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その日は、何でもない午後だった。
藍がいつものように郵便受けを見に行った帰り、Reluの元に一通の封筒を持ってきた。
「Relu、ファンレターが届いてたよ。ポストに名前なしだったけど、中身はすたぽら宛みたい」
「……誰が住所知っとるんや。こわ」
Reluはそう言いながらも、手紙を受け取ると静かに封を切った。
便箋には、小さく震えた文字で、こう綴られていた。
すたぽらの歌が、大好きです。
特にReluさんの作詞には、いつも助けられてます。
どんなにしんどい日でも、「君の音が、僕の心に灯をくれた」って言えるくらい。
最近、更新がなくてちょっと心配です。
無理しないでくださいね。
でも、もしReluさんがまた、あの歌声を聴かせてくれるなら――私は、いつまでも待ってます。
Reluは、手紙をじっと見つめていた。
「……知らん他人が、なんでこんなに俺を想ってんねん」
「Reluの音が、ちゃんと届いてるからだよ」
藍の言葉に、Reluはそっと目を伏せる。
「……あかんな。こういうの見ると、捨てたはずのもんが、また心の中で芽を出してくる」
藍は、優しく微笑んだ。
「……咲かせたらいいじゃない。最後になるかもしれないけど、それでも花を咲かせるって、素敵なことだと思うよ」
Reluは、小さく笑った。
「……ほんま、ずるいな。藍は」
ーーーーーーーー
その翌日、藍のもとに一本のメールが届いた。
差出人は、すたぽらのマネージャーだった。
内容はこうだった。
Reluくんに伝えてもらえませんか?
ファンからのリクエストが多く、すたぽらで一夜限りの“再集結ライブ”の企画が持ち上がっています。
Reluくんが参加するかどうかは自由です。
でも、メンバーもファンも、彼の声を待っています。
藍は、そのメールを見せる前に、Reluの様子をじっと見ていた。
彼の頬は痩せ、手の震えは日増しにひどくなっている。
──だが、それでも。
Reluはまだ「生きようとしていた」。
夕食後、藍はそっと声をかけた。
「Relu。ライブの話が来てた。復帰じゃなくて、“一夜限りの再会”だって」
Reluは、箸を止めた。
「……出るべきやと思う?」
「ううん。出たいなら出ればいい。出たくないなら、出なくていい」
「そんなん、俺に任されたら……」
Reluは、うつむく。
「俺が今さら出て、みんなが喜ぶと思うか? “何も言わずにいなくなった奴”やで?」
「Relu。喜ぶよ、みんな。だって……」
藍は、ゆっくり言った。
「君が“まだ生きてる”って、みんな、信じたいから」
ーーーーーーー
一方その頃。
くには、自分の部屋でノートPCを開きながら、ある作業を続けていた。
ReluのSNSの投稿、ライブ動画、ファンからのDM──ありとあらゆる情報を集めている。
「絶対、れるちは何か隠してる……」
くには独りごちた。
「病気か、事故か……何かがあって、自分から離れたんだ」
そこへ、Coe.から通話が入る。
『くにお、まだ起きてた?』
「ああ。……俺、探すよ。れるちの居場所」
『……僕も』
電話の向こう、Coe.の声ははっきりしていた。
『もう一度会って、ちゃんと“Reluさんの言葉”を聞きたいんだ。たとえ、もう一緒に歌えなくても』
「うん。俺も、そう思う」
二人の間に、強い意志が宿った。
ーーーーーーーー
藍がいつものように台所でお茶を淹れていたころ、Reluは書斎の一角にしゃがみ込んでいた。
そこには、埃をかぶったノートがひとつ。
黒い表紙に、「ことばの墓場」とだけ書かれている。
Reluが、まだ現役で活動していたころ――
深夜、思いついたフレーズを片っ端から書き留めていたノートだった。
