に不自然な火傷の跡を見つけた。
だが、心春はこう言った。
「お母さんじゃないよ。自分でやったの。」
蒼は教育委員会に相談し、児相にも連絡を入れた。だが、何も変わらなかった。
そして──事件は起きた。
心春が、自宅の階段下で亡くなった。
検視の結果、「転落死」。けれど、その身体はあまりにも傷だらけだった。
メディアは一斉に取り上げた。「担任教師による日常的な体罰」「学校ぐるみの隠蔽」。
そして蒼は、母親による供述と曖昧な証拠のまま、逮捕された。
「私の目の前で、先生があの子に叩かれているのを見ました。」
そう、心春の母親は語った。涙を流しながら。
それが、致命的な証言になった。
けれど、心春の声は、もう誰にも届かない。
──なぜ、あの時もっと強く動けなかったんだろう。
──なぜ、俺は“疑われないように”だけを気にしていたんだ。
鉄の天井を見上げた。目の奥が熱くなる。けれど涙はもう出ない。泣き尽くしてしまったのだ。
「心春…」
声が、独房に吸い込まれる。
「俺は、本当に…お前を、守れなかった。」
誰もいない部屋で、その言葉だけが、空気を裂いた。
その夜、蒼は数ヶ月ぶりに眠った。
夢の中で、あの教室に戻っていた。心春が笑っていた。
「せんせい、きょうは、だいじょうぶ?」
「うん。今日は、大丈夫だ。」
そう言えたことが、嬉しかった。
目が覚めたとき、頬が濡れていた。
死刑執行まで、あと四日。
深夜になると独房は、外よりも暗くなる。小さな常夜灯が天井にあるが、鉄の格子のせいで、光はまともに届かない。蒼はベッドの上で膝を抱え、静かに呼吸を数えていた。
──寝なければ、朝は来ない。
──朝が来なければ、終わりに一日近づかない。
子どものような理屈を、本気で信じそうになっている自分がいた。
時計はないが、おそらく午前2時を回っている。どこか遠くの房から、うなされるような声が聞こえた。死刑囚の部屋ではよくあることだ。叫ぶ者、泣く者、眠れずに壁を叩き続ける者。
蒼は、静かだった。
その代わり、記憶が喉元を掴んで離さなかった。
「先生、どうしてそんなに優しいの?」
あの子の声が、鼓膜の奥で蘇る。小さな手、前歯の抜けた笑顔。
小学3年生だった神谷心春(こはる)。蒼が担任していた教室で、一番よく懐いてくれていた子だ。
家庭に問題があると噂されていた。登校時刻は毎日バラバラ、服はいつも同じで、腕や足には青い痣が絶えなかった。
ある日、蒼は彼女の腕に不自然な火傷の跡を見つけた。
だが、心春はこう言った。
「お母さんじゃないよ。自分でやったの。」
蒼は教育委員会に相談し、児相にも連絡を入れた。だが、何も変わらなかった。
そして──事件は起きた。
心春が、自宅の階段下で亡くなった。
検視の結果、「転落死」。けれど、その身体はあまりにも傷だらけだった。
メディアは一斉に取り上げた。「担任教師による日常的な体罰」「学校ぐるみの隠蔽」。
そして蒼は、母親による供述と曖昧な証拠のまま、逮捕された。
「私の目の前で、先生があの子に叩かれているのを見ました。」
そう、心春の母親は語った。涙を流しながら。
それが、致命的な証言になった。
けれど、心春の声は、もう誰にも届かない。
──なぜ、あの時もっと強く動けなかったんだろう。
──なぜ、俺は“疑われないように”だけを気にしていたんだ。
鉄の天井を見上げた。目の奥が熱くなる。けれど涙はもう出ない。泣き尽くしてしまったのだ。
「心春…」
声が、独房に吸い込まれる。
「俺は、本当に…お前を、守れなかった。」
誰もいない部屋で、その言葉だけが、空気を裂いた。
その夜、蒼は数ヶ月ぶりに眠った。
夢の中で、あの教室に戻っていた。心春が笑っていた。
「せんせい、きょうは、だいじょうぶ?」
「うん。今日は、大丈夫だ。」
そう言えたことが、嬉しかった。
目が覚めたとき、頬が濡れていた。
死刑執行まで、あと四日。