──壊れた心が、最後に残す音がある。

　それは、叫びにも似た震えだった。

　Reluが姿を消してから二ヶ月が経とうとしていた。

　季節は春から初夏へと移り変わり、空気の中に湿気を含んだ熱が混じり始めている。かつての彼の部屋には今も誰も入れず、窓辺に置かれた小さなサボテンだけが、毎日ゆっくりと時間を過ごしていた。

「俺ら、何してんだろうな……」
　くにがぽつりと呟いた声は、スタジオの薄暗い照明に吸い込まれていくようだった。

　こったろは答えず、ギターの弦をいじっていた。

　Coe.は、今日も笑っていた。
　でも、その笑顔が明らかにひどく乾いていたことに、誰も触れなかった。

　ゆうは、窓の外を見つめていた。彼の横顔はどこか虚ろで、まるで夢の中を漂っているようだった。

　彼らは、確かに日常を送っていた。
　だが、それは“正常な日常”ではなかった。

　誰もが、Reluという名前を口にすることができず、できるだけそれを避けるように話題をすり替えていた。

　そして、彼が残した音源だけが、何よりも強くそこに存在していた。

　藍の部屋。
　Reluはその一室の隅に座って、何度目かもわからないノートを破り捨てていた。

「また、嘘ばっかだ……。こんなんじゃ……」
　声は掠れていた。喉も、心も、ずっと痛かった。

　Reluは生きていた。
　それは、確かに事実だ。

　だけど、それを誰にも知られたくなかった。
　もう、あの世界には戻れない。
　戻る資格も、意味も、自分にはない──。

「Relu、少し外に出よう」
　藍の声が、優しく響いた。

　Reluは顔を上げる。目の奥が赤く滲んでいた。
「……なんで？」

「今日、雨が降りそうだから。濡れる前に、少しだけ歩かないか？」

　Reluはしばらく迷ったあと、頷いた。

　アパートの外に出ると、空は重く曇っていた。
　町の音が、遠くで滲んでいる。

　藍は言葉を発さなかった。
　Reluもまた、黙っていた。

　だけどその沈黙は、責めるようなものではなく、ただ存在を許すものだった。

　──それだけで、Reluの足は、少しだけ軽くなった気がした。

　その夜。

　藍の部屋で、Reluは久々に音を鳴らしていた。

　ギターのコード。
　ソフトウェアのピアノ。
　そして、自分の声。

　震えていた。
　でも、確かに音になっていた。

　「残響──」

　タイトルを、呟く。

　それは、彼の中に残された、最後の“鼓動”だった。