「……これ、まだあったんか」
ふっと苦笑する。指先が震える。思うようにページをめくれない。
呼吸が浅くなるのを感じながらも、Reluは自分をなだめるように息を吐いた。
ページをめくる。
そこには、過去の自分が書いた、荒削りでまっすぐな言葉が並んでいた。
ーどうせ終わる命なら、誰かの始まりにくれてやれ。
「……アホか、俺は」
声がかすれる。
そのとき。ドアがノックされ、藍がそっと入ってきた。
「Relu。……お茶、入ったよ」
Reluは何も言わず、ノートを閉じた。
「それ……作詞ノート?」
「……ちゃう。ことばの墓場や。もう使い道のない、死んだことばの残骸や」
藍は、優しく言った。
「でも、それでも。その言葉が、誰かの生きる理由になるなら……それは、“死んでない”よ」
Reluは俯いたまま、言葉を探すように唇を噛んだ。
「……おれ、まだ書いてええんかな」
「いいに決まってる」
藍の声は、どこまでもやわらかく、しかし真っ直ぐだった。
「Reluが書く限り、その言葉は生きてる。Reluも、まだ生きてる」
ーーーーーーーー
その夜。Reluは机に向かっていた。
白紙のノート。黒いボールペン。
頭に浮かんでは消えるフレーズを、ひとつずつ拾い集めるように綴っていく。
「さよなら」はきっと、優しすぎる言葉。
だから俺は、「忘れてくれ」と言うしかなかった。
彼の指は震え、ペンの跡が揺れる。
それでも、言葉が紙の上で形になっていくたび、心がほんの少しだけ軽くなった。
「……もう、戻られへんけど」
「……それでも、もう一度だけ、“生きた証”を残してもええんかな」
書きかけの歌詞を眺めながら、Reluは藍のことを思った。
あの男だけは、最初からReluを“拒絶”しなかった。
死にゆく者の嘘も醜さも全部、黙って受け入れてくれた。
「……藍。あんた、ほんま、ずるいわ」
ぽつりとそう呟いたとき、藍が部屋の前を通りかかる音がした。
Reluは扉越しに声をかけた。
「……なあ、藍」
「うん?」
「おれが、どんなにクソみたいな終わり方しても、最後に“生きててよかった”って思えるように……付き合ってくれるか?」
藍は、一拍おいて答えた。
「最後まで、付き合うよ」
ーーーーーーーー
一方その頃。すたぽらのメンバーは、個々に動き出していた。
こったろは、事務所の関係者に連絡を取り、れるちの行方について「探偵まがい」の動きを見せていた。
ゆうは、ファンコミュニティの声を集め、Relu宛のメッセージ動画を作成していた。
「ゆさんはね、きっとれるちにまた会えるって、信じてるよ」
くには、相変わらず地道に情報を集め、ある病院の記録から「医療受診履歴」の一部を割り出していた。
そしてCoe.は――
かつてReluと二人で作った未公開デモ音源を、ひとりで再編集していた。
「……僕らの音楽は、まだ終わってない」
その瞳は、確かに前を見据えていた。
ーーーーーーー
「完成したの?」
藍が静かに問いかけた。
Reluは黙って頷いた。
机の上に置かれた白いノート。
そこには、すでに最終稿の歌詞が書き込まれていた。
嫌ってくれていい 忘れてくれていい
でも、心のどこかで 一瞬でも“笑ってた”こと
嘘じゃなかったって 思ってくれたら、それでええ
「最後の一曲や」
Reluは呟いた。
その声には、達観と痛み、そしてどこか清々しさすら混じっていた。
藍はそっと問い返す。
「これを、どうするつもり?」
Reluは短く答えた。
「録る。……音源にして、どこかに放る」
「放るだけ?」
「それでええ。誰にも言わん。誰にも教えん。けど、……見つけた奴だけ、受け取ったらええ」
藍は、それ以上何も言わなかった。
ただその夜、Reluの背中を見ながら、心の中で誓った。
