ユウキは、シンより少し年上の青年だった。規則通りに整えられた黒髪、常に穏やかな眼差し。しかし、その瞳の奥には、どこか諦めにも似た影が宿っているようだった。

「シンさん、時間ですよ」 ユウキは毎日、決まった時間に薬を持ってくる。水色の小さなカプセル。シンはそれを「ブルー・ピル」と呼んでいた。 「これを飲めば、少しは声が小さくなりますか？」 シンは、皮肉めいた笑みを浮かべた。 「症状を和らげるものです。でも、根本の解決にはならないかもしれませんね」 ユウキは淡々と答える。彼の言葉は、常に事実を述べるだけで、希望も絶望も与えなかった。

ある夜、シンは激しい幻聴に襲われた。 「Kill me, bully me, save me!」 叫びたい衝動に駆られ、シーツを噛み締める。 その時、ユウキが病室に入ってきた。 「どうしました、シンさん」 ユウキは、シンの額に手を当てた。その手のひらは、少し冷たく、しかし優しかった。 「…失敗作だと、言われるんです。僕を…消してほしい」 シンは、喘ぐように懇願した。 「Tell me, feed me, erase me deadly.」 ユウキは何も言わず、ただシンのそばに座り、額に手を当て続けた。

静寂が、幻聴を飲み込む。 しばらくして、シンが呟いた。 「ねぇ、ユウキさん。僕たち、みんな同じなんですか？」 「We're all the same. 無自覚に、均等に…」 ユウキは、ため息のような微かな笑みを浮かべた。 「ええ。この病棟にいるか、外にいるか。自覚があるか、ないか。それだけの違いかもしれません」 彼の言葉は、まるで自分自身にも言い聞かせているようだった。この冷静な病棟の外にいる人々も、無自覚な狂気に蝕まれている。そして、ここにいる者たちは、その狂気に気づき、**「足りない」**何かを求めている。

シンは、ユウキの無垢なようでいて、どこか影のある目に引き込まれた。ユウキもまた、この「均等な狂気」の一部なのではないか。