夜の帳が深まるにつれ、百鬼夜行はクライマックスを迎えた。都心の巨大な交差点は、黒と群青の光に満ちた祝祭の場と化した。これは征服でも破壊でもなく、ただ「欲しいままに」存在する時間の獲得だった。

「人の子は道を譲れよ」

行列に巻き込まれた人間たちは、自らの存在を矮小なものとして感じ、路傍の石のように道を譲った。彼らに抗う力は残されていなかった。

「通りゃんせ通りゃんせ 騒げ盃だ 踊る我らの夜の華よ」

鬼たちは盃を空中に掲げ、炎のような液体を飲み干し、夜の華のように妖しく笑う。彼らの姿は、この世の退廃と美しさが凝縮されたようだった。葵は、その中心で、ある種の陶酔を感じていた。恐怖の向こう側にある、圧倒的な自由。

夜行の主は、かつて葵と出会ったあの者だった。彼は**「夜王（やおう）」**と呼ばれていた。彼は葵に向かって再び問いかけた。

「信じられるか？ 夢か真か」

その問いかけは、夜行そのものの本質を問うていた。この混沌は、人々の心が生み出した幻想か、それとも黄泉からの確固たる侵略か。

「通りゃんせ通りゃんせ 笑止千万だ」

夜王は、全てを嘲笑うように高笑いした。人間たちの営み、苦悩、そして彼らが作り上げた秩序。全てが「笑止千万」だと。

「陽が上るまでは我らが この世をただ 欲しいままに 転がしてく 月ある限り」

彼らの夜は永遠ではない。太陽という「現」の力が戻るまでの、ほんの一夜の夢。だが、その一夜こそが、彼らの全てだった。

葵は、その圧倒的な存在感に魅了されかけていた。もし、この夜に留まるならば、彼女は「見える」者として、夜の華の一部になれるのかもしれない。

その時、夜王は一瞬、哀しげな表情を浮かべた。

「洒落臭いな人は天上天下の狭間 借り暮らしなんだ」

人間は、この世の真の主ではない。ただ、現世と黄泉の狭間で、一時的にこの場所を借りているだけの存在。輪廻の鎖に繋がれた、哀れな旅人。

「廻れ回れ 輪廻の果てに 冗談じゃないぜ 笑い飛ばせ」

夜王の宣言は、彼自身の運命への挑戦でもあった。彼らもまた、夜という制約の中でしか生きられない、借り暮らしの存在なのかもしれない。