――この人の“最後の声”は、きっと誰かに届かなきゃいけない。
だから、俺が“繋ぐ”。
ーーーーーーーー
数日後。
藍は、自身の知人を通じて、ひっそりとした小さな録音スタジオを手配していた。
場所は札幌市内の外れ。誰の目にも留まらない場所。
Reluはその空間に入ると、一瞬だけ立ち尽くした。
無意識に、懐かしい記憶が蘇る。
マイク。
遮音ガラス。
ミキシング卓。
「……何年ぶりやろな」
藍は、機材を確認しながら声をかける。
「準備、大丈夫そうだよ。リテイクは効くけど、無理はしないでくれ」
Reluは笑った。
「……心配せんでも、これが“最後”や。全部ぶつけて終わらす」
リハーサルもなし。
Reluは一発録りにこだわった。
ヘッドフォンを装着し、目を閉じる。
音楽が流れ始める。
静かなピアノの旋律に合わせて、Reluの声が乗る。
たとえば明日、僕がいなくなったなら
きみはそれでも、前を向けるだろうか
歌うReluの姿は、まるで別人だった。
儚く、そして強い。
藍はガラス越しにその姿を見ながら、
「この人はもう、とっくに“生きる覚悟”を決めていたんだな」と思った。
曲が終わる。
録音室に沈黙が戻る。
Reluが息を吐きながらマイクを外し、ドアを開けて出てきた。
「……終わった」
「うん。……よかったよ」
Reluは照れ臭そうに笑いながら言った。
「なあ、藍」
「ん?」
「これ、……すたぽらには、まだ送らんといてくれ」
「……うん。わかってる」
ーーーーーーーー
一方その頃――
こったろは、音楽関係者のネットワークを通じて“とある未登録の楽曲ファイル”の存在を知る。
送信元は不明。
けれど、その声は、間違いなくReluだった。
「れるち……やっぱ、お前、生きてるでしょ」
胸が熱くなる。
くには、連絡の取れないままの関係者から偶然入手した医療機関の「訪問記録」に違和感を感じていた。
「これ、北海道の……札幌じゃん。れるち、まさか……」
ゆうは、最近Reluにそっくりな声の歌をYouTubeで見つけ、泣きながら再生ボタンを繰り返していた。
「……ぜったい、ゆさんにはわかるよ……これは、れるちだもん……」
そして、Coe.は。
新たに公開されたその曲を聴いたとき、すぐに悟った。
Reluがどんな気持ちでこの曲を遺したか。
何を覚悟して、自分たちに背を向けたのか。
「……僕は、君の背中をもう責めない」
「でも、会いたい。生きてるうちに、もう一度だけ――」
ーーーーーーーー
札幌の空は、薄曇りだった。
風が冷たい。けれど、それでも春の匂いがどこかに混じっている。
藍は、駅前でReluを待っていた。
今日、彼は久しぶりに外に出る決意をしていた。
いつもの帽子にマスク。フードを深くかぶり、目立たない服装。
それでも、Reluの背中はどこか堂々としていた。
「おう、藍。……待たせたな」
「いや、今来たところだよ」
ふたりは言葉少なに歩き出す。
向かうのは、藍が手配したカフェ。小さな個室がある、隠れ家的な場所だ。
今日、ある“話し合い”の場が設けられていた。
――すたぽらのメンバーと、Reluとの再会。
それを望んだのは、Coe.だった。
――
カフェの個室。
ドアが開かれる音とともに、Reluが入ってくる。
その場にいたのは、Coe.、こったろ、くに、ゆう。
全員の視線が、Reluに集中した。
一瞬の沈黙。重い空気。
「……お前ら、よう来たな」
Reluは笑ってみせる。けれど、目は笑っていない。
「まさか、俺の居場所がバレるとは思わんかったわ」
こったろが口を開いた。
「……あの曲、お前が歌ったんだろ?」
Reluは、嘘をつこうとはしなかった。
「せや。俺が作った。歌った。……それが何や?」
「何や、って……っ!」
