夜の街は静かで、ぼんやりとした街灯の光が、濡れたアスファルトに反射して揺れている。
僕は一人で歩きながら、ポケットに握りしめた手紙の存在を確かめる。
その紙は、もう二度と声を聞けない先輩の声そのものだった。

「これが最後だから、少しだけ話をしよう。」

指先で折り目をなぞると、先輩の息遣いが聞こえるような錯覚に陥る。
何度も読み返すたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

中学の放課後。教室の隅で、二人並んでノートを広げた日々。
先輩は僕の字をじっと見つめ、静かに言った。
「焦らなくていいよ」

たった一言で、心の中に温かい光が差し込んだ。
僕は何度も助けられ、何度も励まされた。
先輩が笑うたび、僕も自然と笑った。
先輩が泣くたび、胸の奥が痛んだ。

文化祭の日、僕たちは教室を飾り付けるため、壁一面に紙を貼った。
二人で笑いながら作業していると、先輩が不意に転び、僕もつられて倒れた。
紙まみれ、手はインクまみれ。
それでも先輩は笑顔を崩さず、僕もつられて笑った。

「なんだっていい。もう一度逢えるなら、届くなら、なんだっていい」

手紙の言葉を心で反芻する。
現実ではもう、先輩に触れることも声を聞くこともできない。
でも、記憶の中なら、何度でも二人は隣にいる。

放課後の図書館。窓際の静かな席に座り、先輩は僕にそっと紙切れを差し出した。
「読んでみて」

そこには、先輩が書いた小さな詩が走り書きされていた。
ぎこちない字、でも真っ直ぐな思い。
「運とか縁とか魔法とか、形にならない奇跡たち…」

涙が溢れるのを抑えながら、僕はその紙を握りしめた。
小さな奇跡の数々。それは、僕と先輩だけの秘密の宝物だった。

誕生日も覚えている。僕は小さなケーキを用意し、先輩に渡した。
「ありがとう、嬉しいよ」
先輩は少し照れながらも、目を輝かせて微笑んだ。
その笑顔は、僕の人生で最も鮮やかで大切な光景になった。

夜風が頬を撫で、手紙を握る指先に力が入る。
僕はそっと呟いた。
「もう一度逢えるなら、なんだっていい」