港町の午後は、波の揺れに合わせて静かに呼吸していた。潮の匂いが鼻孔に入り、湿った風が髪を揺らす。少女は岸辺に立ち、指を折る。傷の数、痛みの数を一つ一つ数えながら、目の前の港を眺める。数え切れない痛みのなかで、小指だけは覚えている。愛しさのぶんをそっと確かめるように触れると、胸の奥が温かくなる。

幼い頃、少女は港町の小さな通りを駆け回っていた。髪の長さを揃え、爪を塗り直して、鏡の前で自己満足に浸る日々。無垢で、まだ知らなかった世界。笑い合う友達も、夢中になった遊びも、港の喧騒のなかで消えたり戻ったりしていた。今思えば、あの頃の時間は長く、確かなものに見えたが、実際には指先の砂のように、握ってもこぼれていくものだった。

岸壁に打ち寄せる波は、少女の胸に静かに響く。水面に映る光は揺れ、船の影をゆらゆらと揺らす。少女の目はその揺れに釘付けになった。船はまだ港に停泊している。流されず、ただそこにいる。その姿に少女は少しだけ安らぎを覚える。しかし同時に、彼女の心は過去の痛みでぎゅっと締め付けられていた。

波の冷たさが指先に触れるたび、過去の記憶が波のように押し寄せる。学校での失敗、友達に言えなかった秘密、初めて抱いた嫉妬や不安……。そのすべてが小さな棘となって胸に刺さる。少女はそれを指折りで数え、痛みを確認することで、自分を保っていた。小指は、唯一残された愛しさの象徴。過去に失ったものと、今抱えるものをそっと繋ぎ止める存在だった。

港町の空は遠くまで広がり、水平線の向こうに未知の世界があることを暗示している。少女は深く息を吸い、心の奥底でそっと誓った。「いつか、この港を出る日が来る」と。まだ抜錨はしていないが、その瞬間を胸に刻んだ。

その日、港には昼下がりの静けさが漂い、釣り人の竿が波に揺れ、船乗りの声が遠くから聞こえてきた。少女はそれらの音をすべて心に刻みながら、波の揺れに合わせて呼吸を整える。小指に触れるたび、愛しさのぶんを確かめる。未来の不安と希望が入り混じる胸を抱き、少女は岸辺に立ち尽くした。

夕方になると、港は夕焼け色に染まる。波の上に反射する光は、少女の目には夢と現実の境界のように映った。幼い頃に遊んだ船のデッキ、友達と駆け回った通り、初めて手をつないだ瞬間……記憶のすべてが、この港の風景に溶け込む。少女は、波間に漂う船をじっと見つめながら、自分もいつかあの船のように抜錨し、遠くへ進む日が来ることを想像した。

港町の午後は、静かに少女の成長を見守っていた。波の音、潮の匂い、港の喧騒。すべてが少女の心に刻まれ、未来への小さな希望の種となった。指折りの儀式、小指に触れる愛しさ、揺れる船――それらが、少女の胸に静かに灯をともしていた。