ゆうが目を潤ませて声を上げる。
「なんで黙ってたの? なんで、ゆさんたちに何も言ってくれなかったの?」
「言う必要なかったからや」
冷たく、突き放すようにReluは答える。
「別に、お前らに見送ってほしいとか、そう思っとらん。俺の病気のことも、余命も、全部、俺だけの問題や」
くにが拳を握る。
「それは……違う。れるち、俺たちは“仲間”だろ。ずっと一緒にやってきたじゃないか。あんな曲を遺して消えるなんて、そんなの――」
「だから、嫌われるようにしとったんやろがい」
Reluが声を張った。
「お前らが俺を忘れやすいように、俺がクソ野郎やったって思えるように、そうしてた。……それが、俺の“優しさ”やったんや」
Coe.が、静かに言葉を紡ぐ。
「優しさって、そんな形じゃないよ、Reluさん。……僕たちは、忘れたくなんかない。忘れられるわけがない」
Reluは、口を開こうとして――ふっと視線を落とした。
その手が、藍の袖をそっと引く。
「……もうええやろ、藍。俺、帰るわ」
「Relu」
「俺は……もう、長ないんや。余命なんか、実際もっと短いかもしれん。正直、こうして話すんも、しんどいくらいや。せやから――」
その言葉を、遮るようにCoe.が立ち上がる。
「Reluさん、お願い。帰らないで。……僕たち、君のこと、置いていかないよ。どんなことがあっても」
Reluは、何も言わなかった。
けれど、俯いたまま震えているその背中に、堪えきれない感情が滲んでいた。
「……せやったら、俺を見送る覚悟、ちゃんと持ってくれんのか」
「持つよ」
Coe.が力強く答える。
「その代わり……一緒に最後のステージに立ってよ。僕たち、君の“最期”を、隣で歌いたいんだ」
Reluは、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳に光るものがあった。
「……泣かせたくなかっただけやのに、全部裏目やな、俺」
「泣いてもいいんだよ」
藍が、そっと隣で言う。
「……誰かに、受け止めてもらうために、生きるんだから」
その言葉に、Reluは――
静かに、頷いた。
藍がいつものように郵便受けを見に行った帰り、Reluの元に一通の封筒を持ってきた。
「Relu、ファンレターが届いてたよ。ポストに名前なしだったけど、中身はすたぽら宛みたい」
「……誰が住所知っとるんや。こわ」
Reluはそう言いながらも、手紙を受け取ると静かに封を切った。
便箋には、小さく震えた文字で、こう綴られていた。
すたぽらの歌が、大好きです。
特にReluさんの作詞には、いつも助けられてます。
どんなにしんどい日でも、「君の音が、僕の心に灯をくれた」って言えるくらい。
最近、更新がなくてちょっと心配です。
無理しないでくださいね。
でも、もしReluさんがまた、あの歌声を聴かせてくれるなら――私は、いつまでも待ってます。
Reluは、手紙をじっと見つめていた。
「……知らん他人が、なんでこんなに俺を想ってんねん」
「Reluの音が、ちゃんと届いてるからだよ」
藍の言葉に、Reluはそっと目を伏せる。
「……あかんな。こういうの見ると、捨てたはずのもんが、また心の中で芽を出してくる」
藍は、優しく微笑んだ。
「……咲かせたらいいじゃない。最後になるかもしれないけど、それでも花を咲かせるって、素敵なことだと思うよ」
Reluは、小さく笑った。
「……ほんま、ずるいな。藍は」
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その翌日、藍のもとに一本のメールが届いた。
差出人は、すたぽらのマネージャーだった。
内容はこうだった。
Reluくんに伝えてもらえませんか?
