——風が吹いていた。冷たい夜の風が、LANの額の汗を奪っていく。

夢の中だった。なのに、現実よりも鮮明だった。

屋上の柵の向こう、Reluが無言で立っている。声をかけようとしたが、声が出ない。足も動かない。

Reluは振り向かず、そのまま一歩前へと——

——そこで目が覚めた。

LANは荒く息を吐いていた。喉がからからで、布団の中でも冷たい汗が背中に張りついている。

「また、あの夢……」

今週に入って、同じ夢を何度も見ていた。

Reluが、目の前から消える夢。

それも、ただいなくなるのではない。壊れて、潰されて、何かを諦めたように。

「なんで、そんな顔……」

LANはその日、初めて授業中にノートを取りながら、他の生徒の話し声が耳に入らなくなった。

——Reluって、前から変だったよね
——なんか、どこか病んでる感じあったし

その声が、頭の奥で反響する。

——Relu、そんなことする子じゃなかったよね？
——……あんた、まだ信じてんの？

頭を振る。

（おかしい。全部、なにかがおかしい）

LANは、帰り際にいるまを呼び止めた。

「いるま……あのさ、前に言ってたこと、もう一回聞かせて」

「……気づいたか」

いるまは、それ以上何も言わず、手渡すようにUSBメモリを差し出した。

「図書室の監視カメラのログ。俺の兄貴が管理してる。普通は見れねぇけど、Reluがいた時間と、あの女子どもが叫んだ時間……一致してねぇ」

LANは、USBを握り締めた。

「Relu……俺が、信じてやらなきゃいけなかったのに」

——

その頃、藍は一人、校舎の裏庭でメモを取っていた。

彼の前には、真新しい手帳と、一冊の黒いノート。

その中には、Reluが関わったとされる事件の全ての時刻、場所、関係者の証言内容、そして——Reluのアリバイが事細かに記されていた。

藍は、教師・西浦の言動も記録していた。

「やっぱり、動いていたんだな……」

ある放課後、職員室に残された一枚のメモを、藍は偶然手にしていた。

『R対象者。退学方向で調整。証言数5』

西浦の筆跡だった。

「これはもう……ただのいじめじゃない。仕組まれた罠だ」

藍は、図書室に足を向けた。

そこにいるのは、ただ一人。

「Relu……」

ガタッと小さく音がして、Reluが顔を上げた。

「……なんや、もう誰も来んと思ってたのに」

「俺は、君を見捨てない」

藍の声は静かだったが、その瞳は確かだった。

「君を信じてる人が、まだここにいる。LANも、いるまも、こさめも、みことも、すちも——」

Reluは首を振った。

「ちゃう……自分な、もう……壊れてもうてん。あいつらに、どう言えばええかわからん」

「言わなくていい。ただ、生きていて」

藍は、そっと自分のスマホを差し出した。そこには、LANたちが写る動画が再生されていた。

LAN『Relu、待っててくれ。俺たち、絶対に真実を見つけ出すから』

Reluの目が、揺れた。

「ほんまに……信じてええんか……？」

「……ああ」

藍の手が、Reluの肩に触れる。

その温度に、Reluは小さく——泣いた。

だがその翌日、さらなる罠が張り巡らされる。

西浦が、ついに“決定的な証拠”を提示するという。

学校全体が、それを受け入れる準備を始めていた。

Reluは、もう後がなかった。

——そして、次の朝。

Reluの机の上には、彼のスマホと、たった一枚のメモが置かれていた。

『信じてくれてありがとう。でも、自分は——これでええねん』

クラス中が、凍りついた。

その姿は、どこにもなかった。

だが——彼が向かった先を、LANと藍だけは知っていた。

夜の屋上。

そこに立つReluの姿が、月明かりの中に浮かんでいた。