夜王の鬨の声が、夜の帳を引き裂いた。

「さぁ、夜行の続きよ！『そこのけ、そこのけ』」

百鬼夜行は、その勢いを保ったまま、来た道を引き返し始めた。都市に残された混沌の残骸を背後に、黒い夜道を再び大名行列が練り歩く。

東の空が、薄く白み始めた。群青の空が、徐々に現世の青へと戻っていく。その変化は、彼らにとっての死の宣告に等しかった。

「イトヲカシ 世は満ちた」

夜王は、満足げに呟いた。一夜の役割は果たされた。混沌は投下され、人々の心には忘れられない恐怖と、どこか解放されたような記憶が植え付けられた。

行列が、最初に出会った彼岸の道へと差し掛かり、再び葵の前に現れた。夜王は駕籠に乗り込む寸前、葵に向かって深く、そして静かに言った。

「また会おう、お嬢さん。月ある限り、我らの夜は必ず巡り来る」

そして、彼は闇の中へと消えていった。百鬼夜行の音は、たちまち遠くなり、やがて完全に消滅した。

太陽が昇り、混沌の日本は、一夜にして浄化されたかのように静寂を取り戻した。街は破壊され、人々は戸惑い、しかし誰もが昨夜の出来事を「悪夢」として処理しようとした。

葵は、彼岸花の咲き乱れる道に一人立ち尽くしていた。彼女の瞳には、まだ群青の残像が焼き付いていた。

世界は元通りになったわけではない。彼女だけが知っている、この世がどれほど危うい均衡の上に成り立っているかという真実。

彼女は、静かに手を叩いた。それは、夜王が求めた、理性を超えた賛同の拍手。

（そこのけ、そこのけ）

葵は、心の中でその声を反芻した。夜が再び訪れ、月が満ちる限り、彼らの夜行は続く。そして、彼女はきっと、再びその行列を見ることになるだろう。

現と黄泉の狭間で、彼女の「借り暮らし」は、もう以前と同じではいられなかった。