ファンからのリクエストが多く、すたぽらで一夜限りの“再集結ライブ”の企画が持ち上がっています。
Reluくんが参加するかどうかは自由です。
でも、メンバーもファンも、彼の声を待っています。
藍は、そのメールを見せる前に、Reluの様子をじっと見ていた。
彼の頬は痩せ、手の震えは日増しにひどくなっている。
──だが、それでも。
Reluはまだ「生きようとしていた」。
夕食後、藍はそっと声をかけた。
「Relu。ライブの話が来てた。復帰じゃなくて、“一夜限りの再会”だって」
Reluは、箸を止めた。
「……出るべきやと思う?」
「ううん。出たいなら出ればいい。出たくないなら、出なくていい」
「そんなん、俺に任されたら……」
Reluは、うつむく。
「俺が今さら出て、みんなが喜ぶと思うか? “何も言わずにいなくなった奴”やで?」
「Relu。喜ぶよ、みんな。だって……」
藍は、ゆっくり言った。
「君が“まだ生きてる”って、みんな、信じたいから」
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一方その頃。
くには、自分の部屋でノートPCを開きながら、ある作業を続けていた。
ReluのSNSの投稿、ライブ動画、ファンからのDM──ありとあらゆる情報を集めている。
「絶対、れるちは何か隠してる……」
くには独りごちた。
「病気か、事故か……何かがあって、自分から離れたんだ」
そこへ、Coe.から通話が入る。
『くにお、まだ起きてた?』
「ああ。……俺、探すよ。れるちの居場所」
『……僕も』
電話の向こう、Coe.の声ははっきりしていた。
『もう一度会って、ちゃんと“Reluさんの言葉”を聞きたいんだ。たとえ、もう一緒に歌えなくても』
「うん。俺も、そう思う」
二人の間に、強い意志が宿った。
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藍がいつものように台所でお茶を淹れていたころ、Reluは書斎の一角にしゃがみ込んでいた。
そこには、埃をかぶったノートがひとつ。
黒い表紙に、「ことばの墓場」とだけ書かれている。
Reluが、まだ現役で活動していたころ――
深夜、思いついたフレーズを片っ端から書き留めていたノートだった。
「……これ、まだあったんか」
ふっと苦笑する。指先が震える。思うようにページをめくれない。
呼吸が浅くなるのを感じながらも、Reluは自分をなだめるように息を吐いた。
ページをめくる。
そこには、過去の自分が書いた、荒削りでまっすぐな言葉が並んでいた。
ーどうせ終わる命なら、誰かの始まりにくれてやれ。
「……アホか、俺は」
声がかすれる。
そのとき。ドアがノックされ、藍がそっと入ってきた。
「Relu。……お茶、入ったよ」
Reluは何も言わず、ノートを閉じた。
「それ……作詞ノート?」
「……ちゃう。ことばの墓場や。もう使い道のない、死んだことばの残骸や」
藍は、優しく言った。
「でも、それでも。その言葉が、誰かの生きる理由になるなら……それは、“死んでない”よ」
Reluは俯いたまま、言葉を探すように唇を噛んだ。
「……おれ、まだ書いてええんかな」
「いいに決まってる」
藍の声は、どこまでもやわらかく、しかし真っ直ぐだった。
「Reluが書く限り、その言葉は生きてる。Reluも、まだ生きてる」
ーーーーーーーー
その夜。Reluは机に向かっていた。
白紙のノート。黒いボールペン。
頭に浮かんでは消えるフレーズを、ひとつずつ拾い集めるように綴っていく。
「さよなら」はきっと、優しすぎる言葉。
だから俺は、「忘れてくれ」と言うしかなかった。
彼の指は震え、ペンの跡が揺れる。
それでも、言葉が紙の上で形になっていくたび、心がほんの少しだけ軽くなった。
「……もう、戻られへんけど」
「……それでも、もう一度だけ、“生きた証”を残してもええんかな」
書きかけの歌詞を眺めながら、Reluは藍のことを思った。
あの男だけは、最初からReluを“拒絶”しなかった。
