廻 シクフォニ
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海の色が変わっていた。
夜の帳に、淡い紫が混じる。月も雲もないはずなのに、海面だけが妖しく光を帯び、まるで何かが底からこちらを覗いているかのようだった。
残ったのは、夏生、灯真、沙耶、悠斗。
四人。
美緒が消えてから三十分も経っていない。
誰も言葉を交わさない。
何を言っても、余計な音が、何かを呼び寄せてしまうような気がして。
「……っ、帰ろうよ、もう」
沙耶がようやく声を絞り出した。
声は震え、かすれ、涙が混じる。
だが灯真は首を横に振った。
「帰れねぇよ。七が揃うまで、岬は離さねぇんだろ」
「じゃあ……どうすれば……っ」
「代わりを、連れてくるしか――」
その言葉に、全員の目が灯真を刺した。
岬から、生きて戻るために、他の誰かを「差し出す」。
理屈では理解できても、口にした瞬間、もう戻れない線を踏んでしまったように思えた。
風が、吹き荒れる。
潮の匂いに混じる、紫苑の香。
その匂いを運ぶように、あの女が、また現れた。
「増えぬ変わらぬ、輪廻の契り。消えぬ替わらぬ、壊し繋ぎ怖し繋ぎ」
どこからともなく、経のように声が響く。
女は、四人の前に立った。
肌はもう、人の色をしていなかった。白粉の下、爛れた肉が崩れ、月虹のように光る血が滴っている。
「なぁ、教えてくれ……あんたは、何者なんだ」
夏生の問いに、女は微笑んだ。
その笑顔だけが、かつて人だった名残を留めているようだった。
「花街でね、七人の女が、海に沈められたの」
「あの岬の遊郭は、借金と裏の取り引きの隠れ蓑だった。足抜けは許されなかった」
「それでも私たちは、逃げようとした。七人、互いの髪を結び、逃げれば運命も繋がると信じて」
「――けれど捕まって、沈められた」
「七人まとめて、石を抱かされて」
「ひとり沈めば、ひとり残る。残れば、海が喰う。だから、海は七を揃えるようになった」
言葉が終わると、沙耶が震える声で泣き出した。
「そんなの、私たち、関係ない……っ」
「関係ある。だって――」
女の目が、夏生を見据えた。
その瞳の奥に、確かに、哀しみと懐かしさが揺れていた。
「あなたは、あのとき、私を見捨てた人だから」
夏生の胸が、冷たく凍った。
頭の奥で、何かが弾ける音がした。
見たこともないはずの女。だが、脳裏に焼き付く――紫苑色の紅、白く染めた肌、海に沈む直前の、涙で濡れた瞳。
「……嘘、だろ……俺は……」
「生まれ変わっても、同じ魂は、同じ岸辺に辿り着く」
「逃げた罪は、追いかけてくる」
「澄んだお前を、求めるだけ」
声が、優しく、狂おしく、甘く響く。
灯真が、何か叫んだ。悠斗が、走り出した。
だが、その瞬間――
海が、裂けた。
波ではない。
巨大な口のように、海が二つに割れ、紫苑の光が迸った。
「全部、身血連れ。個輪して繋ぎ。空を亡くして、さぁ――供に逝こう」
夏生の足が、勝手に前へと進んだ。
抗えない。抗う理由も、もう残っていなかった。
罪を抱き、愛を見殺しにした過去が、ようやく輪を閉じようとしていた。
夜の帳に、淡い紫が混じる。月も雲もないはずなのに、海面だけが妖しく光を帯び、まるで何かが底からこちらを覗いているかのようだった。
残ったのは、夏生、灯真、沙耶、悠斗。
四人。
美緒が消えてから三十分も経っていない。
誰も言葉を交わさない。
何を言っても、余計な音が、何かを呼び寄せてしまうような気がして。
「……っ、帰ろうよ、もう」
沙耶がようやく声を絞り出した。
声は震え、かすれ、涙が混じる。
だが灯真は首を横に振った。
「帰れねぇよ。七が揃うまで、岬は離さねぇんだろ」
「じゃあ……どうすれば……っ」
「代わりを、連れてくるしか――」
その言葉に、全員の目が灯真を刺した。
岬から、生きて戻るために、他の誰かを「差し出す」。
理屈では理解できても、口にした瞬間、もう戻れない線を踏んでしまったように思えた。
風が、吹き荒れる。
潮の匂いに混じる、紫苑の香。
その匂いを運ぶように、あの女が、また現れた。
「増えぬ変わらぬ、輪廻の契り。消えぬ替わらぬ、壊し繋ぎ怖し繋ぎ」
どこからともなく、経のように声が響く。
女は、四人の前に立った。
肌はもう、人の色をしていなかった。白粉の下、爛れた肉が崩れ、月虹のように光る血が滴っている。
「なぁ、教えてくれ……あんたは、何者なんだ」
夏生の問いに、女は微笑んだ。
その笑顔だけが、かつて人だった名残を留めているようだった。
「花街でね、七人の女が、海に沈められたの」
「あの岬の遊郭は、借金と裏の取り引きの隠れ蓑だった。足抜けは許されなかった」
「それでも私たちは、逃げようとした。七人、互いの髪を結び、逃げれば運命も繋がると信じて」
「――けれど捕まって、沈められた」
「七人まとめて、石を抱かされて」
「ひとり沈めば、ひとり残る。残れば、海が喰う。だから、海は七を揃えるようになった」
言葉が終わると、沙耶が震える声で泣き出した。
「そんなの、私たち、関係ない……っ」
「関係ある。だって――」
女の目が、夏生を見据えた。
その瞳の奥に、確かに、哀しみと懐かしさが揺れていた。
「あなたは、あのとき、私を見捨てた人だから」
夏生の胸が、冷たく凍った。
頭の奥で、何かが弾ける音がした。
見たこともないはずの女。だが、脳裏に焼き付く――紫苑色の紅、白く染めた肌、海に沈む直前の、涙で濡れた瞳。
「……嘘、だろ……俺は……」
「生まれ変わっても、同じ魂は、同じ岸辺に辿り着く」
「逃げた罪は、追いかけてくる」
「澄んだお前を、求めるだけ」
声が、優しく、狂おしく、甘く響く。
灯真が、何か叫んだ。悠斗が、走り出した。
だが、その瞬間――
海が、裂けた。
波ではない。
巨大な口のように、海が二つに割れ、紫苑の光が迸った。
「全部、身血連れ。個輪して繋ぎ。空を亡くして、さぁ――供に逝こう」
夏生の足が、勝手に前へと進んだ。
抗えない。抗う理由も、もう残っていなかった。
罪を抱き、愛を見殺しにした過去が、ようやく輪を閉じようとしていた。