廻 シクフォニ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
岬の先に、風が吠えていた。
潮と腐臭が混ざり合った生ぬるい空気が、肌をじっとりと濡らしていく。足元の砂利は、波に削られたまま鋭さを残していて、靴底越しでも刺すように痛い。
――七人岬。
かつてこの岬は、花街へと渡る船がつける場所だったという。だがいつからか「七人」しか渡ることが許されぬ、と囁かれるようになった。八人目が足を踏み入れたとき、誰かが必ず死ぬ。代わりに、死んだ者の魂は岬に縛られ、次の七人目を求めて彷徨うのだと。
あれから百年。都市の地図からも消え、立ち入り禁止の札が錆びて倒れてなお、物好きな若者たちは夜な夜な訪れる。
「……潮、きついな」
夏生(なつき)は鼻を押さえながら言った。
背中にはリュック。中にはカメラとライト、配信用のバッテリー。今日は肝試しのライブ配信――そのはずだった。
だが岬の入り口で、すでにひとり足りなかった。
「七人いるはずだったのに」
「急に来れないって。連絡、さっき……」
気まずい沈黙。
誰も帰ろうとは言わない。もう配信の告知も済んでいる。スポンサーもついた。恐怖と金と注目が絡み合い、彼らは引き返す理由を持たなかった。
「じゃあ、六人で、行くか」
無理に明るく言ったのは灯真(とうま)。
夏生はうなずいたが、胸の奥がざらついていた。七人岬――七でなければならない。そう記された古い資料を読み、半ば笑いながらこの企画を立てたのは、夏生自身だ。
岬の奥へ。
崩れた鳥居をくぐると、紫苑色の紅が、どこからか漂ってきた。いや、紅の匂いではない――もっと甘く、腐った花のような。
先頭を歩いていた玲央が、突然立ち止まった。
「……見たか?」
「何を?」
「……白い女。あの岩の上……」
誰も言葉を返せなかった。
振り返れば、もういない。
だが、確かに潮風の中、誰かの香が残っている。紫苑色の、紅のような。
そのとき、夏生の耳にだけ、声が落ちてきた。
「澄んだお前を、求めるだけ」
鼓膜ではなく、骨を這うような声。
次の瞬間、背後で誰かが崩れ落ちる音がした。
「……玲央?」
六人いたはずの列が、五人に減っていた。
足元には何もない。ただ、濡れた砂に、爛れた掌の跡が五、六。
見た者はもういない。
「ひとり、逝ったな」
誰かが呟く。
その声は、友のものではなかった。
夏生は息を呑んだ。
声の主は、岩の上に立つ白い女。
紫苑色の紅を唇に、爛れた指先で、血に濡れた数珠を弄んでいた。
「あと、六人」
岬の風が、彼女の髪を煽った。
その瞬間、夏生の胸に、確かに理解が落ちた。
――七人岬。
七人そろわぬまま、ひとりが死ねば。
代わりに、誰かが選ばれる。
岬は人数を揃える。七が揃うまで、岬は誰かを取り込む。
風の唸りが、人の哭きに変わった。
海のきしむ音が、経文のように耳を打つ。
「罪人因果輪廻生命
罪人不退輪廻生命
罪人三途輪廻生命」
声が響くたびに、誰かの視界が霞んでいく。
罪と業と愛と恨。
この岬は、それらすべてを呑み込み、ひとり、またひとりと連れていく。
夏生は、濁った潮の匂いの中で、確かに感じた。
これは呪いではない。契りだ。
愛した者と死にたいと願った誰かの、魂の鎖。
「さぁ、供に逝こう」
紫苑の紅が、ひとり、またひとりの喉を裂くたび――
七人岬は、新しい輪廻を刻んでいく。
潮と腐臭が混ざり合った生ぬるい空気が、肌をじっとりと濡らしていく。足元の砂利は、波に削られたまま鋭さを残していて、靴底越しでも刺すように痛い。
――七人岬。
かつてこの岬は、花街へと渡る船がつける場所だったという。だがいつからか「七人」しか渡ることが許されぬ、と囁かれるようになった。八人目が足を踏み入れたとき、誰かが必ず死ぬ。代わりに、死んだ者の魂は岬に縛られ、次の七人目を求めて彷徨うのだと。
あれから百年。都市の地図からも消え、立ち入り禁止の札が錆びて倒れてなお、物好きな若者たちは夜な夜な訪れる。
「……潮、きついな」
夏生(なつき)は鼻を押さえながら言った。
背中にはリュック。中にはカメラとライト、配信用のバッテリー。今日は肝試しのライブ配信――そのはずだった。
だが岬の入り口で、すでにひとり足りなかった。
「七人いるはずだったのに」
「急に来れないって。連絡、さっき……」
気まずい沈黙。
誰も帰ろうとは言わない。もう配信の告知も済んでいる。スポンサーもついた。恐怖と金と注目が絡み合い、彼らは引き返す理由を持たなかった。
「じゃあ、六人で、行くか」
無理に明るく言ったのは灯真(とうま)。
夏生はうなずいたが、胸の奥がざらついていた。七人岬――七でなければならない。そう記された古い資料を読み、半ば笑いながらこの企画を立てたのは、夏生自身だ。
岬の奥へ。
崩れた鳥居をくぐると、紫苑色の紅が、どこからか漂ってきた。いや、紅の匂いではない――もっと甘く、腐った花のような。
先頭を歩いていた玲央が、突然立ち止まった。
「……見たか?」
「何を?」
「……白い女。あの岩の上……」
誰も言葉を返せなかった。
振り返れば、もういない。
だが、確かに潮風の中、誰かの香が残っている。紫苑色の、紅のような。
そのとき、夏生の耳にだけ、声が落ちてきた。
「澄んだお前を、求めるだけ」
鼓膜ではなく、骨を這うような声。
次の瞬間、背後で誰かが崩れ落ちる音がした。
「……玲央?」
六人いたはずの列が、五人に減っていた。
足元には何もない。ただ、濡れた砂に、爛れた掌の跡が五、六。
見た者はもういない。
「ひとり、逝ったな」
誰かが呟く。
その声は、友のものではなかった。
夏生は息を呑んだ。
声の主は、岩の上に立つ白い女。
紫苑色の紅を唇に、爛れた指先で、血に濡れた数珠を弄んでいた。
「あと、六人」
岬の風が、彼女の髪を煽った。
その瞬間、夏生の胸に、確かに理解が落ちた。
――七人岬。
七人そろわぬまま、ひとりが死ねば。
代わりに、誰かが選ばれる。
岬は人数を揃える。七が揃うまで、岬は誰かを取り込む。
風の唸りが、人の哭きに変わった。
海のきしむ音が、経文のように耳を打つ。
「罪人因果輪廻生命
罪人不退輪廻生命
罪人三途輪廻生命」
声が響くたびに、誰かの視界が霞んでいく。
罪と業と愛と恨。
この岬は、それらすべてを呑み込み、ひとり、またひとりと連れていく。
夏生は、濁った潮の匂いの中で、確かに感じた。
これは呪いではない。契りだ。
愛した者と死にたいと願った誰かの、魂の鎖。
「さぁ、供に逝こう」
紫苑の紅が、ひとり、またひとりの喉を裂くたび――
七人岬は、新しい輪廻を刻んでいく。