死にゆく者の嘘も醜さも全部、黙って受け入れてくれた。
「……藍。あんた、ほんま、ずるいわ」
ぽつりとそう呟いたとき、藍が部屋の前を通りかかる音がした。
Reluは扉越しに声をかけた。
「……なあ、藍」
「うん?」
「おれが、どんなにクソみたいな終わり方しても、最後に“生きててよかった”って思えるように……付き合ってくれるか?」
藍は、一拍おいて答えた。
「最後まで、付き合うよ」
ーーーーーーーー
一方その頃。すたぽらのメンバーは、個々に動き出していた。
こったろは、事務所の関係者に連絡を取り、れるちの行方について「探偵まがい」の動きを見せていた。
ゆうは、ファンコミュニティの声を集め、Relu宛のメッセージ動画を作成していた。
「ゆさんはね、きっとれるちにまた会えるって、信じてるよ」
くには、相変わらず地道に情報を集め、ある病院の記録から「医療受診履歴」の一部を割り出していた。
そしてCoe.は――
かつてReluと二人で作った未公開デモ音源を、ひとりで再編集していた。
「……僕らの音楽は、まだ終わってない」
その瞳は、確かに前を見据えていた。
ーーーーーーー
「完成したの?」
藍が静かに問いかけた。
Reluは黙って頷いた。
机の上に置かれた白いノート。
そこには、すでに最終稿の歌詞が書き込まれていた。
嫌ってくれていい 忘れてくれていい
でも、心のどこかで 一瞬でも“笑ってた”こと
嘘じゃなかったって 思ってくれたら、それでええ
「最後の一曲や」
Reluは呟いた。
その声には、達観と痛み、そしてどこか清々しさすら混じっていた。
藍はそっと問い返す。
「これを、どうするつもり?」
Reluは短く答えた。
「録る。……音源にして、どこかに放る」
「放るだけ?」
「それでええ。誰にも言わん。誰にも教えん。けど、……見つけた奴だけ、受け取ったらええ」
藍は、それ以上何も言わなかった。
ただその夜、Reluの背中を見ながら、心の中で誓った。
――この人の“最後の声”は、きっと誰かに届かなきゃいけない。
だから、俺が“繋ぐ”。
ーーーーーーーー
数日後。
藍は、自身の知人を通じて、ひっそりとした小さな録音スタジオを手配していた。
場所は札幌市内の外れ。誰の目にも留まらない場所。
Reluはその空間に入ると、一瞬だけ立ち尽くした。
無意識に、懐かしい記憶が蘇る。
マイク。
遮音ガラス。
ミキシング卓。
「……何年ぶりやろな」
藍は、機材を確認しながら声をかける。
「準備、大丈夫そうだよ。リテイクは効くけど、無理はしないでくれ」
Reluは笑った。
「……心配せんでも、これが“最後”や。全部ぶつけて終わらす」
リハーサルもなし。
Reluは一発録りにこだわった。
ヘッドフォンを装着し、目を閉じる。
音楽が流れ始める。
静かなピアノの旋律に合わせて、Reluの声が乗る。
たとえば明日、僕がいなくなったなら
きみはそれでも、前を向けるだろうか
歌うReluの姿は、まるで別人だった。
儚く、そして強い。
藍はガラス越しにその姿を見ながら、
「この人はもう、とっくに“生きる覚悟”を決めていたんだな」と思った。
曲が終わる。
録音室に沈黙が戻る。
Reluが息を吐きながらマイクを外し、ドアを開けて出てきた。
「……終わった」
「うん。……よかったよ」
Reluは照れ臭そうに笑いながら言った。
「なあ、藍」
「ん?」
「これ、……すたぽらには、まだ送らんといてくれ」
「……うん。わかってる」
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一方その頃――
こったろは、音楽関係者のネットワークを通じて“とある未登録の楽曲ファイル”の存在を知る。
送信元は不明。
けれど、その声は、間違いなくReluだった。
「れるち……やっぱ、お前、生きてるでしょ」
胸が熱くなる。
くには、連絡の取れないままの関係者から偶然入手した医療機関の「訪問記録」に違和感を感じていた。
「これ、北海道の……札幌じゃん。れるち、まさか……」
ゆうは、最近Reluにそっくりな声の歌をYouTubeで見つけ、泣きながら再生ボタンを繰り返していた。
「……ぜったい、ゆさんにはわかるよ……これは、れるちだもん……」
そして、Coe.は。
新たに公開されたその曲を聴いたとき、すぐに悟った。
Reluがどんな気持ちでこの曲を遺したか。
何を覚悟して、自分たちに背を向けたのか。
「……僕は、君の背中をもう責めない」
「でも、会いたい。生きてるうちに、もう一度だけ――」
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札幌の空は、薄曇りだった。
風が冷たい。けれど、それでも春の匂いがどこかに混じっている。
藍は、駅前でReluを待っていた。
今日、彼は久しぶりに外に出る決意をしていた。
いつもの帽子にマスク。フードを深くかぶり、目立たない服装。
それでも、Reluの背中はどこか堂々としていた。
「おう、藍。……待たせたな」
「いや、今来たところだよ」
ふたりは言葉少なに歩き出す。
向かうのは、藍が手配したカフェ。小さな個室がある、隠れ家的な場所だ。
今日、ある“話し合い”の場が設けられていた。
――すたぽらのメンバーと、Reluとの再会。
それを望んだのは、Coe.だった。
――
カフェの個室。
ドアが開かれる音とともに、Reluが入ってくる。
その場にいたのは、Coe.、こったろ、くに、ゆう。
全員の視線が、Reluに集中した。
一瞬の沈黙。重い空気。
「……お前ら、よう来たな」
Reluは笑ってみせる。けれど、目は笑っていない。
「まさか、俺の居場所がバレるとは思わんかったわ」
こったろが口を開いた。
「……あの曲、お前が歌ったんだろ?」
Reluは、嘘をつこうとはしなかった。
「せや。俺が作った。歌った。……それが何や?」
「何や、って……っ!」
ゆうが目を潤ませて声を上げる。
「なんで黙ってたの? なんで、ゆさんたちに何も言ってくれなかったの?」
「言う必要なかったからや」
冷たく、突き放すようにReluは答える。
「別に、お前らに見送ってほしいとか、そう思っとらん。俺の病気のことも、余命も、全部、俺だけの問題や」
くにが拳を握る。
「それは……違う。れるち、俺たちは“仲間”だろ。ずっと一緒にやってきたじゃないか。あんな曲を遺して消えるなんて、そんなの――」
「だから、嫌われるようにしとったんやろがい」
Reluが声を張った。
「お前らが俺を忘れやすいように、俺がクソ野郎やったって思えるように、そうしてた。……それが、俺の“優しさ”やったんや」
Coe.が、静かに言葉を紡ぐ。
「優しさって、そんな形じゃないよ、Reluさん。……僕たちは、忘れたくなんかない。忘れられるわけがない」
Reluは、口を開こうとして――ふっと視線を落とした。
その手が、藍の袖をそっと引く。
「……もうええやろ、藍。俺、帰るわ」
「Relu」
「俺は……もう、長ないんや。余命なんか、実際もっと短いかもしれん。正直、こうして話すんも、しんどいくらいや。せやから――」
その言葉を、遮るようにCoe.が立ち上がる。
「Reluさん、お願い。帰らないで。……僕たち、君のこと、置いていかないよ。どんなことがあっても」
Reluは、何も言わなかった。
けれど、俯いたまま震えているその背中に、堪えきれない感情が滲んでいた。
「……せやったら、俺を見送る覚悟、ちゃんと持ってくれんのか」
「持つよ」
Coe.が力強く答える。
「その代わり……一緒に最後のステージに立ってよ。僕たち、君の“最期”を、隣で歌いたいんだ」
Reluは、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳に光るものがあった。
「……泣かせたくなかっただけやのに、全部裏目やな、俺」
「泣いてもいいんだよ」
藍が、そっと隣で言う。
「……誰かに、受け止めてもらうために、生きるんだから」
その言葉に、Reluは――
静かに、頷いた。
